1-6 昼間に見る夢は大体悪夢
学園に登校してみれば、昨日のことを知っている人たちからは心配の声がかかった。まだ前世との記憶が混同するが、何とか全員思い出せてほっとする。
心配してくれる人たちを安心させるように声をかけながら、自分の席についた。
不安に思っていた授業も、歴史や外国語など、前世と変わらない内容でこれまた思い出せたことに安堵する。
午前最後の授業は前世でも苦手だった数学の授業だった。さすがに前世よりは遅れているようで、大学四年生の現役から四年離れた頭でも、なんとかついていけている。まぁ、貴族の子女が通う学園なので、どのレベルに合わせて授業を行なっているかはわからないが。
それにしても、どこの数学の先生もどうしてこう、眠くなる声を発しているのだろうか。昼前のポカポカ陽気も眠さに拍車をかける。
令嬢たるもの、机に突っ伏しての居眠りはさすがにまずい。カクカク首を揺らすよりはマシだろうと、頬杖をついた。安定を得た事でそのまま緩く眠りへと誘われる。
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「ローズお姉様!」
姉上と兄上、3人水入らずのランチタイムに耳障りな女の声が入ってきた。
「リーチェ!」
姉上が立ち上がって飛びついてきた女を受け止めた。今日は天気が良いから外で食べましょう。との姉上の言葉に同意して、ガーデンテラスで食事をとっていたが。楽しいランチが台無しだ。
「姉上。そちらの無礼な方は?」
そもそも、いくら学園とはいえ高位貴族の先輩に声を掛けられる前に飛びつくとは何事か。
「無礼って......、彼女はリーチェ。生徒会の後輩よ。」
「ご挨拶遅れて失礼致しました。私は、リーチェ・フォン・フローレンスと申します。」
フローレンス伯爵家の娘か。少しばかり容姿は良いようだが......。ふん。姉上の横にいてはどんな女も霞む。
「リーチェ、私と会うのは初めてだね。ローズの兄で生徒会相談役だ。他の生徒会役員に比べて顔を出す機会は少ないかと思うがわからないことがあれば何でも聞いてくれ。」
「ありがとうございます。セドリック様。至らぬことも多いかと思いますが、これからよろしくお願い致します。」
澄んだ青色の瞳をキラキラとさせて兄上を見つめる。まさか姉上をダシにして兄上に近づこうという魂胆か?
「ほら、セシルも。」
姉上に挨拶を促されるが素直に挨拶する気にはならなくて顔を背けた。兄弟水入らずの席にいきなり声をかけてくるなんて無神経すぎる。
「もう。ごめんなさいね。そうだ、良ければお昼ご一緒にどうかしら?」
「いいんですか?嬉しいです!」
兄上が横にずれて間にリーチェが入る。なんという図々しさだ。姉上の社交辞令を間に受けて、あまつさえ兄上と姉上の間に座るなんて!普通は、「そんな、恐れ多いです。」「そう?じゃあまたの機会に。」となるものだろう。
「そういえば、あれから他の人達に嫌がらせとかされていない?」
「ご心配頂きありがとうございます。ローズお姉様が叱ってくださったので取り囲まれたりとかは無くなりましたわ。」
ローズお姉様......だと?
先程は聞き間違えかと思ったが、この女図々しくも、僕の姉上をお姉様などと呼んでいるのか。
「それなら良かったわ。」
「ふふ、皆さん私がローズお姉様の近くにいるのが羨ましいのでしょう。」
自慢げにお姉様と重ねる声に苛立ちが募る。
「相応しくない者が生徒会に入れば、生徒たちも文句の一つも言いたくなるだろう。それを羨ましいからなどと、おめでたい頭だ。」
「セシル!リーチェは優秀な子よ。」
姉上が、リーチェをかばようように僕をたしなめるのも面白くない。リーチェは姉上の言葉に嬉しそうにした後、不服そうな僕の顔を見て首を傾げた。
「ヤキモチですか?」
思わずカッとなって手元のホットコーヒーをリーチェに投げつけた。姉上の悲鳴とカップが割れる音がテラスに響く。
「......っ。」
熱そうに崩れ落ちるリーチェを見て我に返った。
「セシル!何をするの!」
姉上が滅多に見ない焦った顔でリーチェの肩を支えている。兄上は氷水を持ってきてリーチェの顔を冷やしている。
「セシル!」
パン、と勢いよく頬を叩かれる。
「姉上、何故。」
「何故はこちらです。セシル、女性の顔にこんな物をかけて、火傷痕が残ったらどう責任を取るつもり?」
姉上の正論にぐっ、と言葉に詰まる。後先のことなんて考えていなかった、と言えば姉上は幻滅するだろう。
今更にとんでもないことをしてしまったと震えが止まらない。
「お姉様、私は大丈夫です。とりあえずシャワールームで洗い流してきますね。」
「私も行くわ。」
姉上がリーチェの肩を抱きながら僕を一瞥もせずにその場を離れていった。
嫌われた。お優しい姉上に、嫌われた。そう思ったら涙が止まらない。
「リーチェは貴族には珍しいぐらい裏表の無い子だと聞いているよ。ローズは次期皇太子妃という身分柄同性の友人を作りにくいから、それはそれはリーチェを可愛がっている。セシルにもリーチェと仲良くなってもらいたくてランチに誘ったのだろう。」
「姉上、許してくれるかな。」
「まずはきちんとリーチェに謝ってこい。」
「そうだね。ありがとう兄様。」
久しぶりに昔の呼び方をしてしまって思わず照れると、兄上も微笑んでいた。温かい微笑みにむず痒くなりながら、リーチェに謝りに向かった。
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ガクン、と頬をに添えていた手がずれて目を覚ます。
周りをキョロキョロ見回したい衝動に駆られるが、慎重に目線だけを動かして、ここが教室だと理解する。夜は乙女ゲールートの夢を、昼は回避ルートの夢を、私の頭が忙しい。
というか、何というタイミングで思い出してくれるのか。昨夜だったらまだ何とか考える時間があったものの、この授業が終わればローズ様が迎えにくる。それまでに何とか対策を立てなければならない。
それにしても乙女ゲームと回避ルートで印象が違いすぎる。乙女ゲームでは、ローズに振り回されて大人になっていったが、回避ルートではローズ様に愛情をかけられて年相応に地位に相応しく我儘に育ったのだろう。苦労は人を育てるのね、としみじみする。
大体、結局ローズ様に嫌われることを恐れているだけで、リーチェには一欠片も悪いと思っていないところが信じられない。
この後何やかんやあって、リーチェとセシルでフラグが立っていた記憶が朧げにあるが、光魔術で傷はつかないとはいえ、一度でも熱いコーヒーをかけてきた男と恋愛する気になるなんて正気か?そのフラグもどんどん折っていこう。攻略者に未練は無いが、とんでも男とくっつく気もない。目指すのはあくまで平和な今世!
ひとまずは、熱々コーヒーの回避が急務ね。
残り30分の授業中にアイディアの神様が降りてくることを願いながら必死に脳を巡らせた。
昨日の夜に半分思い出した時に何故そのまま考えなかったのか。考えていたら思い出せたかもしれないのに。明日やろうは馬鹿野郎。前世のダジャレを思い出しながら頭を抱えた。
読んで頂きありがとうございます!
来週も日曜の夜ぐらいに更新致します。