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2-29 誰だって帰る場所を求めるもので

「大体、妹の代役はリーチェが務めてくれただろ。妹がいないことの何が問題なんだ?どんな被害か俺にはわからないから、否定のしようもない」


 私がライオネル様の母親と同じデザインのドレスを纏うことで起こった事件。あのきっかけを作ることができたのはたしかにジル様だけだ。

 怪しんだユリナを引き止めたのもジル様だった。


 だけどその事件を詳しく伝えようとすれば、ライオネル様が私を殺そうとしたことも言わなければならない。


「ライオネル、覚えておけよ。確実な物証が無い段階で容疑者に向き合うのは馬鹿のすることだ」


「物証は必要ありません」


 口元の笑顔と裏腹に笑っていない目を見据えて、ライオネル様がウィルへ頷きかけた。


「本当は、あなたの口から聞かせてもらいたかった。」


 厳しい顔つきの中にも寂しさが滲む。

 合図を受けたウィルはすかさずジル様の顔を片手で掴んだ。


「痛い!いてぇよ!何すんだよ!」


 ジル様のらしく無い切羽詰まった声が響く。見るからに痛そうなアイアンクローをお見舞いしていたウィルは、最後にもう一度力を込めた後、パッと手を離した。


 最後のは絶対いらなかったと思う。


 だけど、強引なアイアンクローは確かな効力を発揮した。


「......ジルバートなんて人間は、いない」


 ライオネル様が、驚愕の表情で言葉を落とす。無効の魔術が発動し、継続的にかけられていた精神干渉が解けたようだ。私の目にもジル様の姿が違って見える。


 青色だと思っていた瞳の色は黒く、彫りの深い顔立ちに囲まれても違和感の無かった姿は、見た目はそのままに印象がガラリと変わった。


 整った顔立ちをしてはいるが、どう見ても日本人だ。


「あなたは、誰なんです?」


「あーあ、最悪だ」


 ライオネル様の言葉にか、それともウィルに掴まれた頭の痛みか、顔をしかめながらそう呟く姿は年相応の高校生らしくて、驚きから思わず言葉がこぼれた。


「異世界、転移?」


 関わる人間全員に、自分の姿を誤認させる魔術なんて規格外だ。その上で精神干渉の魔術も行うなんて、ほとんどチートと呼んでいい。所謂、召喚者チートなのか?


「異世界召喚だよ」


 私の疑問に答えるように、ジル様がこちらを見た。


「誰に召喚されたの?」


「さぁ?俺がこの世界に来た時に、目の前には誰もいなかった。ただ、俺が偽装する身分と、どうすれば元の世界に戻れるかが書かれた紙が置かれていただけだ」


「元の世界に戻る方法?」


「ああ、『物語を完成させろ』ってな」


『物語』、どこかで聞いた、ううん、見た気がする。ああ、そうだ、闇の魔術師だ。闇の魔術師の未来への干渉が『物語』を紡ぐことだったはず。


 自分で『物語』を描くのだと思っていたけど。人に書かせる必要があるのか?なぜ?


「その、『物語』は完成したの?」


「してねぇよ。わかってるだろ。リーチェ、お前だけが誤算だった」


 ジル様がーー今となっては見るからに偽名だけれど、苛立ったように頭を掻く。


「何もかも同じだった。国も、登場人物たちも、バックボーンも。俺が書いた小説に何もかも同じだった。なのに、リーチェだけが全く小説と違う動きをする」


 ライオネル様も、アレクも、ウィルまでも理解できないという顔をする。私だけが彼の言うことをわかる。


「何度も何度もラストに繋げようとテコ入れをした。とりあえず全てのイベントを起こそうと手を尽くしたけど、全てリーチェが乗り越えた。なぁ、リーチェ、お前は誰だ?」


 私は、......何と言っていいかわからずに口をただハクハクとさせて、閉じてしまった。しばらくの沈黙の後、耐えかねたようにライオネル様が語りかける。


「ジル様、ではないのですよね。あなたが何を言っているのかまるでわからないのですが、貴方は異界から召喚され、帰るために『物語』を完成させることが目的、だったのですよね?」


「さすがライオネル、理解が早いな」


 楽しそうに笑って返す姿はやはり年相応で、自分の生み出したキャラクターと会話できることが楽しいのだろうか。


「私たちが登場人物、ということは許容し難いですが、あなたはこの世界を作った創造主ということですか?」


「それは違う。俺は夢に見た光景がストーリーとしておもしろいと思ったから小説にしただけだ。だから、この世界が先にあったんだろう。夢で見た光景以外の空白部分は想像で文字に起こした」


「それを聞いて少し安心しましたが、ではあなたが見たリーチェが傷つけられる未来では、最期、この国はどうなるのですか?」


 ジル様は、真顔で首をかしげる。


「それを俺が言うと思うのか?」


 そう、なのだ。ここまで包み隠さず話したことの方が本来は驚きで、まだ結末を迎えていないこの物語のラストを語ってしまえば、物語が変わってしまう可能性が生じる。

 元の世界に帰ることを目的としているジル様がそれを言うはずが無いのだ。


「勘違いするなよ。この状況では光の魔術師に到底敵わないだろうと思ったから、協力を仰ぐために情報を開示したんだ。無効の魔術なんて、全くの想定外だったからな。」


 やはり、あの小説にウィルは登場していなかったのか。この場において登場人物でないウィルは、ある意味ジル様と同じぐらいの異分子なのかもしれない。


「俺は、元の世界に帰る。そのために物語を終わらせる意思は変わらない」


 冷たい目で、固い意志でそう言うジル様は、この国に来てからどれだけ孤独な思いを味わったのだろう。

 

 

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