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2-33 名前は特別なもので

「ジル様、私に言ったのよ」


 隣を歩くアレクとウィルが続きを促すように頷いた。


「『俺のことを知ってる?』って。知らない世界に呼び出されて、わけもわからないままに人を傷つけることを強要させられる。それってどんな気分かしら」


 イレギュラーな私に戸惑っただろう。困惑したし、迷惑にも思っただろう。だけど、それ以上に期待したんじゃないかしら。


 自分を召喚した人間かもしれない、元の世界に戻せる人間かもしれない、と。


 そうでなければ、あんな怪しまれそうなことわざわざ言う必要が無いもの。


「私は、ジル様を助けたい。......二人も手伝ってくれる?」


「当たり前だろう。リーチェだけで戦わせたりしない。リーチェを一人にするつもりなんて無い」


 ニコリ、といつか言ってくれたことを繰り返す。アレクが何度も、何度も言ってくれるから、私も頼れるようになったのだ。


「私のこの力は、光の魔術師のためのものですから」


 ウィルの本当の目的がどこにあるのかわからないけれど、ずっと味方でいてくれた事実は変わらない。


「他のみんなは許してくれるかしら」


 大なり小なり精神干渉をかけられて、自分の醜い部分や嫌な部分を強制的に晒された彼らが、なんのお咎めもなくジル様を解放してくれるだろうか。


「リーチェが無事に元の世界に帰してやれば、そこまでは追いかけられないんだから、文句を言わせておけばいいんだよ」


 カラッとパワープレイなことを言われて、思わず目を丸くする。その発想は無かった。


「そうね」


 大勝負の前だと言うのに、何の筋道も立っていないのに、何故かすごく心が軽くなって微笑んだ。


「それに、ニコラス先生が放っておかないと思いますよ」


「そういえば、ニコラス先生のあの対応は意外でしたね。ウィリアム様は何かご存知で?」


 たしかに、皆で入ってきた時のニコラス先生はまるで興味が無いようだったのに、途中からは随分乗り気だった。


「サクラ様も召喚者ですから。師匠と同じ境遇に思うところがあるのでしょう」


 え!?知らなかった!!

 権力者の愛人に権威をつけるため、とか勝手に思ってた!


 ウィルからこんなすんなり出てくるってことは書いてあったのかな、聞きたいけど、ウィルにまでちゃん読んで無いんですか?って言われたら立ち直れないな。


 後でちゃんと読み直そう。


「しかし、本当にサクラ・アイニスの弟子だったとは。あの見た目で200歳は超えているということですよね」


「ふ、たしかに。ニコラス先生が一番規格外ですね」


 二人のやりとりに、あの若々しい先生を思い浮かべて思わず私も笑ってしまった。



 数日後、ライオネル様に呼び出されてニコラス先生の元へ伺えば、ジル様が制服とは異なるシンプルなスリーピースのスーツで生徒会業務を行なっていた。


「ニコラス先生の弟子、という扱いでここに寝泊まりしてるんだ。俺の精神干渉の魔術が解けると寮の部屋に居座るのも難しくなるからさ」


 精神干渉の魔術でちゃっかり一人部屋を使っていた彼は、不審に思われる前にニコラス先生の転移魔術で荷物を運び出してきたらしい。


 術が解けてジル様のことを皆が忘れているけれど、彼がジル様だと認識されれば、忘れた記憶も一緒に思い出されるようで、不用意に学内を歩けなくなったとぼやいていた。


「俺はもう生徒会じゃ無いってのに、ライオネルが仕事を持ってくるから困るよ。リーチェからも言ってくれ」


 そう言いながら少しも嫌ではなさそうなジル様は、何かが吹っ切れたようで、重さを感じさせない口調で肩をすくめた。


「私は、ジル様が生徒会で無くなったとは思っていませんよ。ライオネル様も同じ気持ちだと思います」


「......ありがとう」


 目を細めて、緩く微笑む。無駄な力の抜けたその笑みは、目の覚めるような美形では無い彼の、本来の魅力を引き出していた。


「カエデ、その書類が終わったらこちらを手伝ってくれ」


 ひょっこりと奥の書庫から顔を出したニコラス先生が、私たちを目に止めて「リーチェでもいいぞ、と手招きした」


 手招きされるがままに先生のところへと一歩踏み出した私を、ジル様の声が呼び止める。


「カエデ、は俺の本当の名前だ。ジルバートのままでもいいけど、お前らには知っておいて欲しい」


 勇気を出して言ってくれた事が伝わる、少し震えた声。それに振り返り、微笑んで手を差し出した。


「もちろん、カエデ様。これからよろしくお願いします」


「カエデでいいよ」


 少し照れたように私の手を握り返し笑う表情は、年相応の男子高校生のもので、胸の奥がギュッとしめつけられた。


「皆さんお揃いでしたか」


 ライオネル様が顔を出し、ニコラス先生も作業の手を止めて奥から出てくる。


「クリス様の身辺を洗い終わりましたが、他国に通じている痕跡はありませんでした」


「スパイで無かったことは良かったですね。国際問題になるとやっかいですし」


「ええ、代わりに気になる事が......リーチェはまだ昔の記憶が戻りませんか?」


 カエデの時のように、クリス様も存在に怪しいところがあるのだろうか。


「クリス様はどうやら養子のようですが、その前の記録が残されていないのです」


「イフグリード侯爵の隠し子ならその前の記録が無くともおかしくは無いですが」


「......ニコラス先生、何か知っているのではないですか?」


 禁術をかけられた時に、クリストファーについて詳しい素振りを見せていた。

 ニコラス先生は困ったように眉を寄せる。


「これは、アーサー殿下も知らない機密事項なんだがな。まぁ、私が守る義理も無いか」


 なんでそれを先生が知っているのかについてや、一貫しての皇家へのおざなりな対応について、気なるもののややこしくなりそうなのでそのうち聞いてみよう。


 そんな疑念も先生の次の一言で一気に飛んでしまう。


「クリストファーは処刑された先帝の息子だよ」


 誰もが、何も言葉を発する事ができなかった。

次回から最終章に入ります

書きだめのために1回お休みして

来週火曜に投稿させて頂きます

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