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2-20 恐怖心では縛れないもので

 翌日、視察の反省会のために生徒会室を訪れると、アーサー殿下がびくりと肩を震わせたあと、とってつけたように微笑んだ。


「やぁ、リーチェ。早いね。」


「ごきげんよう。アーサー殿下。」


 生徒会室には、ローズ様、ジル様2年生組が揃っており、ライオネル様とクリストファーがまだだった。


「セドリックは熱を出したようで今日は休みだよ。」


 疲れが出たのでしょうね、と続けるローズ様に


「もしかしたら冷えたのかも知れませんね。」


 と微笑みかける。ローズ様は、御前試合で汗をかいたのかしらね、と微笑んでいたけれど、アーサー殿下は顔を強張らせていた。


「リーチェはセドリックとずっと一緒にいただろう。問題ない?辛ければ無理せず休んで良いからね。」


 罪悪感からか気不味さからか告げられる言葉にニッコリと微笑み返す。


「おかげさまでこの通り元気ですわ。お気遣いありがとうございます。ただ、何故かとてもリアルな夢を見て......。私も疲れているのかもしれません。」


「そう、夢。例えばどんな......。」


「遅れて申し訳ございません。」


 計ったわけではないだろうが、良いタイミングでライオネル様が入ってくる。

 その後ろから、クリストファーも続いて入ってきた。


「リーチェ。昨日は立派な挨拶だったな。」


 目が笑っていない。もしかしてクリストファーは、私が昨日死にかけたことを、知っているのだろうか。と、疑いの目を向けてしまうほど、登場からずっと胡散臭いのだ。


「ありがとうございます、クリス兄様。」


 ニッコリと笑い返すと、クリストファーから手が伸びてくる。私の頬に添えられた長い指は、想像よりもだいぶ冷たかった。


「顔色が悪いな。夢見でも悪かったか?」


「レディの顔に触れないでください。」


「これは失礼。」


 先程の会話を聞いていたのか、で無ければ昨日私のしていたことを知っているのか。フ、と笑いながら手を引く。


「アーサー様は、顔色が良くなられましたね。回復魔術をかけたみたいだ。」


「あ、ああ。視察が終わってひと段落したからかな。」


「それは何よりです。」


 一貫して目の奥が笑っていない。私よりもはるかに付き合いの長いローズ様達は、このクリスの態度に何も思うところは無いのだろうか。


 結局謝られることのないまま会議は恙無く終了した。


✳︎


「リーチェ、もう辞めよう。」


 その日の晩、セド様にそう言われた。


「何をですか。」


「アーサー殿下への罰だ。」


 今日も今日とて、アーサー殿下をアレクに引っ張ってきてもらって、水の中に落としている。

 夢だと思っているからなのか、一回目は律儀に泳ごうとして溺れていて滑稽だな。と無感情に眺めていた私に、セドリック様が初めて声をかけた。


「罰、のつもりはありませんよ。仕返しのつもりは少しあります。どちらかといえば反省を促したいし、殿下に命の危険を味わって頂くことで、暗殺という選択肢を重いものに位置づけたいのです。」


 見定めるように見つめると。一度目を逸らした後にしっかりと目を見つめられた。


「少なくとも、リーチェよりは殿下のことを知っているが、殿下はこのやり方で反省する方ではない。リーチェからすれば、直接手を下そうとした私の言うことなど、信頼できないかもしれないが。」


 ばしゃばしゃと跳ねる音が聞こえてそれから静かになる。一々転移魔術をしてもらうのも申し訳なかったので、水の中にいる殿下にそのまま再生魔術をかけている。


「セド様。本当はあの時私を助けるつもりでしたよね。だから、信用してます。」


 あの『犬』の少年は試金石だと言っていた。それはつまり、セド様から私を助ける気配を感じたから殺されそうになったのではないか。


「結果的にはリーチェを追い込んでしまったけどな。」


 自嘲気味に笑うセド様に緩く首を振った。


「セド様のお立場を思えば、助けようとして下さったことが嬉しいですよ。」


 あの時本気でセド様が私を殺す気なら、水を満たすなんて遠回りな方法をとる必要は無かった。

 冷静になった頭で考えてみれば、私があんな風に声をかけなければ、『犬』の少年に気づかれることもなかったのかもしれない。


 実際、殺す気だなんてセド様は一度も言わなかった。増やすことができるなら減らすこともできるセド様は、こっそり水を減らす気でいたのかもしれない。

 私が余計なことをしたせいでセド様は首をかき切られたのかもしれない。

 全てかもしれないに過ぎないけれど、その性善説に従いたいと思うぐらいには私はセド様のことをちゃんと信用していたし、反省もしていた。それでもあの時に戻ればあれが私の最善で、あの選択肢しかなかったとも思う。


 殿下は今どう思っているのだろうか。


「アーサー殿下聞こえますか。」


「リーチェ......?」


 いつものように沈める前に、聞いてみる。


「もしも、ローズ様が殿下以外に愛する方がいらっしゃると仰ったら、殿下はどうなさいますか。」


「殺すよ。こんなに苦しいんだ。溺死がいいだろうね。」


 1mm足りとも反省していない。どころか、逆効果になっている。


「殿下に愛を与えたのはローズ様だけだ。殿下は罰し方を知っていても許し方を知らない。」


 自分も殺されかけたというのに寛大なことだと思っていたけれど。セド様はセド様で、殿下に対して思うところがあるらしい。


「そうですか。それじゃあ、許しましょう。」


 あっさりと私が頷いたことが意外だったのか、いいのか?と目配せをしてくる。

 私が好き好んで毎晩殿下を沈めていると思っていたのか。


 最初は仕返しのつもりがないでもなかったけれど、今となってはどちらかというと義務感だ。


 私が結婚した後も続くかもしれない皇后陛下からの側室打診は、いつまた殿下の不安定な心を揺らすかわからない。そうなると、言い出す皇后陛下を殺すか、殿下から暗殺という選択肢を取り除くかだ。


 私に殺す選択肢は当然無い。恐怖心で殿下から選択肢を取り除こうと思ったが。

 他の手を使った方が良さそうだ。


「アレク、ライオネル様。お付き合いありがとうございました。今晩までにしたいと思います。」


「それは何よりです。」


「ライオネル様は気づいてましたよね。」


 セド様が気がつくのだ、ライオネル様が気がつかないとは思えない。


「そうですね。光の魔術師の弱みを一つ握っておくのも手だなと思わなかったと言えば嘘になりますが。」


 なんという腹黒。殿下暗殺未遂の弱味を握られた。


「貴女に許された私だからこそ、貴女に期待してると言うのも本音ですよ。」


 そうか。目の前でどんどん温度を無くしていくセド様に、怒りに我を忘れていたのは私の方だったのかもしれない。

 多分、私だけが殺されかけたならこんなに怒らなかった。最初の時点で良しとしただろうし、もっと対話を選んだだろう。


「ご期待に添えそうで何よりです。」


 変に策を弄すより、直球で、一方的に許しを与えよう。一通り仕返しをして気が済んだし、という本音は口には出さなかった。



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