2-25 軽薄なキャラは物語の鍵を握るもので
「普通に考えたらクリストファー様が一番怪しいですよね」
クリストファーに渡された書籍で先生は喋れなくなってしまったのだ。大体先生が持っていて捕まるような関連書籍を、クリストファーが持っているのもおかしな話だし。
「いや、一応クリストファーは持っていてもおかしくない。」
何故かは教える気が無さそうだが、一応庇うようにそう言う。
「しかし禁術はあいつのせいだろうな。」
やっかいな、と呟く先生に「ウィルに魔術を解くよう試してもらいますか?」と提案しかけて、図書室でのウィルを思い出して躊躇ってしまった。
「何らかの形でクリストファーが関わっているのは間違い無いだろう。アーサー殿下に報告しておいてくれ。」
確かにクリストファーが危険人物なら、生徒会には置いておけないだろう。なんといっても皇太子殿下だ。光の魔術師よりもよっぽど尊い身で、守るべき存在なのだから。
......頭に血が上ってたとはいえ、この間水に沈めたのはやっぱりやり過ぎだったな。
「わかりました。」
頷く私に微笑んで、200才越えの若々しい美青年は口をパクパクさせた。
大魔術師よ......。と本日何度目になるかわからないため息をお互いつきながら部屋を後にした。
翌日の放課後、まずはクリストファーに禁術を解いてもらおうと生徒会に向かって歩いていた。しかし、素直に頼んで聞いてもらえるか。こっそりニコラス先生の元に連れて行くか。
闇の魔術について他に知っている人がいるとすれば、エドワード王子かしら。光の魔術師のひ孫だもの。闇の魔術についても何か聞いているかもしれない。
「よっ!リーチェ!どうしたんだよ、深刻な顔して。」
「ジル様!」
エドワード王子を探しに行こうと学園内を歩いていると、ジル様が向かいから歩いてきた。
「エドワード王子を探していて。」
「ああ、殿下か。仲良いもんな。俺はお見かけしていないな。」
首を傾げるジル様からは、誰かを操って人を殺そうとするような邪悪さは感じられない。良くも悪くも軽やかな人だ。
「ありがとうございます。」
「役に立たなくてごめんな。」
申し訳なさそうに笑って、それから思い出したようにさりげなく、
「リーチェは俺のことを知ってる?」
と聞かれた。
「ジル様、ですよね?」
問われた質問の意味が分からず首を傾げると、ああ、そういう意味で無くて、と答えてから緩く首をふった。
「ごめん、何でもない。変なこと聞いたな。エドワード王子を見つけたら俺からも声をかけておくよ。」
怪しい質問だと判断するにはあまりにも切なそうなその問いに、記憶のない私は過去にジル様と何かあったのだろうかと、申し訳なく思うしか無い。
ジル様と別れた後結局エドワード王子を見つけることはできず、代わりにと言ってはなんだがライオネル様と遭遇した。
どうやらあちらは私を探していたようで、目が合うや否や、近寄ってきた。
「結論から申します。ローズ様もジル様も幼少期から精神干渉の魔術の片鱗はありませんでした。」
ほっとしたような、振り出しに戻った途方の無さというか。しかし、続けたライオネル様の言葉にどう反応して良いかわからなかった。
「が、ローズ様はある時期を境に性格が変わったようだったと証言する使用人がおりました。」
ローズ様が前世を思い出した時だろうか。だけど、ライオネル様から見ればローズ様は怪しいに違いない。
「ライオネル様はローズ様ともジル様とも幼馴染ですよね。何か思い出すことはありませんか?」
私はローズ様に対して前世を覚えているはず、というバイアスがかかっている。フラットな目線で見た時にライオネル様の考えを聞いてみたかった。
「そうですね。ローズ様は私が知る頃にはすでに今のローズ様でしたよ。優しくて、正義感が強くて。時々皇太子妃への重責からか弱気になる姿もお見かけしましたが、基本的には明るい方です。
政治的駆け引きについても最近になってようやく当時のローズ様のお考えに気がつく時もあります。」
淡々と言う割にはベタ褒めで、やっぱり惚れているんじゃないかと、改めて納得する。
転生したとは言え、同じく転生者の私はそんなに上手く立ち回れる気がしない。前世の時から優秀な人だったのだろう。
「とはいえ私の評価も、精神干渉によって刷り込まれた可能性がありますが。」
そこで初めて自嘲的に笑うライオネル様に、胸が締め付けられた。幼い頃からの初恋の相手で、大切な従姉妹を疑うのに、何とも思っていないわけがないのだ。
「そんな顔をしないでください。ローズ様を信じるのは殿下の役目です。私の役目は疑うこと。」
ふ、と笑って私の腕のブレスレットにそっと触れた。自分と同じ瞳の色のエメラルドは魔力を秘めて輝いている。
「私の知るローズ様もそのような方です。私が、ライオネル様の分まで信じますから、任せてください。」
「......図々しいですよ。」
ペシ、と私の頭を叩くライオネル様の顔を見れば、すっかりいつも通りの笑顔だ。
いつも通りとはつまり腹黒いと言うことだけど。
弱気なライオネル様よりそちらの方が安心する。
「ジル様は、どうでしたか?」
先程のジル様を思い出す。何か彼のことを思い出せるヒントがあるかも知れない。
「ジル様は、そうですね。妹の遊び相手にはよくなりましたが。」
口元に手を当てて、ピタリと動きが止まる。
「どういうことでしょうね。いえ、彼とも交流がありました、あったはずなのです。『彼と妹の3人でよく遊んだ』という認識があるのに、具体的な記憶は思い出せません。」
「それって」
「ええ」
「ジル様に疑いが向くように、ジル様との記憶を消された、とか?」
「あるいは、こちらの方が可能性が高いでしょう。ジル様が私の従兄弟だと思い込まされている」
それは、ジル様ーージルバート・ドゥ・ノースモンドという人間の全てを覆す可能性だった。