2-22 自覚すれば想いは募るもので
ライオネル様に昨日の殿下との密会をお伝えすると、「なるほど。」と何かに納得されたように頷かれた。
なんだか失礼な意味で頷かれている気がしたが、まぁ良い。
「殿下は、ローズ様かジル様が精神干渉の魔術師だと想定されているようですけれど、ライオネル様はどうお考えになりますか。」
「そうですね、正直どちらでもおかしくはないでしょう。」
ローズ様を庇わないのが意外で思わず黙ってしまった。
「なんです?」
「いえ。」
惚れているのではなかったか。
「『犬』の中にもどうやら精神干渉にかかった者、あるいはその手のものが紛れているようです。『犬』にまで干渉するとなると、ローズ様の方が機会は多いでしょうね。」
「ただ、ローズ様には理由がありませんよね。」
「いえ。動機の面でもどちらかと言えばローズ様が怪しいです。リーチェがいなくなって一番安心なのはローズ様でしょう。ジル様は家のためを思うなら、リーチェにいて欲しいはずですよ。」
「ライオネル様はローズ様を疑っておられるのですか。」
「私はあらゆる可能性を述べたまでです。」
「殿下と違ってライオネル様は短期間でしたよね。あの直前にお会いされたのはどちらです。」
「2人ともにお会いしましたよ。生徒会ですから。」
役に立たないな。と、思ったのが顔に出ていたわけではないだろうが、有益な提案がライオネル様から出された。
「お二人の実家に密偵を出しましょう。幼少期から全く隠せるような類の魔術ではないでしょう。」
「さすがですね。」
相手が嫌がることを考えさせたら右に出るものはいませんね、と心の中で続ける。
「褒め言葉、ということにしておきましょう。」
さして嬉しくもなさそうにそう言って、それからふと気が付いたようにブレスレットを差し出した。
「貴方の周りで起こる事件が多すぎる。光の魔術師である貴方には大した力にもならないでしょうがこれを。」
腕を取ってつけられたそれは、ライオネル様の緑の瞳をはめ込んだような綺麗なエメラルドのブレスレットだった。ゴールドの華奢なチェーンで普段使いするのに不自然でない装飾だ。
「私の鏡の魔術を練り込んであります。一度だけ貴女の身代わりを作り出す。」
これを使わずに済むのが一番ですが。そう続けて、私の手を取ったまま、ため息を吐いた。
「ありがとうございます。」
指輪やネックレスだと意味が深すぎるのでブレスレットなのだろう。これは本当にさすがの気配りだ。
心からお礼を伝えれば、見たことのないような優しい微笑みを向けられた。
普段はしかめ面しか見ないので、その破壊力が凄まじく、思わずくらりと来てしまったのは悔しすぎるのでここだけの話だ。
✳︎
「アレク!」
寮に帰る途中でアレクを見つけて手を振ると、こちらに気がついて近づいてくる。
「一緒に帰れるのね。」
「ああ、御前試合も終わったしな。」
自分の命にいっぱいいっぱいだったけれど、そういえば最近一緒に帰れていなかった。久しぶりにゆっくり話せて嬉しい。
「この間はありがとう。きちんとお礼を言えてなかったわ。」
「俺が助けたくて助けたんだ。気にすんな。」
ニコリと、優しく微笑まれて、その頼もしさに一瞬見惚れる。だめだ、変な間ができてしまう。
「そういえば、御前試合も見たわ!すごく......接戦だったわね。」
かっこよかった、と言おうとして、なんだか照れてしまったので言い直した。
「俺からも見えてたよ。応援してくれた?」
首を傾げて覗き込まれると、殿下の瞳とは違う優しい琥珀色と視線がぶつかった。
自然、頬に熱が集まる。
前はこれほどでは無かったのに、あの日強く想いを自覚してからもうダメだ。
「もちろん。」
「ウィリアム様じゃなくて?」
「......ウィルから何か聞いたの?」
「リーチェは自分を応援してくれてるんだ、って言ってたから、それは相手が俺じゃ無い場合ですね、って言っておいた。」
悪戯っぽく微笑むアレクに胸がギュッと詰まる。今世初の恋心に大いに振り回されている。
「二人とも応援していたわよ。」
「ふぅん。」
少し面白くなさそうに顔を上げたアレクはまるで拗ねているようで、そんなの私に気持ちがあるみたいじゃないか、と恋する乙女のような勘違いをしそうになる。
「だけど、アレクが一番かっこよかった。一番よ。」
だから、そんなアレクの態度に押されてスルリと言葉が出た。今私の顔は真っ赤だろう。見られたく無くて、でもそれを言った時のアレクの顔が気になって、そっと横目で覗き見た。
「......っ。」
私の言葉がよほど思いがけなかったのだろう、驚きに目を丸くした後、耳まで真っ赤にしたアレクが「当たり前だろ。」と憎まれ口を叩いてきた。
自分の事を棚に上げて、「真っ赤ね。」とからかうなどして、楽しく寮に帰ったので、私はすっかり忘れていた事を部屋で思い出すことになる。
生きて帰れたらアレクに告白しようと思ってたんだった。