2-13 愛にも種類があるもので
とりあえず慌てて立ち上がり、靴や上着など、重めの装飾を外していく。
立ち上がると既に水位はふくらはぎをこえて膝まで上がってきていた。
先生に防御層の張り方ぐらい教わっておけば良かったと強く後悔するも遅い。
「セド様ー!!聞こえますか!!」
びくり、と水が揺れる。まさか自分だとバレるとは思わなかったのだろう。動揺からか明らかに先程よりも水の出力が増えた。
「セド様!絶対に助けますから、信じてくれませんか?」
破滅回避ルートの時とは違う。私はアーサー様が乱心している原因を知っている。セド様が水を止めて階段を開けてさえくれれば、二人とも助かる道はあるのだ。
「......すまない、リーチェ。」
弱々しく響いた声は、水音に紛れそうなほど細い。
「残念だったね、お嬢さん。あの時お嬢さんが僕を殺してでも止めていればちゃんと出口に繋がる階段はあったのにね。」
対照的に明るく響く少年の声に、今まさにセド様の命を握っているのは彼なのだとまざまざと見せつけられた。
水位は腰まで上がってきている。
「私は!絶対に殺さないわよ!気に食わないことがあった時に殺すことが選択肢に入るような人間は、碌なもんじゃないのよ!!」
腹が立ってきて噛み付くように叫ぶと、少年の高笑いが響く。
「何を言ったって負け惜しみにしかならないよ。お嬢さんはもうじきこの深くて暗い場所に沈んでいくんだ。」
上から降ってきている水だけでは説明がつかないぐらい、水位の上がるスピードが速い。
この水一つ一つに魔力を通して増殖しているとしか思えないほどに。
「セド様!アーサー様は正気じゃありません!私を殺しても責任をなすりつけられて始末されるだけです!私なら絶対に貴方を見捨てない!」
「わかっている......!!」
声を張り上げて訴えれば、噛み付くような同意が返ってきた。
「殿下の様子がおかしいことはわかっている!それとは別に、殿下にとって俺が不要な人間だということも。それでも、この行為に意味があるのなら......、」
苦しげな声、自嘲する様に彼は続けた。
「シャルル侯爵家の一番の宝物を守るためなら、この命だって惜しくない。」
もう、本当に、
「馬鹿です。本当に馬鹿。私を殺したって意味はないし、そんなのでローズ様は喜びませんよ。」
人事ながら、彼の愛情が眩しくて胸が詰まる。自分の命が惜しいのか、彼の自己犠牲的な愛情が悲しいのか涙が溢れて止まらない。
いよいよ水は私の背を超えそうになり、沈まないように力を抜いた。
ここまできてしまうと、なるべく表面まで上がって少年に攻撃を加え、セド様にひっぱり上げてもらうしか方法は無い。
少年に計画を感じ取られないように、体力を奪われたふりをして静かに浮かぶ。
どんどん水位があがるスピードが加速していく。水に足を取られないように、パニックにならないように浅い呼吸を繰り返した。
いよいよ、上に近づいたところでセド様が水を止めた。少年が土の魔術で蓋をしようと手を出したところで、
『爆ぜろ』
と、思い切り上に向けて攻撃魔術を打ち込んだ。確かな手応えを感じる。
「セド様!今のうちに私を引き上げてください!今ならまだアーサー殿下も、ローズ様も助けられます!」
欲望のタガを外された皇太子殿下などぞっとしない。彼にも追放された先帝の血は流れているのだから。
「......やるなら、殺す気でって言ったよね。」
願いも虚しく、上から血まみれの人が落ちてきた。慌てて受け止める。
「セド様!!」
首を切られたセド様が、私の腕の中でぐったりとしていた。
覗き込んだ仮面の少年は浅い息を吐きながら手を振った。
「さようならお嬢さん。......少しだけ楽しかったよ。」
肩の傷を押さえながらも、勝ち誇ったように笑って、仮面の少年はとうとう貯水槽に蓋をした。