1-8 月夜のバルコニーは大体愛を語らうところ
今回の回想は破滅回避エピソードです
ガーデンテラスの件から1週間。どのような噂の広まり方をしたのか知らないが、生徒会を辞退するよう言ってくるお姉様方も、普通に仲良くしたかったクラスメイトも変わり者の数人を除いて私を遠巻きに見ている。
「リーチェ様。」
「アレクサンドラ様、どうかされましたか。」
「......先日階段から落ちたと伺いましたが、腰のお怪我はいかがですか。」
「おかげさまで、すっかり回復致しました。」
「それは良かった。お大事に。」
「ありがとうございます。」
数人の変わり者のうちの一人、アレクサンドラ・マクトゥム。南大陸の砂漠の大商人、マクトゥム家の跡取りだ。褐色の肌に黒髪、帝国貴族出身の母親譲りの金色の瞳。貴族ばかりのこの学園で、転移魔術の天才として入学を認められた特待生だ。エキゾチックな美貌と色気、巧みな話術に明るい性格と非常に人望厚い彼は、攻略対象の一人でもある。
セシル様とやり合ったガーデンテラスの一件以来、何かを言いたそうに話しかけられては、当たり障りの無い会話をして去っていく。
乙女ゲームルートでは、幼なじみのローズ様からのいじめや、学園での身分差に悩み、優しい言葉をかけるリーチェに
「お前に何がわかるって言うんだよ。」
と、壁ドンをする、所謂不良キャラだ。
「何もわからないわ。だから教えて欲しい。私、貴方と友達になりたいのよ。」
その言葉に、学園に来て初めて貴族から優しくされたアレクサンドラが、リーチェに恋に落ちていく、というエピソードだったと思う。
回避エピソードでは、そもそもローズ様と幼馴染みで、貴族に見下されるポイントだったマナーもバッチリ矯正されているから何の問題も無く学園生活を送っている。人望厚い未来の大商人だ。
リーチェもローズ様ひと筋だから、クラスメイトと思えないぐらい希薄な関係しか築いていなかったはず。
少なくとも、クラスメイトに遠巻きにされている現状でわざわざ声をかけてくるほどには、良くも悪くも関係はなかったはずだ。
え、なかったよね?セシル様の時みたいに私が忘れてるだけってことはないよね?
セシル様の時の反省を生かして、アレクサンドラのエピソードを具体的に思い出してみる。
*
「はじめまして、ローゼリアよ。あなたのお名前をお伺いしても?」
6歳の時、父親に連れて行かれた初めての貴族の屋敷はシャルル侯爵家。過去に何度も王妃を輩出している帝国の名門貴族だ。この国で初めて許された貴族への商談とあって、父親はすごく気合が入っていた。
子煩悩の侯爵様の印象を良くするため、愛娘であるローゼリア様の話し相手として、後継の俺を伴う程の気合の入れようだった。将来的に永い付き合いになることを見越して、子供のうちから交流を、という打算もあっただろう。
「はじめまして、アレクサンドラ・マクトゥムと申します。お嬢さま、お目にかかれて光栄です。」
初めて目にする銀髪の女の子は、物語に出てくるお姫様みたいに綺麗で、一瞬何と挨拶をするんだったか忘れてしまう。慌てて思い出し、昨夜、父母と何度も練習した挨拶を一生懸命述べた。日頃、大商会の跡取り息子として傅かれる身としては慣れないお辞儀ではあるが練習の成果かスムーズに挨拶できた。
ローゼリアお嬢様はプルプルと震えている。うまく出来ていなかっただろうか。不安になりながらお嬢様からの言葉を待っていると、僕の様子に気付いたお嬢様は優しく微笑んで僕に手を差し出してくれた。
「ローズと呼んで頂戴。あなたのことは何と呼べば良いかしら?」
「......アレクと呼ばれています、ローズお嬢様。」
「お嬢様はやめて頂戴、お友達になるんでしょ?」
「そんな......お友達なんて。」
「私のお友達はいや?」
「いやじゃないですっ!」
「じゃあ、私たちはお友達よ。アレク。」
「......はい。ローズ......さま。」
嬉しそうに笑って、手を差し出すローズ様が眩しい。綺麗で優しい、一つ年上の女の子。憧れから、初恋に変わるのはそう遠くなかった。
「......おめでとうございます。ローズ様。」
出会ってから6年、ローズ様13歳の誕生日に帝国の王太子、アーサー殿下との婚約が発表された。侯爵家との取引を始めてから、帝国に多大な影響力をもたらすに至ったマクトゥム商会は、王家からも出入りを許され、この婚約パーティーにも呼んで頂いた。何度も帝国に来るうちに、最初はなれなかったスーツも体に馴染んできている。帝国に来るたびに顔を出していた侯爵家では、日々美しくなるローズ様に、憧れ以上の恋心を抱いていた。
「ありがとう。アレク。」
ドレスは、髪と同じシルバーのシルク生地で、瞳と同じ紅薔薇の刺繍が施されている。随所にルビーが散りばめられ、光に当たるとキラキラと輝いていた。初めは真紅のドレスに銀糸の刺繍の予定だったのを、色彩を変えさせたと聞いている。普段は装いに口を挟まないのに、他の男のためにいつもよりも気合を入れたのだと知って苦しくなる。
一段と美しい今夜の姿が、殿下のためだと知っていても高鳴る胸を抑えられない。
その美しさを讃えようと口を開きかけたところで、思わぬ邪魔が入った。
「シャルル侯爵令嬢。」
「ノースモンド公爵様。」
「社交界デビュー、そしてご婚約おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
よそ行きの笑顔を貼りつけて、大人相手に怯まない。だけど、その手は緊張に震えている。シャルル侯爵家からすれば、ノースモンドは政敵にあたる。何を言われるかわかったものではない。
「我が娘も、来年は社交界デビューとなります。殿下と同じ金髪ですから、侯爵令嬢と並ぶと太陽と月の女神のようになりましょう。」
ローズ様の笑顔が一瞬張り付く。この国では女神に例えられることは最上の賛辞であると習ったが、太陽の女神の方が位が上だとも聞いた。どちらがどう、とは口にしていないが、月の女神は恐らくローズ様のことだろう。自分の娘の方が上だと言外に口にする。狸オヤジめ。
「まぁ、殿下と私が太陽と月のようだと仰って頂けるなんて。公爵様は詩的でいらっしゃいますね。ご令嬢の社交界デビュー、私も楽しみにしております。良きお友達になれますよう。」
殿下と同じ、という言葉を拾ってさらりと流す。13歳の少女から思いがけずあしらわれたことに、公爵は目を細めた。感情が見えないのはさすが公爵とも、大人気ないとも思いつつ、この辺りだろうと言葉を挟んだ。
「ご無沙汰しております。公爵様。」
「マクトゥムの、息子か。」
「覚えておいて下さいましたか。」
「若くして転移魔術を使いこなしていると聞いている。マクトゥム家も安泰なことだろう。今後とも宜しく頼むよ。」
「こちらこそ、今後ともご贔屓に。公爵様を独り占めしては父に怒られてしまいます。ご挨拶したい方も多いでしょうから、我々はこちらで失礼します。」
「ああ。......婚約者様は抜かりの無いことだ。」
最後の言葉は俺がローズ様を助けたことによる当て擦りだろう。既に帝国の流通を牛耳るマクトゥム商会を抑えている、そう取られてもおかしくない行動をした自覚はあった。
聞こえなかったことにして、ローズ様を連れて公爵の元を離れた。
バルコニーに出て風を浴びる。先程まで微かに震えていた手は既に落ち着いていた。
「ありがとう、アレク。」
「友達、ですから。」
「ふふ、そうね。でも私のせいで、やり難くなったりしていないかしら。」
「大丈夫ですよ。私はこの国の人間ではありませんから。究極には貴族位というものにそこまで縛られてはおりません。」
陛下からは正式にこの国の貴族として迎えたいとの申し出があると聞くが、父がそれを受け入れることはないだろう。マクトゥム家の持つ転移魔術を一つの国家が抱えることは、今の平和な国家間のパワーバランスを崩しかねない。この転移魔術を守るために、マクトゥム家は国に依存しない大商人という形をとっているのだ。
大貴族ほど、その辺りの事情はわかっている。特に、魔術に重きがおかれる帝国では、対等として扱われることがほとんどだ。このパーティーも国家賓客として招待されている。
「だから、あなたが望むなら、あなたを連れて俺はどこへでもいける。」
「アレク......。」
「ローズ様、この婚約から逃げたいですか。」
「ありがとう。この婚約が嫌なわけではないの。貴族として生まれた以上、その責を全うする覚悟はあるわ。でも、そうね、少し緊張しているのかも。」
苦笑して、俺を見るその細い肩に、どれ程の重荷が乗っているのだろう。生まれた時から王妃となるべく育てられた、まだ見ぬ王子に愛されるか不安に震える、13歳の少女。俺がもっと年上なら、この数年で行動を起こせていれば、何か変わったのだろうか。
ローズ様の髪を一房手に取り口付ける。
「殿下に愛されなかったらいつでも呼んでください。あなたが呼んでくれるなら、俺はどこにだって行くし、どこへだって連れて行けるから。」
友達としてしか見ていない俺にでも、そう言われて顔を真っ赤にする、ローズ様が愛おしくて仕方がない。二人きりで話せるのはこれが最後だろう。
婚約者のいるあなたには、もう触れることは叶わないが。せめてこの髪の一房分は、あなたを想うことを許して欲しい。
*
あまーい!
さすが、お色気担当。乙女ゲームの不良バージョンも好きだけど、回避ルートのフェロモンある感じも捨てがたいよね。アレクサンドラ、原作でかなり好きなキャラクターだったのよね。
とりあえず痛い思いはしなさそうだけど、接点が無さすぎて本当に意図が読めない。
まぁ、向こうからのアクション待ちでいいでしょう。前回の反省を生かせていない気もするけど。今回は多分本当に元々接点ないから!
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次回は木曜日の夜に投稿します。