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2-24 容疑者はそこかしこにいるもので

 殿下がその場を去ってからもしばらく、そこから動けなかった。強いお酒を飲んだ時のように胸が熱い。


 すっかり告白どころでは無くなってしまった。闇の魔術師が攻略対象じゃ無いのなら、私には検討もつかない。いや、逆に一刻も早く告白しておくべきなのか?


 寮に戻ってサクラ・アイニスの伝記を確認するとそこには確かに闇の魔術に対する記載があった。


 闇の魔術は心に深い闇を持つものが、儀式によって手に入れる力。魔力量は本人の元の資質に左右され、光の魔術師が『再生』という過去の事象に干渉するのに対し、『物語』を紡ぐことで未来への干渉を可能にする。


 儀式を介して力を与える存在が何者かは解明されておらず、その存在はかつてサクラ・アイニスによって封印された。以来、儀式に挑戦する多くのものは命だけを吸い取られ、儀式に失敗している。


 ここには失敗例だけが書かれているけれど、成功の可能性もあるということよね。そうでなければ挑戦する人がいるはずも無いし。実際復活したわけだし。

 現状に不満を抱く人が望む未来を手に入れるために、自分の命をかけて人ならざるものから力を得る、と。


 その人では無いものは、少なくともサクラ・アイニスを恨んでいるはずだ。彼女がいない今となってはまた封印される可能性がある、光の魔術師を狙うだろう。


 ゾワと鳥肌が立つ。


 サクラが封印した時のことを何が記した文献が無いだろうか。どうやって封印したのか少しでも手がかりが欲しい。




「リーチェ、どうかされましたか」


 図書室に来た私を迎えたのは、ウィルだった。


「ウィルこそ、こちらで何を?」


「少し、調べ物を。」


 ニコリ、と濁すように微笑んで、手元の本を閉じた。


 聞かれたく無さそうで、空気を読んで「そう」と頷く。答えを促すような瞳のウィルに、なんと答えたものかと悩んだ末に当たり障りのない範囲で事実を伝えた。


「闇の魔術について調べに来たの。」


「闇の?何故ですか?」


 思った以上に食いつかれて、思わず後ずさる。関係の無いはずのウィルが、差し迫ったような表情で私に詰め寄った。


「いえ、サクラ・アイニスの手記を読んで、私にも無関係では無いと思っただけよ。」


 引き気味に答えると、我に帰ったウィルが適度な距離を取って、取り繕うように微笑んだ。


「そうですか。確かに他人事ではありませんね。宜しければ手伝いますよ。」


 厚意からの提案だとはわかっているけれど、さっきの今では素直に受け取れない。


「大丈夫よ。自分で探すわ。」


 何故か絶対的な味方だと思っていたウィルが急に遠い人のように感じる。


 まさか......ね。



 闇の魔術に関する書籍は禁書にあたるようで、一般の貸し出し棚には置いていなかった。数少ない書籍があの伝記なのだろう。ニコラス先生はサクラの弟子だと言うし、彼ならわかるだろうかと先生の元へ向かうことにする。


「どう?見つかった?」


 ウィルはもう居なさそうだと図書室を出ようとした私は、突然声をかけられて飛び上がるほど驚いてしまった。


「クリス兄様。驚かせないでください。」


「驚かせるつもりはなかったけどな。」


 ふ、と唇の端を持ち上げて笑うクリストファーは本当に可笑しそうで、そんなに笑うほど飛び上がっただろうかと妙に気恥ずかしい気分にさせられた。


「それで、闇の魔術に関する書籍は見つかったか?」


 なんでそれを、


「そこで寝てたから聞こえたんだよ。生徒会の仕事サボってここに来てるから、ライオネルには内緒な。」


 夕日をバックに唇に人差し指を当てる仕草は、やたらと様になっていて案外クリストファーが最後の攻略対象なんじゃ無いかと思わせるぐらいキザだ。


 細い茶髪が光で金にも見えて、アーサー殿下にも負けず劣らずの貴公子っぷりに感心してしまう。


「見つかりませんでした。」


「へぇ。手伝ってやろうか。」


 結構です、と辞退しようとしたところで1冊の本を渡された。


「先帝の放蕩ぶりに愛想を尽かした皇帝陛下は、兵を立ち上げた。それにしては、随分あっさり皇位を奪えたと思わないか?」


「......どういう意味です?」


「この本を読んでみたら、俺と同じ結論に至るさ。」


 恐る恐る手にとる。


「同じ、結論?」


「陛下が、闇の魔術を用いて皇位簒奪のストーリーを描いたという結論だ。」


「......不敬ですよ。伯父様にもご迷惑のかかる発言です。お控えください。」


 あまりの発言に、そう返すことしかできない。そんな結論に至ってしまう書籍なら私は読みたく無い。

 別に王家や国を正そうなんて高尚な考えを持っているわけでは無いのだから。


「いやなに、それならアーサー殿下の行動にも辻褄が合うだろう?」


 アーサー殿下が私を殺そうとしたことを言っているのか?闇の魔術と敵対する光の魔術師を殺そうとした、と?何故それを知っているのか。


「何のことかわかりかねますわ。難しいお話はよしてください」


 これ以上ここに居たくない。何も聞きたくない。ニコリ、と微笑んで不自然にならないようにお辞儀した。


「俺はいつだってお前の味方だ。覚えておけよ。」


 そっと伸ばされた手が私の髪を一房つかみキスを落とした。それはまるであの月の夜のアレクとローズ様のようで、私の告白への勇気を萎えさせるには十分な演出だった。




 すっかりメンタルが削られた私は、ニコラス先生の嫌そうな顔にさらに打ちひしがれた。


「先生まで私に塩対応をするんですか。」


「は?塩?それよりも、フローレンスその本はどうしたんだ。」


 そうか、塩対応は伝わらないか。そりゃそうだ。むしろこちらでは塩は高価だし、丁重な対応になってしまうのか?


「そっけない対応という意味ですよ!」


 ぷく、と頬を膨らませて、いやこれはまるでリーチェのようだと我に返って空気を抜いた。


「本は図書室で、クリストファー様に渡されたのです。闇の魔術に関する参考図書だと。」


「闇の魔術について調べているのか?」


 そうだった、まだ何の用件かも伝えていないのだった。


「ええ。闇の魔術師が復活したらまず狙われるのは私だと思うので封印の仕方を知りたくて」


「なるほど。その本からすごく嫌な気配がするな。貸してみろ」


 ああ、それで嫌そうな顔をしていたのかと頷いて本を差し出す。先生の手に触れた途端、ボッと火が灯り一瞬の間に燃えて消し炭になってしまった。


「せ、先生!図書室の本になんてことを!」


「......私じゃない。これは、禁術だな」


 悔しそうに顔を歪めた先生は、パクパクと口を動かした後、ため息をついた。


「 。聞こえるか?」


 よっぽど小声で話しているのかと近づいて耳を寄せるが、何を言っているのかさっぱりわからない。唇の動きから悟ろうと口元を見ても不思議なまでに読み取れなかった。


「なるほど。対象は私だな。」


「どういう事ですか?」


「もうだいぶ前、2人目の光の魔術師の時ぐらいかな。禁術に指定した魔術の中に、特定の事柄について喋らせない魔術がある。戦時中なんかは使者に対して有効だったんだが、口を割らなければ当然殺されるから、自分で選択できないことが非人道的だと、国際的に禁術扱いになったんだ。」


「つまり。先生は闇の魔術について喋れない魔術をかけられたと?」


「そういうことになるな。言っておくが、私がこの魔術師より劣るわけではない。人物を指定して、特定の事象だけ話さないようにすることは少ない魔力で簡単に行使できるのだ、だからこそ禁術になったのだけどな。200年ぶりぐらいで油断したようだ。」


 すごい喋るな。

 もう、闇の魔術について喋れないのを誤魔化すように、言い訳がすごい。


「書けないんですか?」


「無理だ。」


「関連文献とか残してないんですか?」


「残してたら私が捕まってる。」


 王立図書館にしか無い、と言われてクリストファーの言葉が蘇る。


「陛下が闇の魔術を用いた可能性ってありますか?」


「       。」


 二人してはぁ、とため息をついた。

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