2-10 大きすぎる力は実戦に向かないもので
「先生、ここどこですか?」
「フローレンス伯爵領だ。前話した、私の教え子が力を発現して吹き飛ばした山でもある。今は森だが。」
「は!?」
「どうだ?驚いたろう。転移魔術の応用だ。転移魔術を使えなくてもその鍵で鍵穴を回せば、一度行ったことのある場所に出る。」
それで私に行けばわかると言ったのか。生憎記憶が無いので全然わからないが。
私の驚いた顔に満足そうに微笑む先生はとても100歳を超えているようには思えない。端的に言えば褒めて欲しい子供のようだ。
というか、アレクの一族が頑張って守っている転移術をこんな簡単に再現していいのだろうか。
......深く考えるのはやめよう。
「学園では、遠慮して思うように力を出せまい。自分の領なら安心して力をふるえるだろう。」
「いやぁ。」
領民が生活していると思うと全く力を出せない。
「この地は光の魔術師の修練所として伯爵家が預かっているにすぎない。周囲に領民は住んでいないから安心しろ。......というか、自分の領なのだから知っているだろう。」
「まだ思い出していないので。」
「それだけ魔力が定着しているなら、思い出しても良さそうなものだが......。全くか。」
「ええ、全く。」
「......。」
「......。」
無言で見つめ合うこと数秒。「まぁ、いいか。」と考えることを放棄した先生は、「戻らないこともあるしな。」とやはり怖いことを無責任に言い放って私から距離をとった。
「攻撃魔術で一番重要なことは何かわかるか?」
「威力が強いことですか?」
「当てることだ。どれだけ威力が強くても当たらなければ意味がない。とはいえ最大出力が大きければ、適当に魔術を行使してもあたる。細いビームを出すか、太いビームを出すか、当たりやすいのは太い方だろう。」
どんどん離れるので追いかけようとすると、手のひらで制止をかけられた。
「だが残念ながら光の魔術師の最大出力は大きすぎて周りを巻き込む。」
かつては山だったという、ただただ平面を見渡して妙に納得する。
「まずは最大出力を知ること。次にコントロールすること。そうすれば攻撃魔術は自在に使えるようになる。」
話しながら器用に自分の周りに円を描いた。
「私は自分の周りに防御層を敷いたから、安心して最大出力を出しなさい。倒れたら寮に送って行こう。」
先生の言葉に頷きつつも、最大出力ってどうやって出すの?状態だ。
とりあえず近くの木を目掛けてビームを打ってみた。細いビームが木にあたる。
「まだまだ!お前の本気はこんなものか!」
より太いビームをイメージする。あっ、木が倒れた。いいんじゃないかな。
「手を抜いてるぞ!そんなところで満足するな!」
先生の野次がうるさい。
「そもそも!いきなり最大出力とか言われてもわかりませんよ!」
先生はキョトンとした顔をして、得心がいったように何度か頷く。
「この森全ての木を焼き尽くすイメージで、魔力を放出しろ。その範囲で最大出力を計ろう。」
もしかしたら、過去に説明があったのかもしれない。
「この間の特別課題はやり直しだな。身につくまでが勉強だ。」
過去じゃなかった、めちゃくちゃ最近だった。最悪だ。この間アレク達に手伝ってもらいながらやった論文。そこに書いてあったのか。
もう余計なことは言わないでおこうと、黙って手を上に向けた。
イメージ、イメージ......。
光に包まれて、焼き尽くされ、広がる、荒野。
『燃え尽きろ』
自分の物とは思えない、朗々とした声が頭の片隅に聞こえた、瞬間。ーーー光が爆ぜた。
遅れて、大きな音が聞こえる。舞い上がる砂埃に目を瞑り、次に目を開けるとただただ広がる荒野。私と、先生だけが地表に立っていた。
「想定以上だな。」
思いがけず大きな力に、遅れて恐怖が襲ってくる。こんな強大な力、私に扱えるのだろうか。
だって、何もない。
一面、私の想像した通りに、何も残っていない。
「一人目の教え子を超える魔力出力は、初めて見たな。」
「......先生、私。」
「まだだ。全力じゃない。」
「......これ以上やったら、絶対コントロールできなくなります。」
緩く首を横に振る私の手は震えている。先生が防御壁から出て、私の前に膝をついて手を握った。
「次は、再生魔術だ。今さっき壊した物を、元に戻せるのもフローレンスだけだ。」
思った以上に優しい声に、肩から力が抜ける。そうか、全力は壊すだけじゃないのか。
「そのまま地面に手をついて、イメージをしろ。先程までの森を。」
目の裏に蘇る、森達。どこまでも広く広がる、イメージ。
『甦れ。』
足元から一斉に緑が広がる。早送り再生でもしたかのように、息を吹き返した。木も、花も。心なしか元気になっている気さえする。
「......良かった!!」
目を開けて、周りを見渡して、無事に戻ってきたことを確認して腰が抜けた。
「フローレンス!」
慌てた先生に抱き止められる。ほっとしたら気が抜けて、そのまま意識を手放した。