2-18 乙女心は揺れるもので
前回の話がなぜか消えていたので、本日二度目の投稿です
両陛下へのご挨拶はなんなく終わり、御前試合の開会が告げられる。
意外にも、アレクが予選を勝ち残っていた。
「アレク、意識してもらうために頑張る、って言ってたよ。」
早々にアーサー殿下に負けて戻ってきたエドワード王子は、それでも見た目からイメージするよりは十分に強かった。
「......そうですか。」
エドワード王子は、アレクが私を好きだと思っているし、実際そう仕向けているわけだから、否定することはしないけれど。
アレクが本当に意識して欲しい相手は、ローズ様だ。チリ、と胸が痛む。
こんなにしっかりと自覚しなければ、この胸の痛みとも無縁でいられたのに。
「次は、アレクとウィリアムの試合だよ。リーチェはどちらを応援するのかな?」
そりゃあ、当然アレクだ。だけど、どうしてだろう。ウィルの負ける姿を見たく無いと思う自分もいる。
「......私にとっては、アレクも、ユリナも、もちろんエドワード王子も大切な友人です。アレクを応援しますし、エドワード王子のことも応援しておりましたよ。」
微笑んで言えば、意外そうに目を見開いて、それから照れたように笑う。
「じゃあそろそろエドって呼んでくれてもいいんだけどね。」
「それは無理ですけど。」
「えー。」
始まりの声がかかる。初手は、俊敏なアレクの打ち込みだ。見た目の細さよりも随分と重い音がする。
「アレクの剣技はこの国の物とは少し違うから。ウィリアムもやりにくいんじゃないかな。」
まるでアレクとやりあったことがあるかのような物言いに、そういえば幼馴染だったなと思い出す。王家と幼馴染の商人というのも中々規格外だが。エドワード王子が第四王子だからこその気安さもあるのだろう。
剣を力で薙ぎ払ったウィルが、そのまま剣を振り下ろすもアレクはすぐに立て直して上で受ける。
そのままのけぞって剣をいなすと、今度はアレクが横一線に剣をふるった。
紙一重で交わしたウィルが、一旦距離をとる。
「ねぇ、リーチェ。アレクが貴族相手に本気を出すなんて僕は初めて見たよ。あれは、誰のためなんだろうね。」
楽しそうに、揶揄うような響きが込められていて、胸が苦しくなる。本当に、アレクが私を好いてくれていたらどんなに幸せだろう。
キン、と高い音が鳴って、決着がついた。
「勝者、ウィリアム・フォン・オルステン!」
最終的には力比べになり、腕力で明らかに勝るウィルが勝ったようだった。
こちらを見たウィルが笑顔で小さく手を振る。手を振りかえしながら、ウィルの負ける姿を見なくてすんでほっとした気持ちと、アレクの勝ち姿を見られなくて残念な気持ちと、同じ気持ちの大きさに戸惑う。
自分の心が矛盾していて嫌になる。
「アレクに声かけなくていいの?」
「どうしてもこの試合だけ観たくて、セド様に我儘を言ったので、運営に戻りますね。」
「......そっか。頑張ってね。」
ニコ、と相変わらず可愛らしいお顔で微笑まれた。
問題無く試合は終わり、大した番狂わせもなく、優勝はウィルだった。身体強化の魔術だけで務められるほど辺境伯家はぬるくないようで、国防の要の心強さに両陛下も感心していた。朝殺されかけていたことを思えば、上出来の結果だろう。
その後に参加したお茶会の方も、流石ローズ様の一言に尽きる。マカロンやタルトなど見た目にも鮮やかなドルチェが並ぶ。
ユリナも目を白黒させながら、ここは楽園ね、なんて舌鼓を打っていた。
優秀賞は敢えて狙いに行って私が選ばれ、ユリナも10人に無事入り込めたようだった。
1日があっという間に終わり閉会式を迎える。素面に戻れば戻るほど、私がどのような対応をとるのか殿下は気が気ではないだろう。
最後に皇帝陛下からのご挨拶を賜る段階に来て、ようやく待ち望んだ展開になった。
「本日の主役は、何と言ってもリーチェ・フォン・フローレンスだろう。」
開会式の時同様に、アーサー殿下の横で跪いていた私を立たせた陛下に、淑女の礼をとる。
「レディでありながら、御前試合を恙無く務めあげ、刺繍の腕前も見事であった。光の魔術師としても今後もそなたの能力に期待しておる。」
「勿体なきお言葉でございます。」
悠然と微笑んで、再度深く頭を下げた。皇后陛下はその横でパチリと扇を閉じる。
「紐解けば......光の魔術師は王家にも名を連ねたことのある神聖な存在。芸術の女神に愛されていることも頷けるというもの。あなたから見た息子の様子についても聞きたいものです。お茶会を楽しみにしていますよ。」
「私がお役に立てますのなら、光栄ですわ。」
遠慮も謙遜もしない。暗に匂わされた王家への側室打診を気づいているのはアーサー殿下とローズ様だけだろう。二人の顔色がさっ、と青くなる。
どちらとも取れる言い方で皇后陛下に微笑めば、陛下もまた楽しそうに笑った。
「どういうつもりかな?リーチェ。」
視察後、約束通り時間を取ったアーサー殿下は、これ以上の誤解を防ぐためかローズ様を同席させた。
「どういうつもり、とは。こちらの台詞かと存じますが。」
チラとローズ様を見れば、びくりと肩を振るわせる。
ローズ様に取ってはこの視察が山場だ。ローズ様ご自身が何らかの理由で私を傷つけること、もしくは、陰謀によってそう仕立てあげられることを恐れている。
『犬』のことを教えてくれたのも、味方だとの発言も、本音だろうが回避のためでもあるのだろう。
殿下が『犬』を動かしていることを知った時大層驚いたに違いない。可哀想に。
一方でアーサー殿下は、私を殺そうとしたこと、もっと言えばセド様を殺そうとしたことをローズ様に知られたくなくて恐れている。
ただ、それ以上にローズ様に私との仲を誤解されることを恐れているのだろう。私が言わないとたかを括っているのかもしれない。
「皇后陛下の、母上の言葉の意味を、わからなかったとは言わせないよ。あれは側室打診だ。」
「まぁ、そうだったのですか。」
「君が噂のように空気が読めないとは、生徒会の誰も思っていない。わかっていて、答えたのだろう?君は、僕の側室になる気かい?」
「ふふ。ご安心ください。打診があっても辞退させて頂きますわ。」
「それなら、なぜ。」
「殿下、私は皇后陛下とは他派閥の令嬢として、家のための精一杯の返答をいたしましたわ。そこに理由を求められましても。」
ニコリと微笑めば、ぐっ、と殿下が言葉を詰まらせる。
本当は、この視察後の話し合いで謝られたら許すつもりだった。勝手に心の奥底を覗かれて、暴かれて、肥大化させられて。悪質だとしてもしっかり理性で抑えられるのなら問題無いと、判断するつもりだった。殿下も被害者なのだから、と。
だから、殿下にとって不都合な、不快な出来事があったとしても、それはそれとして謝罪できる理性があるのならそれで良いと思っていた。
しかし残念ながら、このまま皇位についてもらっては困る、という結論だ。
ライオネル様の時のように心の深いところから持ってきた本心では無い。随分浅瀬に悪意があり、随分と脆い理性のようなので、そこそこに、と言うライオネル様には悪いがしっかりお灸は据えさせてもらおう。
「お話がそれだけならば、私は失礼いたしますね。」
私から時間を取って欲しいと言ったはずなのに、ローズ様を連れてきたのは、その話をさせるつもりも無かったからなのかもしれない。
ほっとした顔をして、あっさりと私を見送った。