3-2 従兄弟の考えることはわからない
カエデが元の世界へ帰るためには、ニコラス先生への禁術をクリストファーに解いてもらう必要がある。
そのための案が全く出ていない状況に、カエデが気落ちしていないか心配だ。と、先生のところへ顔を出す予定だったが、生徒会室の方へ先に呼び出された。
部屋には既に、ライオネル様、セドリック様、それからクリストファーが集まっていた。
「よ、リーチェ。あの本は読んだか?」
クリストファーの胡散臭い笑顔に、こちらも思わず笑顔が引き攣る。
「ごきげんよう、クリスお兄様。まだ読めておりませんので、しばらくお借りしてもよろしいですか?」
怪しさがとてつもないとはいえ、借りたのは王宮の本だ。燃えたとは到底言えずに、なんとか誤魔化す。燃やしたのはクリストファーであるけれど、何の証拠もない。
もちろん、と笑顔のクリストファーはこちらの状況を知ってか知らずか、随分ご機嫌だった。
「......どんな本でしょうか。私も読書が趣味ですので気になりますね」
ライオネル様から整った笑みと共にかけられた質問に、「王家の歴史書だ。アーサー様もお読みになったことがあると思うが」と何でも無いことのように言ってのけた。
クリストファーの事情をニコラス先生から聞いたにも関わらず、眉一つ動かさないのはさすがライオネル様だ。
「ぜひ、リーチェの次は私にもお貸し下さい」
「ああ、もちろん」
薄寒い笑みで、二人がやりとりをしていると、ようやくアーサー殿下とローズ様が二人で部屋に入ってきた。
「全員揃っているね。急に呼び出してすまない。何の行事もないうちに決めておきたいことがあってね」
ジル様......カエデがここにいないことがいつも通りであるようなアーサー殿下の態度に、少し寂しさを感じる。
「ライオネルからの提案があって、書記と会計をそれぞれ一人ずつ増やそうと考えている。今年すぐにと考えると学年の偏りが大きくなってしまうから、ひとまず今年は会計を増やしたい」
ライオネル様、仕事も多そうだから押しつけられる後輩が欲しいのだろうか。
「来年にはライオネルが相談役となるからね。次の1年生から会計と書記をもう一人ずつ選ぶ予定だ」
横で頷くライオネル様と、先に聞いていたであろうローズ様からは反対の意見は出ない。
もちろん私としても同学年が入ってくれるならこれほど心強い事はなく、生徒会メンバーが増えれば仕事も多少楽になるだろう。
「しかしアーサー様、副会長は一人のままでよろしいので?」
挑発的に笑んで手を挙げたのはやはりクリストファーで、ピリと私とライオネル様の表情は険しくなった。
「ああ、うん。確かにクリストファーの言う通りだね。ライオネル、この提案は君からだったが副会長についてはどう思う?」
少しでも、アーサー殿下やローズ様にカエデの存在を思い出させるわけにはいかない。先程感じた寂しさとは裏腹に、現実は少しの痕跡も気取られたくない。
何故副会長は提案しなかったのか、という疑問も含んだ殿下からの問いに、しかしライオネル様は涼しげな表情で淡々と答えた。
「副会長は場合によっては会長の代理も行います。大きな権限となりますので私の立場からは安易に人数を増やす事は推奨しかねますが......ローズ様はいかがお考えですか」
「そう、ね。業務量を考えると、一人でやれていたことが不思議に思えるわ。お兄様や、ライオネル様がお手伝いしてくださったのでしょうけれど」
小首を傾げながら言うローズ様に「そうですね」とすかさず答えたライオネル様。見た目ほどは心中穏やかじゃないのかもしれない。食い気味のその解答にローズ様が少し引いている。
「え、ええ。なので、可能であれば副会長も2人体制に変更いただきたいですわ」
「わかった。では副会長はリーチェに。書記と会計を新たに1年生から選定しよう」
「は......い!?」
は?といいかけて慌てて語尾をつけたす。あまりにも唐突な提案に心底驚いてしまった。
「僭越ですが、私よりも高位のご子息、ご令嬢がいらっしゃるのでは?」
「再来年入学するセシルが次期生徒会長になる。その時にはセシルの手綱を握れるリーチェが副会長に相応しいと思っているからね。慣れるのは早い方がいいだろう」
そりゃあ、横にローズ様に教えてもらいながら覚える方が確かに気楽ではあるが、その前に、セシル様の手綱を握る?到底無理だ。お茶会のセシル様を見てそう言ったならば、それは買い被りすぎと言うものだろう。あれは、取引あってのことだ。
「私ではセシル様に物申すなんて恐れ多くて。買い被りすぎですわ」
「はは、さて、書記と会計に心当たりはあるかな」
あまりにもあっさり流されて、反論する隙も与えられなかった。
あっけに取られていると、セド様が斜め前で肩を震わせている。何をそんなに笑うことがあるのか全く腑に落ちない。
「ノースモンド公爵令嬢が1年生にはいるでしょう。彼女は候補に上がらなかったのですか?」
「そう、だね。ローズを敵対視しているというのと、兄妹で生徒会というのもバランスが悪くて......」
あれ?と首を捻る殿下に、ライオネルがすかさず
「ご令嬢は一人娘ですよ、殿下。政治的問題で保留にしたではないですか」
と差し込んだ。
クリストファーは素知らぬ顔で慌てる私たちを見る。
質問だけを聞けば至極真っ当であるけれど、カエデの精神干渉の魔術がかかっていなかったと知っている今となっては、何か裏があるとしか思えない揺さぶりだ。
「うん、そうだったね。だけど、今のメンバーを見ると今度は貴族派、最低でも中立派から選びたい。彼女も候補にはいってくるかな」
「彼女は役職がリーチェの下となることを良しとしないかと。宜しければ、同派閥である私が何名か選定しておきましょう」
これ以上厄介なことを言われる前に話をたたみたかったのだろう、ライオネル様のその言葉で会はお開きとなった。
今度こそカエデのところへ行こうと立ち上がると、クリストファーから手招きを受ける。
警戒しつつも近づけば、耳元でクリストファーに囁かれた。
「全て思い出したら、話を聞いてやるよ」
ぞくりと、肌が粟立つ。
何もかも、把握したうえで、その上で何かを待っているのだ。私たちの知らない何かを。
私の消えた記憶にだけ残っている何かを。
セシルはローズの弟です。
1章の前半にエピソードがあるので
忘れてる方、初見の方は宜しければ
見てみてください。