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3-9 光の魔術師は逃げ出さない

「リーチェ、なのか?」


 くると琥珀色の瞳を大きく見開いて、アレクが私の顔を覗き込む。不意に近づく距離感に思わず頬を赤く染めた。


「ええ。心配かけてごめんなさい」


 サクラ様が覚醒した間のことは、なんとなくだけれど覚えている。リーチェはリーチェだと、そう言ってくれたことも。


「無事でよかった」


 心底ほっとしたようにそう言われて、胸が掴まれたように苦しくなる。このアレクへの恋心が紛れもなく自分自身のものだと再確認したのは先程だ。


 ウィル様に会った瞬間、今までのトキメキやモヤモヤが一切晴れていて、サクラ様がドキドキしていることが伝わってきた。


 何ということはなく、サクラ様の感情に引きずられているだけだったようだ。

 自分が浮気性で無くて何よりだけど。


「リーチェ、サクラ様はお元気ですか?」


「ええ、お元気にされております」


 私からの言葉に照れたように微笑む。


「リーチェからの敬語はむず痒いですね」


「サクラ様の剣、生涯唯一の騎士、アムレン・ヨルシュナ様に敬意を払わぬ光の魔術師はおりませんわ」


 何者も叶わぬ光の魔術師に唯一対抗できる無効の騎士。国が光の魔術師への安全装置としてあてがったその思惑とは裏腹に、一生をサクラ様へ捧げた忠義の人。


 私たちの暴走を唯一止められる彼に、唯一対等でいてくれる彼に、私たちは希望を見出すのだ。


「そう褒められると恐れ多いですが、少なくとも今世はただのウィリアムですよ」


「ご謙遜を、記憶も魔術も引き継いでおられますもの」


「ええ、魂転生とはいえ、魔術まで引き継ぐとは思いませんでした」


 今世でも無効の魔術を持つ彼は、とはいえサクラ様以外へと忠誠を誓う気は無いと言う。だからこそ、王家へその魔術を隠しているのだろうけれど。光の魔術師以上に稀少なその力は自己申告し無ければ見つかる事はない。


『馬鹿よね、今世は好きに生きればいいのに』


 その口調とは裏腹にほのかに嬉しさが滲む。

 微笑ましく感じていると、アレクからいつかみたいな心配の乗った視線を向けられた。


「リーチェ、クリストファー様に会いに行くって本気なのか?」


「ええ」


「ウィリアム様の無効の魔術も効かないし、ニコラス先生の魔術も効かないかもしれない。それでもか?」


「ええ、全て思い出したの。クリスお兄様は私を待っているのだと思う。今の私で、会わなきゃいけない」


 クリスお兄様、の言葉に一瞬揺れた瞳は、すぐにまた真っ直ぐな光に変わった。


「わかった。危険だと思ったら、リーチェをつれて転移する。俺はリーチェを守ることだけを考えてついていくから」


「ありがとう、心強いわ」


 アレクの言葉が嬉しいのに、何故かしら、ひどく不安になる。私は今、貴方が友人でありたいと思ったリーチェでいられているかしら。

 リーチェなら一回断るのかしら、なんて。


「クリストファーがどんな話をするつもりでいるのかはわからないが、幼馴染のリーチェと話したいことがあるのは間違い無いだろう」


 ニコラス先生の言葉に、皆の目が私へと向く。わざわざ記憶の無い私へ圧力をかけたのだ、その仮説で間違い無いだろう。


「危険は冒さなくてもいい、まずは私の禁術を解いてもらう。カエデさえ元の世界に戻してやれたら、リーチェが危険を冒して闇の魔術師を倒す必要もない」


 思いがけない言葉に顔をあげる。国のために、対抗できる光の魔術を持つ私が何とかしなければと思っていた。


「だけど私が何とかしなくては困る人がいるのでは無いですか?」


「いいのですよ。リーチェ。光の魔術師に何の義務があるというのですか。ただその力を持っているというだけで、皇家に無条件で尽くす必要がどこにありますか」


「そうだな。光の魔術が使えなくなりましたと言えば良い。私が保証してやろう」


「それで貴族社会に居場所が無くなるなら、俺がどこまででも連れていってやる。どこまででも一緒に逃げよう」


 三者三様の言葉に思わず目を見開いて、それからゆるゆると口角があがる。私のことを思って言ってくれた言葉だとわかるから。サクラ様のことを想って出た言葉だとわかるから。


「ありがとうございます。少し緊張がほぐれました」


 エド様が教えてくれた。親しい人を疑わなくてはいけない時は、どうしてそんなことをしたのか、何故そうしなくてはならなかったのか話し合うのだと。


 私は向き合わなくてはいけない。


「倒せないかもしれませんが、きちんと向き合って参ります」


「ああ」


 ニコラス先生が優しく笑う。お兄様と先生の間にどんな絆があるのかはわからないけれど、そう悪く無い関係だったのだろう。


 禁術をかけられても、こうなっても尚、ニコラス先生からは憎しみも怒りも感じない。


『闇の魔術師から逃げて良いわ、なんて今の私は言えないけれど』


 ポツリと響いた声に意識を傾ける。異世界から来て、それこそ何の縁も責任も無いのに命をかけて戦ったサクラ様からしたら受け入れ難い言葉だろう。続く言葉に身構える。


『弟子と、騎士がそう言うのなら、この先の私の答えがそれなのでしょうね』


 歳を取るのが楽しみになってきたわ。


 と、表情は見えないサクラ様の言葉は確かに嬉しそうで。私は、ありがとうございます。と心の中で小さく呟いた。


逃げてもいいよと言われることが

励みになることありますよね

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