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3-6 光の魔術師は婚約できなかった

途中で視点が変わります

「それで桜さん。どうやって俺を元の世界に戻すかわかる?」


 そうか、ニコラス先生が読めない、帰り方の記されたノートも殿下の書いたものだから、本人ならわかるだろう。


「それなんだけど、私には書いた覚えがないのよ。今回のことを受けて元の時代に戻った私が書いたのでしょうね。申し訳ないけれど、クリストファーをなんとかするしかないわ」


 カエデの落胆が伝わったのか、殿下はカエデに近寄り抱きしめた。

 リーチェの見た目で行われるそれは、中身が違うとわかっていても心臓が飛び出るぐらいに跳ねた。


「大丈夫、もう少しだけよ。それにせっかく会えたんだもの、柳や、お父さんお母さん......あなたにとっては祖父母になるのよね。話も聞かせて欲しいわ」


「うん。桜さんの話も聞かせて。帰れたら父さんにも、じいちゃんばあちゃんにも聞かせてあげたい」


 ウィリアム様も、ニコラス先生も穏やかな表情で微笑みながら二人を見つめていて、俺だけびくりとしたのが恥ずかしい。


「クリストファー様は、全てを思い出したら話を聞くとリーチェに言われたのですから、会いに行かれてよろしいのでは?」


「本来のリーチェの記憶はリーチェにしかないもの。リーチェの目覚めを待つしかないわね。明日か、明後日には目が覚めるでしょうから」


 ウィリアム様の質問に、緩く首を振って殿下は困ったように微笑んだ。

 




 ここはどこかしら?

 なんだか暗くて温かい。遠くで私を呼ぶ声がする。


 声はだんだん近づいてきて、あたりが光に包まれて目が眩む。


『ああ、君に似て美しい子だね』


『あら、旦那様に似て優しい瞳をしておりますわ』


 あれは、お父様、お母様?

 愛おしそうに幼子を抱く、まだ若い父と母。ああ、どうして忘れていたのだろう。こんなにも愛されているのに。

 溢れる涙を拭うように目を閉じれば、パチリと瞬きと共に場面が切り替わる。


『リーチェ、従兄弟のクリストファー様だよ』


『クリストファーさま?』


 茶髪の彼は、緩く幸せそうにふわりと微笑む。猫のように柔らかい髪の毛を触ってみたくて手を伸ばせば、届くようにと屈んでくれる優しいお兄様。


『リーチェ、僕のプリンセス。お兄様と遊んでくれるかい?』


『うふふ、お兄さまって、おうじさまみたいね』


 その言葉に少年の表情が少し陰る。


『......リーチェは王子様が好き?』


『ううん、私はお父さまが好き!』


『そっか......うん。フローレンス伯爵は素敵な人だものね』


 アーモンドアイを細めて、嬉しそうに笑う少年も、娘の言葉に思わず相好を崩すお父様も、楽しそうに声を上げて笑うイフグリード侯爵様も、皆幸せそうで一枚の絵画のようだ。


 幼い頃の詳細な記憶など覚えていないというのに、懐かしさに胸が詰まる。幸せな思い出。

 二人で遊んで来なさいと言われ、これを機会に何度となくクリスお兄様がうちへ遊びに来た。


 今にして思えば、ゆくゆくは婚約しクリスお兄様が伯爵となる予定だったのかもしれない。


『お母さま!お母さま!胸が苦しいの』


『ああ、リーチェ。可哀想に。お医者様はまだなの?』


 幼い頃は体が弱いだけだと思われていた私が、年々、苦しみを訴える頻度が増えていく。領地の医師の勧めで、王都から高名な医師を招いた。


『これは、魔力の暴走ですね。ご令嬢は成長途中の体には余るほどに大きな魔力を有している。対処療法しか手立てがございません』


『そんな、こんなにも苦しんでいるのに』


『本来であれば学園の中等部入学時に行う魔力検査ですが、早めに行われてはいかがでしょうか。魔力の質がわかるだけでも対処が変わります。私も紹介状を書きましょう』


『ええ、実家にも頼ってみますわ』


 そう。そうだったわ。いつも発作的に苦しくなる。体が熱くて、あつくて。何か大きなものに飲み込まれそうで怖かった。


『リーチェ、大丈夫。僕がそばにいるよ』


 優しい瞳に心配の色を濃くして、クリスお兄様はよくお見舞いに来て、私の手を握ってくれた。

 不思議とクリスお兄様が手を握ってくれるとよく眠ることができた。


 元気な時にはお庭で花冠を作ってくれて、絵本に出てくる騎士様のように手の甲にキスをしてくれた。

 幼いながらに淑女のような扱いに、胸が高鳴ったことを思い出す。


 私の幼少期は、体が弱くて他の人と遊べない代わりに、クリスお兄様がよく遊んでくれた。

 大人たちはそんな私達を微笑ましそうに見守っていて。人生で一番穏やかな時間だった。


 他所のご令嬢と関わることが無いから社交力は低く、体の弱さからマナーのレッスンも満足にできず。

 それでも、いつまで生きられるかわからないと言われた私を、責める人は誰もいなかった。


『光の魔術師の適性が出ました』


 母の生家であるイフグリード侯爵家の力で他より早く受けさせてもらった魔力適性に、塔の魔術師と王家が慌てふためき、お母さまがふらりと倒れた。


 幼い頃から、光の魔術師は帝国の光だと、偉大なる魔術師だと聞いていたから、大人たちの反応が解せなかった。その反応の理由はすぐに知ることとなる。


『クリストファー様との婚約はできない』


 まだ婚約をしていない私たちの仲は口約束に近しい。それでも関係は円満だったのに、何故これほど唐突に反故にされたのかわからなくて、何日も部屋に篭って泣いた。


 全てを知った今ならわかる。王位継承権第二位の先帝の末息子と、宗教上大きな意味合いを持つ光の魔術師を結婚させるわけには行かなかったのだと。


 それでも、当時はわからないなりに理解した。クリスお兄様にはもう会えないのだと、父も、母も、イフグリード侯爵閣下からも謝られて、どれだけ泣いてもあの暖かい日々は帰ってこないのだと理解した。


 本来よりも早く受けさせて貰ったため、なるべく隠す方向でと王家は考えていたようだが、白髪に赤眼の先生が訪ねてきて、私が光の魔術師だと言うことはすぐに社交会へ広まった。


『大丈夫だ。フローレンス。君は私の妹弟子。私が守ろう』


 その頭を撫でる手が優しくて、体の中を熱く巡っていた強い力が少しずつ凪いでいくのを感じた。


 中等部の頃のことはあまり覚えていない。


 魔力の暴走で苦しんだり、倒れたりすることが無くなった代わりに、常に頭に靄がかかっているような心地だった。


 時々調子が良い時はひどく頭が冴えて、余計なことまで話してしまう。

 自己嫌悪に浸ろうにも、その考えすらもすぐに遠い靄の中に沈んでいった。


 ああ、私は水口桜じゃない。


 紛れもなく私は、ただのリーチェ・フォン・フローレンスだ。


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