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3-8 光の魔術師は教えない

 何もかもを思い出してから初めて迎える寮での朝は、不思議なぐらいに清々しかった。

 魔力の安定を生きていて一番感じている。これもサクラ様のお力なのだろうか。


『それはあなたが成長しただけよ』


「わわっ」


 不意に頭に響いた声に驚いて声が漏れる。今私の体の中には二つの意識が同時に存在しているらしい。


『さ、早速ニコラスのところへ行きましょう』


 頷きつつ準備を済ませて鏡を見ると、心なしかいつもより肌艶の良い自分が映っていた。


『リーチェは磨きがいがあるからつい、ね。今のうちに色々ケアしなさいね』


 今晩にでも教えてあげるわ、と言われてありがたく頷いた。



「んん、フローレンスか?しかしサクラ様もいらっしゃるな。上手く目覚められたようで何よりだ」


「おはようございます」


「ああ、今日はここにいると良い。その状態で授業を受けるのは難しいだろう。先生方には私から言っておこう」


「ありがとうございます」


 あの日跪いたニコラス先生を見ていたので恐々ここに来たが、いつもと何ら変わらないニコラス先生の様子に思わずほっと胸を撫で下ろす。


「ほら、紅茶だ」


 そう言われて出された紅茶は、びっくりするぐらい良い紅茶で、やっぱりいつも通りでは無かったかとサクラ様共々心の中で嘆息した。


「さて、わざわざ朝からこちらに来たと言う事は何か要件があるのだろう」


「あ、はい。今日の放課後クリスお兄様と話します。その時にニコラス先生にも側にいていただきたいのです」


「しかし私は今闇の魔術師と非常に相性が悪い状態だぞ」


「ニコラス先生に何かしてもらうというよりは、その禁術を解いてもらうために近くにいて欲しいのです。これはサクラ様からの要望です」


「お師匠様からのご命令なら問題なかろう。生徒会室に行くとしよう。カエデはどうする?」


『楓は置いていって』


「お留守番だそうです」


「わかった。」


 ニコリと頷く先生は、見たことがないぐらいにご機嫌だ。


「そうだな、せっかくお師匠様も見ていてくださることだし、今何ができるか確認するか?」


 確かに、私は光の魔術師として何ができるのかしら。


『念話をつかえるようになっていたわね』


 念話、ですか?


『あの馬鹿王子に殺されそうになった時、アレクを呼んだでしょう』


 言われてみれば夢中で気がつかなかったけれど。なんだか少し、他の魔術師の方々に比べると地味な気が。


『あれだけの極大魔術を放てるなら、小手先の魔術は地味でいいでしょう。便利だと思うわよ』


 サクラ様にそう言われると自信がつく。


「念話が使えるようになりました」


「ふむ。サクラ様もお使いになられたことが無い魔術だな」


『向こうからの声が欲しいと思った事はあったけど、私からの声を届けたいと思った事は無かったもの』


 なるほど。そういえば読心術は使われていたと本に記載があった。


『みんなが使えるようになればケータイみたいで便利でしょうけど』


 携帯、そういえばサクラ様の世界ではとても便利なものがあった。耳に当てると声が聞こえるという。

 この魔術が解析できれば、この世界にもケータイを作り出せるのかもしれない。


 ふるり、と心が震えた。


「他に使えるものがないか、サクラ様がされていたことを一通り試してみるか」


 一つ自力で魔術が発現した後は、サクラ様の顕現した魔術に従ってできるものとできないものを選り分けて行くらしい。


 例によってあの鍵を使って部屋を通ると、柄にもなくサクラ様が大はしゃぎしていた。元の世界の有名なアニメーションみたいで心躍るらしい。


 先生がサクラ様に褒めて欲しそうに感想を求めてきたが、アニメーションについては先生が絶対理解できない、というか理解できるように説明する能力が無いため、「魔術の進歩に大変お喜びです」と無難に答えておいた。


「さて、せっかくサクラ様がいらっしゃるのだし、使い勝手の良かった魔術でも聞いてはどうか」


『どれも便利よ。だけどそうね、リーチェは読心術は使わない方がいいでしょうね』


 貴族社会で生きて行くなら読心術こそ役に立ちそうですけれど。


『私は身につけないと死にそうだったから顕現しただけだもの。人の心なんて視れていいことは一つも無いわ』


 サクラ様の過去に想いを馳せる。魔術も、身分も無い世界。少なくともサクラ様の世界に戦争なんて言葉は無くて、女性が足を出して男性と同じように生活する世界。


 そこから、500年前のこの世界に来るなんて。想像しただけでゾッとする。


『ありがとう。まぁ、たくさん泣いたけど、もう大丈夫よ。あそこに降り立てたのはマシな方だったわ』


 そんなはずがなかろう。私はこちらの世界に来てから今日までの記憶も見ている。


『アムレンにも出会えたもの』


 見えないはずのサクラ様の笑顔が、とても鮮明に浮かび上がった。

 サクラ様の側にいたという無効の魔術を持つ騎士様。お立場上叶わないものだとしても、かけがえのない出会いがあったのならそれに勝る事は無い。

 

 だけど少なくとも私だけは、あのぶつかりおじさまに小さな不幸がありますようにと呪いにも似た願いを込めておこう。


『うふふ、私も死ぬほど呪ったから、光の魔術師二人がかりなら絶対に効いてるわよ』


「フローレンス、サクラ様はなんと?」


 一人で笑う私に焦れた先生からの催促で慌てて意識をこちらに戻した。


「あ、いえ、読心術以外を試してみてはどうかと」


「......そうだな。それでは読心術意外を試してみよう」






「先生、もうそろそろ」


 魔力が底をついてしまう。


「ああ、そうだな。クリストファーと会う前に回復しておいた方がいいだろう」


 午前中にあらゆる魔術を試したところ、未来視、過去視、千里眼、魔術増強を使えることがわかった。


『視ることに偏っているわね。私のせいかしら』


 申し訳なさを滲ませたサクラ様へ、慌てて心の中で首を振る。

 単純に今の私は知りたいのだ。不用意な発言で人を傷つけてしまわないように。その人の心まで守れるように。


『そう。リーチェ、光の魔術師の魔術はなんでもありだと言われているけど、一つだけルールがあるのよ』


願いや、状況に応じて必要な力が顕現するの。


 そう続けられた言葉に、今の私の願いがあまりにも透けて見えて少し恥ずかしい。

 同時に、あれだけ多くの魔術が顕現したサクラ様のイバラの道を思うと胸が痛んだ。


『願望が透けすぎて恥ずかしいでしょう?誰にも内緒にしているのよ。多分今までの光の魔術師たちもそうね』


 光の魔術についてはあまりよくわかっていない、の陰には乙女らしい恥じらいと葛藤があるようだ。歴代の彼女らにならって私も胸に収めておくとしよう。



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