2-9 大人に相談はしてみるもので
「ニコラス先生に聞けばわかるとは思うのですが。」
あの白髪の麗人を思い浮かべて首を傾げれば、ライオネル様が少し考えてから頷いた。
「そうして下さい。取れる手段は多い方が良い。」
暗部だなんて言われても正直ピンとは来ないけれど、ライオネル様の言う通り取れる手段は多い方が良い。
「わかりました。」
「頼みますよ。貴方を守ると約束したのですから。二度も約束を破るわけには行かないんですよ。」
唐突なデレに目を丸くして見れば、自分の発言に照れたように背を向けた。
「早く行きなさい。仕事も山積みですから。」
ニンマリと笑いそうになったけれど、笑うと怒られそうだったので、手で口元を押さえて部屋を後にした。
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「良かった!先生まだいらっしゃって。」
教務室に行けば、手元の書類から顔を上げ、ビー玉のように綺麗な赤色と目があった。
放課後にお披露目、ローズ様とのお話、ライオネル様との相談とすっかり遅くなってしまったので、明日にするか考えていたが、ダメ元で来てみて良かった。
「どうした。生徒会は今忙しい時だろう。」
「私が今どれぐらいの攻撃魔法を使えるかわかりますか?」
勢い余って前触れ無く質問してしまった。この失礼さは元のリーチェのようではないか。
「し、失礼致しました。」
我に返って慌てて頭を下げると、ニコラス先生が楽しそうに笑いながら手を振った。
魔術で遮音の壁が作られる。ニコラス先生ほどの大魔術師になるとこんなことも出来るのだなと、思わず周りを見渡した。
......そういえばニコラス先生は何の魔術師なのだろうか。
「うん、今、私が魔術を使ったことはわかったようだ。」
「ええ......でも、それが何か。」
「以前は気がついていなかっただろう。」
前回この部屋で話をした時もこの魔術が使われていたのか。全然気が付かなかった。
「それだけ魔力が馴染んだ、ということだ。」
手元の書類を置いて、ニコラス先生が立ち上がる。
「フローレンス、水の魔術は水を操る、炎の魔術は炎を操る。それでは、光は?光の魔術は何をできるのだと思う?」
「光を操る......あれ、回復魔術を使えることが特徴ですよね?」
「その通りだ。回復魔術、治癒魔術、死んでさえいなければ全て元通りにできる、再生魔術。この3つさえ使えれば光の魔術師だ。」
「へぇ、でも私簡単な攻撃魔法なら使えますよ。」
ビーム打てますし。
「そう、この再生魔術まで行える適正のある者は皆、規格外の魔力量の持ち主だ。だから、簡単な攻撃魔法なら息をするようにできる。それが光線なのは、光の魔術師、という名称に本人のイメージが引きずられているからだろうな。」
「つまり私は火を出したり水を出したりもできると?」
「ああ、当然その適性に特化した者には劣るが、ある程度練習すれば普通にできるようになるだろう。」
先生が右手に火を、左手に水を出す。
「適性はあくまで適性。魔力量の多い者は複数の属性の魔術を使うことが可能だ。回復魔術ぐらいなら私も使える。ただ、再生魔術は別だ。付随する、予知や千里眼に目を奪われるが、本来唯一無二とされる光魔術の特性は瀕死の人間を甦らせる再生魔術にある。」
限りなく不死に近いのだろうか。欲深い権力者によっては喉から手が出るほど欲しい力だろう。もしかしたら派手に役立つ魔術でそれらをカモフラージュしているのかもしれない。
「まぁ、だからフローレンスがどんな攻撃魔術を使えるか、という質問に対しては、それだけ魔力が馴染んでいれば何でも使える。が答えだ。あとは、本人の性格や特性によるから、やってみるしかない。」
いきなり本題に戻ってきたので、「あ、はい!」と、慌てて意識を先生に戻した。
「ところで、今は生徒会が忙しい時だと思うが、何故攻撃魔法などと物騒な物を聞きにきたんだ?」
うっ、と言葉に詰まる。最初の質問に戻ってきてしまった。
殿下の犬について言っても良いのだろうか。ニコラス先生が味方の保証は無い。なんせ、魔術省の偉い人だ。場合によっては先生が犬の可能性すらある。
ただ、ニコラス先生は私が光の魔術師である限り、私の味方でいてくれる気がする。そう感じているのも事実で。
「実は......。」
頼れる大人は作っておいた方が良い。ただでさえ、記憶喪失の秘密を知られているのだ。自分の直感を信じて全面的に巻き込もう。
殿下の犬に狙われているらしい、と。ついでに、ここ最近立て続けに起こっている事件の話もした。
「学園内でそんなことが......。精神干渉系の魔術師も気になるが、まずは殿下の犬が先だな。」
「信じてくれるのですか。」
「ああ、最近のアーサー殿下の様子も少し気がかりではあったからな。ふむ。」
何かを思案するように部屋の奥へ向かい、鍵を差し込んで扉を開けた。
「おいで。」
差し出された手を見つめて、それから開いた扉を見る。扉の先は奥が見えない程の暗闇で、ずっと見ていると思わず吸い込まれそうだった。
「この鍵をフローレンスにも貸しておく。皇族が涎を垂らして欲しがる鍵だ。失くすなよ。」
涎って......。聞く人が聞けば不敬罪ですよ、と呆れながらも、「これは?」と聞けば、「行けばわかる。」と悪戯っぽく返された。
首に鍵をかけて、ニコラス先生の手を取る。暗闇の中を歩き出すと何も見えないはずなのに、自分とニコラス先生の姿は見ることができた。
足元に感覚はないのに、確かに前に進んでいる実感。
不思議な空間に思わずキョロキョロすると、前からニコラス先生の笑い声が響いた。
「フローレンスは行動だけで、表情豊かだな。」
また笑ってる。何がそんなにツボなのかわからないが、本当によく笑われるな。
少し歩いて、ひときわ眩しい扉を開けると、そこは昼間の森だった。
いや、行っても全然わからないんですけど。