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2-26 信じているからこそ、絶望は深いもので

「桜は本当にその小説好きだね。」


「いやー、ちょうどいいんだよね。絶妙に続きが気になるの。」


「あれ、でもそれ更新止まってるよね。」


「え?あ、本当だ。」


 投稿型WEB小説サイトは作者の投稿の意思が無ければ途中で終わってしまうものも少なくはない。


「んー、ブックマーク伸びなかったからかなぁ。」


「モチベーション?でも続き気になるね。」


「わかる?今一番良いところなの!」


「いや、読んでないからわからないけど。」


「悪役令嬢が断罪を乗り越えて、代わりにヒロインが死にそうになってるの!助かったかまだわからなくてハラハラするんだよね!」


「ねぇ、なんでそんなにヒロイン死にそうなの?」


 呆れたような物言いの友達も、茜色に染まる帰り道も全て他人事のように遠い景色だ。





 白昼夢のように、唐突に前世の友人との会話がフラッシュバックした。あの小説の中では、リーチェがアーサー殿下に殺されて、どうなったかわからないところで更新が止まっている。


「ジル様は存在しない?」


「そこまでは言ってません。幼少期の記憶が改竄されている可能性がある、という話です。」


 思ったことがそのまま口から出て、ライオネル様に否定される。


「ああ、ええ。そうですね。」


 ツ、と背中を嫌な汗が流れる。ジル様は小説に存在していなかった可能性がある?それがずっと気になっていたこと?

 思い返してみれば、今まで誰の過去を思い出しても、ジル様が出てきたことは一度もない。

 大体、副会長だけなぜ二人いるのか。そこに疑問すら抱かなかった。


 なによりも恐ろしいのは、最初に思い出した時に恐れていた、『小説の先の世界』に、私にとって最悪の形で辿り着いてしまったことだ。これから先はどんな苦難も、相手の苦悩もわかることはない。


 自力で解決していかなくてはいけない。


「妹のノースモンド嬢にも聞いてみましょう。リーチェは殿下に聞いて頂けますか?殿下もジル様と従兄弟ですし。まだ生徒会室にいらっしゃるので。」


 もう随分日が傾いているというのに、殿下は働き者だ。そういえば、クリストファーの件も伝えなくてはいけないのだったと、思い出して頷いた。


 


 最初はあんなにも恋しかった前世がもはや遠い記憶なのは、この世界に大切な人がたくさんできたからなのだろうか。あの時話していた友人の顔は思い出せない。

 まるで、夢だとわかっている夢のように客観的な自分がいる。


 光の付いた廊下を一人で歩く。学校と言うには、お城めいたこの学園は、廊下まで赤い絨毯が引かれ、左右かかった魔石のランタンが、オレンジ色の光を淡く灯している。


 不自然に、ゆらりと伸びる影が自分のものじゃないと気がついた瞬間、パキ、と高い音を立ててブレスレットのエメラルドが二つに割れた。


 反射的に防御の魔術を張る。振り返るとそこには、ストロベリーブランドの髪をかきあげた紫眼の美少年、エドワード王子がいた。


 手には夢に見た、悪夢に見たクリスタルの剣を携えて。


「あれ、おかしいな。確実に切ったと思ったのだけど。リーチェ嬢。ごめんね、少し痛いかもしれないけれど、貴女なら大丈夫。回復魔術が使えるよね」


濁った瞳でニコリと笑う彼は、今までの誰よりも精神干渉の魔術を強く受けているように感じる。ライオネル様からもらったブレスレットが無ければ、それこそ今頃とっくに腕を落とされていたに違いない。


 ゾッ、と鳥肌が立つ。


「エドワード王子、お辞めください!あなたは操られているのです。」


 時間稼ぎに呼びかけながら状況を確認する。辺りに巻き込まれるような生徒はいなさそうだ。エドワード王子の周りにも、味方らしき人影はない。

 夢にはいたはずの、アレクもいない。紛れもなく誰かの手によって無理矢理に再現させられた、あの小説のシーンだ。


「操られてなんかいないさ。友人だと思っていた人達に欺かれ、迂闊にも誓いのキスをしてしまったのだ。その元凶を絶つのは当然だろう。」


 ぐ、と息を呑む。たしかにそうだ。あれから一緒に時を過ごし、友人として付き合って最近では友人だと思えるようになっていたのに、真実を話そうとしなかった。


 小説の人物ではない、目の前の生身の人間として、友人として接するなら、事情を話してわかってもらう努力をすべきだった。


「ごめんなさい。謝ったって仕方ないかもしれない。だけど、」


「何も聞きたく無い」


 ゾッとするほど低い声で呟く彼は私の言葉をすべて拒絶する。どうにかウィルを呼びに行きたいけれど、エドワード王子をこのまま放ってどこかに行くことも抵抗がある。


「どうして僕はこうなんだんだろう。君を連れて帰ることができるなら、こんな僕でも国のためになれると思ったのに。」


 ポツリと落とされた言葉は、小説の中で描かれていた以上の闇を感じさせる。

 優秀な兄たちと唯一母の違う自分。その母は王位簒奪を目論み、自らの手でそれを暴いた過去。その後の彼の王宮での立場はどれほど苦しかっただろう。


 兄が気にかけてくれたとて、後ろ盾のない王子ほど不安定なものはないのだ。


「光の魔術師がまさか母と同じような嘘つきだったとは、思わなかったよ。」


 嘘つき、と言われてズキと胸が痛む。彼の勘違いに気がついていて正さなかった私は、そう言われても仕方がないのかもしれない。

 だけど、


「私の知っているエドワード王子はそんなことを言いません。自分の勘違いを人のせいにするようなそんな方ではありません。」


 私が彼を信じられなかったこと、本当のことを話さなかったことへの罪は、彼が勘違いで早計に私へ誓いのキスをしたこととは別問題だ。


「勝手に勘違いして、人の手にキスをして、自分の都合で手を切り落とすなんてそんな自分勝手なことをする人じゃありません。」


 瞳が揺れる。元々フランクな人柄とは裏腹に非常に聡明な判断を下される方だ。多少の精神干渉では動かない程度には、理性のしっかりした方だ。それなのに、今のエドワード様は明らかに普段とは様子が違う。


 濁った瞳から涙が溢れて、「うるさい」と力の無い言葉と共に硬い剣が私に向けて振り下ろされた。


 ガン、と防御層に跳ね返される鈍い音がする。


「だって、アレクは大事な友達なんだ。ユリナもリーチェも。僕は初めてこんなに楽しい学校生活を過ごした。まるで普通の生徒みたいに。」


 止めどなく流れる涙と、連続で打ち付けられる打撃に防御層が持ちそうに無い。想定よりも剣が硬いし、打撃が強い。御前試合の時に意外にも思えたエドワード王子の剣技ですら、隣国の皇太子に花を持たせるために加減していたのだと知る。


 薄くなる防御層に、攻撃すればいいのだと分かっていても、私にはエドワード王子を攻撃することはできない。友達だもの。大切な。私にとってはアレクやユリナと同じぐらいに大切な、友達だもの。


 これ以上裏切りたく無い。


「なのに、全部嘘だったの?」


「それは違います!ユリナやアレクは私のために黙ったいたのです。あなたを欺いたわけでは......」


 防御層がいよいよもたない。次の防御層を引くには時間が足りない。私の言葉が届いている気がしない。


 死ぬことはない。それはそうだ、すぐに再生魔術を使えば良いのだから。エドワード王子を騙していた罪を、ならばここで払ってもいいのかもしれない。


 誤って殺されないよう、いっそ切りやすいように腕を差し出すべきなのでは......


「弱気になるのは早いですよ。」


 カランと軽く、エドワード王子の剣を払ったのは、


「ウィル......」


 鈍い銀色の髪をまとった、いつだってタイミングよく助けてくれる友人だった。

エドワード王子の乙女ゲーム版と小説版は

1-14から記載されてます

時間がだいぶたっているので

忘れている方はぜひ振り返ってみてください

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