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3-3 進まないことは選べない

 立ち尽くして動けない私の横をすり抜けて、クリストファーも部屋を出て行った。全身から水を被ったように芯から冷える感覚、指先が冷たくなっているのを感じる。漠然とした怖気。優しい子?誰のことだ。


 残された私は、外で待っていたアレクとウィルのノックで我に返った。


「リーチェ、大丈夫か?」


 生徒会室に一般生徒は入れない。扉の外からかかる声に慌てて返事をして部屋を出た。


「顔色が悪いな。何かされたのか?」


 心配そうなその温かい声に、力が抜けて初めて体が強張っていたことに気がついた。


「大丈夫。アレクが来てくれて良かった」


 そうでなければきっと、いつまでもあの場から動けなかった。


「私もいるんですけどね」


 苦笑を浮かべて言われると、不思議なもので胸が痛む。たまに自分で自分の気持ちを把握できなくなる感覚は、記憶を失っているからなのだろうか。


「カエデのところに行くのですよね?体調が悪ければ寮まで送っていきますが、どうされますか」


「カエデのところへ行きましょう。心配だし、ニコラス先生に相談したいこともできたから」


「本当に大丈夫か?無理するなよ」


 覗き込まれた不安に揺れる瞳に微笑んだ。冷えた指先は徐々に温度を取り戻していて、彼らの存在をありがたく思う。


 頷き返して、教務室へ向かった。



「すべて思い出したら、か。今のリーチェが記憶を無くしていることに対して言っているのか、光の魔術師に過去の自分との争いを思い出せと言っているのか、判断に困るところだな」


「前者なら希望がありますけど、後者なら無理ですよね」


 光の魔術師は転生制度ではないのだから、前世まで遡ったって思い出せないだろう。というか私の前世は一般的な日本人の水口桜だったはずだ。

 机に頬杖をつく姿は、相変わらず歳を感じさせない。横で本棚の整理をしていたカエデが、手を止めた。


「リーチェ、記憶を無くしてたのか」


 黙って話を聞いていたカエデが不思議そうに首を傾げた。そういえば、カエデからの「お前は誰だ」の問いに答えてなかったなと頷く。


「そう、階段を落ちた時にそれまでの記憶を無くしてしまって。その関係でカエデの知っている私と違って見えたのかも」


「魔力の質が大きく変わったのが原因だな。過去の光の魔術師にも同じ者がいた」


 悪役令嬢転生系の光の魔術師の話を私の時と同じように他の人にも話す。


 彼女の話を聞いて私は転生者だと考えたが、カエデはまた違う可能性を口にした。


「先生、魂憑依ってこの世界にありますか?」


「ああ、師匠、サクラ様が国を救うためにお使いになられたことがあると仰っていたな」


「俺の元いた世界では創作物によくその魂憑依が出てきます。転生ものも流行っていたのでその光の魔術師の方がどちらかはわかりませんが......。その、現実と創作物を一緒に考えてよければ、その光の魔術師の方は転生者、あるいは憑依者だと思うんです」


「カエデのことがあるからな、そちらの世界の創作者がこちらの世界を何らかの方法で知り得ている可能性は十分あるかもな」


「はい。それで行くと、リーチェの場合は記憶を失っている、魔力の質が大きく変異している、という点から魂憑依じゃ無いかと思うんです」


 真っ直ぐこちらを見る、黒い瞳に心が揺れる。魂憑依、その可能性は全く考えなかった。それじゃあリーチェとしての私はとっくに死んでいて、私は転生とかでは無く水口桜ということ?


「たまたま仮死状態のところに憑依した可能性も、強いストレスを感じたリーチェが手繰り寄せた可能性もあるが、もしも魂憑依ならば俺の魔術で記憶を取り戻すことができると思う」


 唐突に思えたカエデの主張は、彼なりに早く事態を進めるために考えていたことであったようで、その後の提案も淀みなく進む。


「魂転生の場合はどう干渉していいかわからないから先生と相談したいです」


 そこで初めて、言うか言わないか悩んだ素振りを見せる。


「違ったらごめんだけど」


 と、続く言葉の先は予想がついた。まだ心の準備ができていないと思う反面、早く口にして楽になりたいと思う自分もいる。

 魂憑依なら、私はリーチェですら無いのだから。前世があったってリーチェであることに変わりはない、なんてどの口でという話で。


「リーチェ、前世の、俺と同じ日本の記憶があるだろ」


 ひゅっと声にならない声が口から出て、その反応がもう答えだった。


「はじめにエディブルフラワーのババロアを見た時あれ、と思った。その後何も怪しいところが無かったから気のせいだと思ったが。この俺を見て異世界転移だと言った。言いたくないなら言わなくてもいい。だけど、もしそうなら俺は手伝える」


 追い詰めるために言っているわけではないことは、カエデの表情を見ればわかった。だけど、ウィルの、アレクの顔が見られない。

 それに、思い出したら今の私はどうなるの?リーチェに戻ったら私の魂は元の世界に戻れるの?


「大丈夫だ、リーチェ」


 肩に力強く手が乗せられる。後ろから掴まれたその力は温かくて、私をこの世界に留まらせるみたいだった。


「魂憑依だろうが、魂転生だろうが、俺が友だちになったのは、今のリーチェだ。何も気にしなくていい。リーチェが消えて無くなるぐらいなら思い出さなくていい、他の方法だってある」


「......悪い、気が急いてリーチェの気持ちを蔑ろにしたな。思い出したからと言って、今のリーチェが消えるわけでは無いと思う。体の記憶だけを取り出すことだってできる。どこまでうまくやれるかわからないし、イレギュラーもあるだろうから無理強いはしねーよ」


 優しい二人の言葉に、首を横にふる。

 私は、カエデを助けたいと、助けるの決めた。そのために思い出すことが必要なのだと言うなら、思い出す方法があるのなら試してみるべきだ。


「私は、私の記憶にある日本の記憶は、駅のホームから突き飛ばされて落ちたのが最後」


それより前の記憶は思い出したり思い出さなかったり。この世界で目覚めてから段々曖昧になっている。


「それでも名前は今も覚えてるわ。私は水口桜。自分では転生だと思っていたけれど、憑依だったのね」


 苦笑しながら言う私のに、目を見開いて真っ先に反応したのはニコラス先生だった。


 先生が立ち上がった瞬間に机の書類が雪崩のように滑り落ちる。

 皆がそれに気を取られるのにもお構いなしに、書類を踏み退けて、私の元に跪いた。


「お待ちしておりました。師匠」


 その麗しい白色のまつ毛には水晶のような涙が溜まっていた。


 私の告白以上に混乱をきたしそうな絵面に、思わず助けを求めるようにカエデを見る。ゆっくりと首を横に振られた。

 次いでアレクを見れば私の告白とこの絵面どちらに驚くべきなのか、複雑な顔をして眉間に皺を寄せていた。


 頼りのウィルはといえば、面白そうに微笑んだまま首を傾げていた。

 だめだ何考えてるか全くわからない。


「先生、お立ち下さい。何が何やら、さっぱり」


「そうでしたね。まだ思い出されておられない。カエデ、精神干渉魔術をサクラ様に」


「え、でも、リーチェからはまだ許可は」


「大丈夫だ。サクラ様、私を信じていただけますか」


 跪いた姿勢のまま見上げる、心酔の色に目眩がする。私を通した別の誰かを見ているその瞳に、急に先生が遠く感じた。


 それでもその実力は本物で、先生が大丈夫だと言うのなら思い出したことで突然私が消えることは無いのだろう。


 頷いてカエデに向き直った。


 まだ戸惑っている、カエデが私の瞳をみつめてそれからパチリと指を鳴らした。

 頭の奥で音が反響する。一拍遅れておびただしい映像記憶が流れ込んでくると共に、パチリと意識が途切れた。


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