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3-7 語り部は目覚めたくない

 暗闇の中で涙を流す私に、ふと優しい光が落ちてきた。


『思い出したのね』


 光は徐々に人の形となり、カエデとよく似た姿の黒髪の女性が現れた。


 水口桜、様。


『ええ。サクラ・アイニスの方が馴染み深いかしら』


 帝国の偉大なる光の魔術師。まさかこんな形でお会いできるとは思ってもみなかった。あんなにも覚えていられなかった、彼女の手記がまざまざと思い出される。


『そんなに褒められると照れてしまうけれど。私が未来で知り過ぎてしまわないように、リーチェが私の本を読んでも覚えていられないようにしたのよ。知ることで変わってしまう未来があるから』


 その言葉は、意図的に未来を変えた自分にも、間接的に未来を変えたサクラ様にも大きな意味を持つ。


『全て思い出した今も、クリストファーへの想いは変わらない?』


 どうかしら。幼い日の優しいクリスお兄様を思い出せば、今まで抱いていたような嫌悪感や恐ろしさは薄まっていく。けれど、されたことを忘れたわけでは無い。


『恋心を思い出した?』


 恋心。私はクリスお兄様に確かに淡い恋心を抱いていたのでしょうけれど。あの没交渉だった3年間の間に気持ちの整理をつけてしまった。


『そう、クリストファーと戦えるかしら』


 優しいクリスお兄様。彼が昔のままなら私はきっと戦えない。だけど、彼が変わってしまったのなら止めたいと思う。あの優しい日々に救われていたのは私なのだから。間違った方向に進んでいるのなら、今度は私が助けたい。


『それじゃあ、リーチェ目覚めましょうか』


 そう言われて思い出す。自分を水口桜だと思っていたこの数ヶ月を。そして、客観的に見た中等部までの自分の痛々しさを。

 何と恥ずかしいことだろう。穴があったら入りたい、とはサクラ様の国の言葉だったか。

 端的に言えば、身を儚んでしまいたい。


『待って待って待って。うーん、気づかないかなーと思っていたけれど、やっぱり気が付いてしまったのね』


 どうやらこうなることが読めていたらしい。さすが大魔術師様。光の魔術師の始祖様だ。


『いえ、なんというか身に覚えがあるだけよ。私の世界ではそういうの黒歴史、と呼ばれていてね』


 黒歴史、何とも陰惨な名前だ。やはりサクラ様から見ても酷く恥ずかしい振る舞いだったに違いない。

 なんと言っても、アレクにそれを知られていることが恥ずかしいし、ウィルに至ってはわかっていて見ていたのだ。倍恥ずかしい。


『気持ちはわかるわ。でも転生したって言いふらして無かったしセーフよ!大丈夫!』


 こちらの言葉では無いのにすんなりと理解できるのは、サクラ様の記憶を除いたからなのか。言いふらして無くたって、最後に口に出してしまったのだから、サクラ様で言うところのセーフでは全くない。


『中等部のリーチェを知ってたって、リーチェはリーチェだって、アレクは言っていたわよ?それじゃあ足りない?』


 そんなの嬉しいに決まっている。だけど同じぐらい果たしてそれは本当に私なのかとも思っている。


 人間が何で形作られているかなんてわからないけれど、経験がその人物の性格を決めるのは間違いないのだ。あれがサクラ様でないなら確かに私なのだろうけれど、今の私はあの時皆に認められたリーチェかと問われれば、多分少し違う。


『うーん、そうかしら。私は中等部の時の貴方こそ、本当の貴方ではなかったと思うわ。今の貴方が本当の貴方よ』


 それでも、自分を水口桜だと思っていた時とは違う。


『私がいなくなっても、あなたが覗いた私の記憶が消えるわけじゃ無いのよ。同じじゃない』


 そう、なのだろうか。


『そうそう、それに、実際はただの映像だったのに私の過去の経験を元にあれが小説だと想像したあなたなら、上手く使えるわよ』


 その言葉で今の今まで忘れていた、高等部に入ってからのあれこれを思い出す。

 全部サクラ様に聞かれていたのだとすると、恥ずかしいことこの上ない。『黒歴史』高等部になってからも続いているじゃないか。


『あっ、忘れてたのか。しまった。気にしてないんだと思ってた』


 自らの迂闊さに顔を顰めるサクラ様の顔も見ていられなくて、恥ずかしさから今度は自ら意識を切った。




『落ち着いた?』


 しばらくしてから再浮上すると、苦笑したサクラ様が微笑んでいた。


『余計なことを言ってごめんなさいね。だけど褒め言葉なのよ。あなたが上手く私の未来視と私の過去をつなげてくれたおかげで、闇の魔術師のキーとなる物語というところに辿り着けたんだもの』


 そう言われると勘違いも悪いものでは無かったのかと思えるから我ながら単純だ。


『魂憑依はそう長いこと離れてられないの。元の時代の私が仮死状態だからね。あなたがカエデの正体にいち早く気がついてくれて良かったわ』


 起き抜けに怒涛に褒められて、謙遜も忘れてニコニコしてしまう。


『本当のあなたは勘が鋭いのだと思うわ。中等部のあなたの事は、今のあなたと関わっていればみんな忘れて行くわよ』


 あの時期に、一体どれだけの人を傷つけたかわからない。あのままサクラ様の記憶を覗かなければ、やっぱり最初の未来視のようなリーチェになっていたのではないか?


『馬鹿ね。あの時期のリーチェは確かにローゼリアのファンには嫌われていたけど、普通の貴族達には嫌われてないわよ。セドリックも嫌ってなかったでしょう?要は嫉妬なんだから気にしなくて大丈夫よ。そのままのリーチェでも問題無かったと思うわ』


 そう、言われてみて思い返す。確かに飛んだり跳ねたり抱きついたり。貴族令嬢としてのマナーは落第だけれど、無闇に男性に媚を売ったり、人を傷つけるようなことは言っていなかった、と思う。いや、そんな事ない。ライオネル様にも、セシル様にも、結構酷いことを言った。


 思い出したら恥ずかしくなってきた。もう消えてしまいたい。


『あ、待って待って!!逆に考えましょう!ラッキーだったじゃない。実際にそうなってしまう前に。誰かを傷つけてしまう前に治せたのだから』


 半分ぐらい意識を飛ばしかけてる私を捕まえて、サクラ様がそう説得する。んん、言われてみればそうなのかしら。


『そうよ!口にしてしまったら取り返しはつかないけど、あれはあくまで未来視!無かった歴史なのだから、全く気にする必要は無いわ』


 そう言われるとそんな気がしてくる。


『そうでしょう。だからそろそろ目覚めましょ。みんなあなたを待っているわ』


 ほっとしたように微笑んで、サクラ様が手を差し出してくださる。その手を取って今度こそ光の方へ向かって浮上した。


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