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1-7 我慢は大体報われない

「リーチェ!」


 1年生の教室に副会長のローズ様が顔を出されたことで教室がざわめく。


「リーチェ様、いつの間にローゼリア様と?」

「羨ましい!」


 ローズ様は中等部の頃から下級生女子の人気が絶大なので、何人かから肩を揺らされる。


「生徒会だから。」


 上級生のお姉様方には男性生徒会メンバーの嫉妬で絡まれて、同級生からはローズ様との関係を羨ましがられて。小説内のリーチェはこれでよく天真爛漫を貫けたものだと感心する。前世でも鈍感力が本になっていたものね。大事、鈍感力。


「ローズ様迎えに来てくださったのですね。」


「昨日場所を決め忘れていたでしょう。迷惑だったかしら。」


「とんでもないです、ありがとうございます。」


 不安そうに眉を下げるローズ様に、慌てて顔の横で手を振る。ローズ様からすればまだ敵か味方かわからないのだから不安だろう。手のひらを向けて敵意はありませんよー、のポーズを取る。そのポーズのおかげか定かではないが、ローズ様は安心したように息をついた。


「食堂まで案内するわ。ついてきて。」


「はい!ローズ様!」


 気が重くなるのを跳ね飛ばすように、笑顔で明るく返事をした。今ちょっとリーチェぽかったな。




「こちらはセシル、中等部二年生で生徒会長をしている自慢の弟よ。こちらは兄のセドリック。生徒会相談役をされているからこれからも会う機会があると思うわ。」


 食堂のガーデンテラスでお二人を紹介される。銀髪赤眼の美形が3人も揃うとすごい迫力だ。小説のリーチェはよくこの仲にすんなり飛び込もうと思えたな。いや、私も結果的には飛び込んでいるんだけど。


「リーチェ・フォン・フローレンスと申します。本日はローズ様と交流を深めたくて我が儘を申しました。ご兄弟水入らずのお時間に失礼致します。」


 夢の中でセシルがリーチェに対して気に食わない、と思っていたことを一つずつ消していく作戦に出る。まずは殊勝な態度で挨拶をする。セドリック様目当てでは無いアピールも忘れない。


「堅苦しい挨拶はいらない。リーチェ、ローズに可愛らしい後輩ができて嬉しいよ。これから同じ生徒会としてよろしく頼む。」


「ありがとうございます。セドリック様。ローズ様にご指導頂きお役に立てるように頑張ります。」


 夢の通りの紳士ぶりに、ホッとしながらセドリック様と握手を交わす。問題のセシル様は、と目をやれば複雑そうな顔で口をモゴモゴした後、何も言わずに顔を背けた。坊主憎けりゃ袈裟まで。きちんと挨拶したぐらいでは好感度は上がらないか。


 となると第二段階、コーヒーをかけられそうなことは言わない。これに尽きる。一人心の中で頷きながら、セドリック様に促されるまま席についた。計らずも夢の通り、ローズ様とセドリック様の間、セシル様の真正面だ。


「そういえば、今日はあの人達に嫌がらせとかされていない?」


「嫌がらせ?」


 セシルが眉間に皺を寄せたままこちらに視線をよこした。昨日の今日だ、知らなくて当然だろう。夢とは違い、まだ他の人からは詰められていない。


「あらあら、自己紹介もできないようだから、口が開かなくなったかと思ったのだけど、ちゃんとお話できたのね。」


ローズ様がセシル様を覗き込んでからかっている。


「姉上......。」


「リーチェは私のお客様よ。」


 眉間の皺を益々深めながら私を睨み付ける。


「セシルだ。よろしくする気は無い。」


「かしこまりました。」


 こっちだって宜しくする気はさらさらないのだ。自分から喧嘩を売っておいて、私の返答が気に障ったのかフイと顔を横に背けた。


「今日は特に何も。ローズ様が迎えに来てくださったからだと思います。」


「それなら良かったわ。また何か言われたらすぐに頼ってね。」


「ふん、相応しくない者が生徒会に入れば、生徒たちも文句の一つも言いたくなるだろう。」


「セシル!」


 ローズ様が咎めるように声を上げる。それもまた面白くないのだろう、彼は益々ヒートアップしていく。私はその彼を見ながら、余計なことを言わないように、黙々と目の前の皿を空にすることに集中する。


「何が目的かはわからないが姉上の手を煩わせてまで生徒会に居座ろうなどと、随分面の皮の厚いことだ。」


「セシル、失礼だ。」


 セドリック様がピシャリ、と言い放つ。兄の威圧感に押されてぐっ、と黙り込むとまた顔を横に背けた。

 セシル様に散々言われている間に、目の前の皿をすっかり完食してしまった。黙って何もせず暴言に耐えるのは、中々のストレスだ。美味しいものを食べて発散するに限る。


「ごめんなさいね、リーチェ。今日はお詫びのランチ会なのに。」


悲しそうに眉を下げるローズ様に慌てて手を振る。


「とんでもないです。私はローズ様とご一緒できるだけで嬉しいのですから。」


「太鼓持ちのお上手なことだ。」


 絶望的に悪くなってきた場の空気を、何とかしようとする私にこの言い草。言い返さないのもストレスが溜まるものだ、もはや空になった皿を見つめて、思わず小さく溜息をついた。


「なっ!」


 ハッ、としてセシル様を見ると顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。


 まずい。これは絶対くる。


「バカにしているのか!」


 セシル様が声を荒げて私にコーヒーを掛けるのと、私が空になった皿を顔の前に翳すのはほぼ同じタイミングだった。


「熱い!」


 皿に当たったコーヒーは跳ね返って見事にセシル様にあたる。飛沫は多少なりと全員に掛かったが、私の反撃を予想していなかったセシル様だけが見事にコーヒーを被っていた。いや、こんなこともあろうかと、黙々と食べたかいがあった。


「貴様!」


「セシル様。誰が悪いとお思いですか。」


 机を叩いて立ち上がったセシル様に、私も立ち上がって向き合う。コーヒーをかけられるイベントはもう終わったのだ。我慢する謂れはない。ずっと黙っていた私から反論があると思っていなかったのだろう。激昂していたセシル様が少し冷静になる。


「誰って、お前が。」


「私が?なんです?貴方の侮辱に黙って俯き、挙げ句の果てにため息一つで、被れば顔に火傷を負いかねない、熱いコーヒーをかけられた私が、どうかされましたか?」


 ぐっ、と言葉を飲み込み、拳を握る。まだ自分が悪いとわかっていないようだ。


「セシル様、なぜ疎む生徒がいるにも関わらず、生徒会を続けるのか、何か目的があるのか、面の皮が厚いようだと仰いましたね。」


「事実だろうが。」


 言いながら、私の微笑みにびくりと肩を揺らす。


「責任感です。恐れ多いことですが、私は王太子殿下に任じられました。辞めてしまえば、与えられた責任を果たせなかったこと、自分の無力さに一生苦しむでしょう。私は、未来の私のために今この選択をしたのです。セシル様にはまだ難しいお話でしたかしら。」


 言外に責任感の無さを指摘すると、顔を真っ赤にして肩を震わせる。


「どういう意味だ。」


「何がですか?」


「僕には難しいとはどういう意味だ。」


 肩をすくめて、セドリック様を見る。驚きに目を丸くしていたセドリック様も、私の伝えたいことを汲み取って頷いて下さった。


「そのコーヒーをかけて、伯爵家の一人娘である私の顔に火傷の跡が残った場合、どのように責任を取るおつもりだったのですか。」


 そこで初めて思い至ったかのように息を飲む。そう、私は初めに名乗っている。フローレンス伯爵令嬢であることを。

 

 その意味は中等部では知らなかった、ではすまされない。私は婿をとって伯爵家を継ぐ義務があるのだから。結婚前の女性の顔に火傷跡をつけたのだ、責任をとって婿に来いと言われてもおかしくない。実際は家格差を盾に侯爵家から跳ね除けられる可能性もあるが、ローズ様はそうはさせないだろう。


「もし、わかっていて責任を取るつもりでいらしたのなら随分無粋なプロポーズですね。」


「誰が、」


「ね、難しいお話でしたでしょう。」


 こんな状況でも言い返そうとするセシル様を、黙らせるように小首を傾げて微笑んで見せた。


「セシル様、何故かコーヒーを被られたのですもの、お召し物を変えに行かれては如何ですか?次の授業に遅れてしまいますわ。」


 ぐうの音も出ず俯くセシル様に撤退を促す。コーヒーをかけた事をチャラにするので、私の失礼もチャラにして欲しい。意図を汲み取ってくれたセドリック様は立ち上がって、セシル様の肩を抱いた。


「セシル、お前にどこか遠慮していた俺も悪かったのだろう。甘やかしたローズも。侯爵家次期当主として、今度責任感について話し合おう。」


「次期当主は僕じゃなくて兄上だ。」


 俯いたままポツリと呟くセシル様に、セドリック様は優しく目線を合わせる。


「次期当主はお前だよ、セシル。そろそろ自覚を持ちなさい。リーチェがお前に教えくれたことをよく考えなさい。」


 今度こそ俯いたまま黙ってしまったセシル様を連れて、セドリック様はその場を後にした。もちろん紳士らしく私の手の甲に口付けてから。「本日のお詫びは改めて。」と。


 臨戦態勢だったから意識していなかったけれど、やっぱりすごく美形で思わず胸が高まってしまった。ダメダメ。この兄弟に深く関わるのは危険すぎる。



「お詫びのランチ会だったのに、本当にごめんなさい。」


 しゅんと眉を下げるローズ様に胸が痛むし、食堂中からの視線も痛い。


 テラスでの騒動だったので音は聞こえていないようだけど、中から見たらコーヒーのカウンターを喰らったセシル様がセドリック様とすごすご退場し、ローズ様が私に頭を下げているというかなり変な状況だ。こんな状況、アーサー殿下に見られたら悪いことにしかならない気がする。


「顔をあげてください、ローズ様。先程もお伝えした通り、私はローズ様とご一緒できるだけで嬉しいんです。むしろご兄弟にとても乱暴な物言いをしてしまいましたから、許して頂きたいのは私の方です。」


 なるべく眉毛を下げて、胸に手を当てる。なんだかリーチェらしさが様になってきたのでは?


「そんな、完全にセシルが悪いのだから謝らないで。私が甘やかしたせいか、最近ずっとあんな感じなの。今日のリーチェのお説教が響くと良いんだけど。」


頬に手を当てながら困ったように首を傾げる。思春期には困ったものですね、の言葉を飲み込んで、一緒になって、困ったように微笑んだ。


「今度こそ挽回させてもらえると嬉しいわ。再来週のお茶会では、私が腕によりをかけてお菓子を用意するの。」


 ローズ様が用意するのはきっと前世のお菓子だろう。こちらに来てから食べられていないそれは、純粋に楽しみだと微笑んだ。


読んで頂きありがとうございます。

来週は土曜の夜に更新します。

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