2-19 夢オチはよくあるもので
やや残酷な描写があります。
夜にアレクとセド様それから嫌そうなライオネル様と例の貯水槽の上に来た。中にはまだたっぷり水が入っている。
「アレク、本当に良いの?」
「言っただろ。俺は別にこの国に拘る必要はないから。気にしなくていい。」
「それは私に聞いて欲しいですけどね。」
「あら、ライオネル様。本当に聞いて欲しいのですか?」
「......いいえ。私は光の魔術師に脅された。それ以上でも以下でもありませんから。」
「じゃあアレク、お願いね。」
すっ、と音もなく姿を消したアレクは一瞬の間に戻って来る。と同時に、『犬』の少年によって閉じられた貯水槽の下でドボンと大きな音がした。
人が一人水の中に落ちたぐらいの音。
ついで、バシャバシャと水の中でもがく音がした。
「殿下、あんまり動くと溺れますよ。」
あんまりにも必死なので、助言してあげる。すぐに意識を飛ばしてもらっては困る。
「その声は、リーチェなのか?」
「さぁ。これは殿下の夢の中ですから。」
歌うようにそう告げる。
「夢?」
「ええ。貴方が殺そうとしたリーチェ・フォン・フローレンスと、セドリック・ドゥ・シャルルが貴方を断罪する夢です。」
「あの時はどうかしていたんだ。自分の気持ちをコントロールできなかった。」
泳いでいるのだろうか、バシャバシャと音を立てながら、殿下が言い募る。
浮かんでるだけの方が体力を使わないのに。そういうことは皇太子教育では習わないのだろうか。習わないだろうな。
「何を言っても、どうしても事実は消えませんもの。水の中に沈んでいく恐怖を。人の命を奪うということを。ぜひ実感してください。」
無くなる酸素にまとわりつき重くなる洋服。極め付けに、ライオネル様の鏡の魔術で水に沈むローズ様も投影して頂く。
そうしてローズ様を助けようと下へ潜り、とうとう息が続かなくて意識を失った殿下を、アレクに救出してもらい、私が再生魔術を施す。
皇家にしか伝えない、と言われる秘術だが、知ったことか。という感じだ。私が味方だと思う人たちの前で使うことに何の問題があるのか。
セド様は本人に使ってるし。
無事に息を吹き返した殿下をそのまま、また水の中へ戻す。
「何故?僕は死んだはずじゃあ。」
「夢ですよ、殿下。夜はまだまだ長いですから。」
何度も、何度も。時には血を流し沈んでいくローズ様や、ぐったりと横たわる私やセド様の姿を投影しながら、殿下を死の間近まで追い込む。
「もう、辞めてくれ。」
「殿下の犬は辞めてくれませんでしたわ。」
「二度としない。」
「この夢と違って、命に二度目はありません。こんな風に絶望の中誰にも助けを求められずに散っても良い命など、ただの一つもないのですよ。」
空が白んできた。そろそろ潮時だ。
何度目か意識を飛ばした殿下を再生し、風の魔術で乾かして、アレクに部屋へと運んでもらった。
「やりすぎでは?ここまでで十分でしょう。」
眉間に皺を寄せるライオネル様に、
「それは殿下次第ですね。」
と返答する。
殿下が私とセド様に今日謝ってきたらそれで良い。皇族の謝罪には秘密裏であってもそれだけ意味があると思う。
けれど謝られないのであれば、今晩も殿下は夢をみる。何度も水死する夢を見る。
「毎晩はライオネル様も大変でしょう。何日かに一回で大丈夫ですよ。」
「はぁ、万が一が無いように見張ることも私の仕事です。ああ、賢帝になるための試練だと貴方に唆された昨日の自分を責めたい気分です。」
「......人の命を駒のように扱う人間は、皇位にいるべきではないと思いませんか。非情さは時に必要ですが、私欲のために発揮されるべきではありません。」
「......わかっていますよ。後悔はありません。遅めに来た初恋は拗らせると本当にやっかいですね。」
ため息を吐きながらも、やれやれと頷いた。
「貴女も今から帰れば少しは寝られるでしょう。ゆっくりおやすみなさい。」
ライオネル様の意外なぐらい優しい言葉に素直に頷いて、寮に戻った。