3-1 作戦会議は進まない
初夏の風が緩く髪を揺らす。そろそろ外でランチをするのは厳しくなりそうだ。
両隣には警戒心を露わにした、アレクとウィルが座っていた。
「リーチェ、ちょっと......」
ユリナが怪訝な顔で顔を寄せた。
「告白するって話だったじゃない。どうなっているの?あとどうしてウィリアム様がいらっしゃるの?」
ユリナの疑問がごもっともすぎるけれど、何故こんなことになったのか説明しようとすると、国家機密が入ってきてしまう。
「なんと言ったらいいか」
「......話せないならそれで良いのだけど、一人で危ない思いをしないでね」
ふいに真剣な目をするユリナに、最近立て続けに心配をかけてしまっているな、と申し訳なく思う。
「ええ。心配かけてごめんね」
ニコリ、と笑ったユリナの笑顔は優しくて思わず泣きそうになった。
昨日のやりとりを思い出して、なんとか問題なさそうなところだけを選んで事情を伝えたところ、「どんどん難しい状態になっていくわね。」と眉を寄せて、優雅に首を傾げられた。
『クリストファーは処刑された先帝の息子だよ』
「は!?」
貴族にあるまじき声を出したのは、まさかのライオネル様だった。
「......失礼。先帝の処刑時に、全ての皇子が処刑されたと聞いておりましたが」
「ああ、表向きはな。しかし、皇帝にはアーサーしか子どもがいないだろう。万が一のために当時まだ顔見せをしていなかった第5皇子だけは表向き処刑したことにして、こっそり中立派のイフグリード侯爵家に養子に出した」
「それってクリス様はご存知なんですか?」
「ああ、スペアとしての教育がある。定期的に王宮に通っていた」
先生に禁術をかけた本はその時に持ち出したものなのか。
「しかし茶髪に茶色の瞳というのは、皇族らしくないですが」
「本当は金髪に赤眼だよ。シャルル侯爵令嬢と同じ瞳の色だな。私が魔術で色彩を変えている。あの色彩は目立ちすぎる」
そうか、先帝の妃はシャルル侯爵家だったか。ということはローズ様が本当の従姉妹なのね。
彼は何を思って私を妹のように可愛がっているのかしら。いえ、本当に可愛がっているわけではないのだろうけれど。
「そうなってくると、クリストファー様の狙いは何なんだろうな」
確かに、闇の魔術に手を出したくなるバックボーンは十分にあるかもしれないが、そこからなぜ私につながるのかがわからない。
「俺が見せられた光景に意図があるなら、リーチェを絶望させることが目的だと思ったよ。俺の小説はローズが語り部だが、今思えばその割に夢に見るのはリーチェのシーンばかりだ」
友人から孤立させ、仲間だと思っていた人からも裏切られ、唯一心を開いた人にまで手を離されてしまえば、絶望しか残らない。
「私を絶望させて、それから何をしようと言うのでしょうか」
鋭い方では無いけれど、それでも彼から愛や恋といった感情を受け取ったことはない。
「必要なのは私の、光の魔術師としての力でしょうか。自分のためにその力を使いたいと思わせるために」
「ええ、考えたくはありませんが、リーチェの、光の魔術師の力を使って王位簒奪を目論んでいると考えるのが自然でしょうね」
「......ニコラス先生、クリストファー様は、王位簒奪を目論むお人柄ですか?」
幼い頃からクリストファーを知っているニコラス先生に問いかける。少しの逡巡の後、緩く首を横に振った。
「私の知っているクリストファーは、そういう謀とは無縁の優しい子だ。......だが、闇の魔術に手を出したのなら皇家の問題だと放っておくわけにはいかないだろうな」
優しい子、私の知っているクリストファーと印象が違いすぎて戸惑う。それは闇の魔術に手を出したことで性格が変わってしまったのか。それとも、性格が変わってしまうほどの出来事があって闇の魔術に手を出したのか。
「とはいえ、どう切り込んだものかな」
「精神干渉の魔術を大々的に解いてしまいましたから、カエデと我々が接触したことはばれているでしょうしね」
「もう一度魔術をかけ直せるけど」
カエデが気軽に言ってみせるが、その方法はできるだけ避けたい。
「罠なのはバレバレでしょうしね」
はぁ、とため息をついたのは誰なのか。数人分の悩みの声は音になる前に地面に落ちた。
「とりあえず、相手の目的がわかって進歩なのだから、少し様子見ね。あちらも焦っているだろうし、注視して作戦を立てましょう」
一刻も早く帰りたいだろうカエデには申し訳ないが、一旦はそうするしか仕方ないだろう。
「リーチェのことは俺とウィリアム様がそばについて守ります」
アレクが、そう言ってウィルも頷く。そうして集まった面々は大きな収穫も無く一旦は解散した。
誤字報告いつもありがとうございます!
最後までしっかり書き上げたいと思いますので
お付き合いいただけましたら幸いです