2-8 忙しい時は用事が重なるもので
バタバタと撤収作業を終えて、いつの間にかいなくなったクリストファーにほっとしつつ、目の前のローズ様に向き直る。
「忙しい時にごめんなさい。」
「とんでもないです!ローズ様とご一緒できて光栄です。」
ローズ様が目を伏せて手元の紅茶に口をつけると、銀の長いまつ毛が影を作った。
触り心地良さそうだな、なんて不躾なことを考えながら見ていると、視線に気がついたローズ様が苦笑しながら顔をあげた。
「そんなに見られたら穴が開いてしまうわ。」
「失礼しました!」
恥ずかしくなって思わず顔を背ける。そんな私の様子をクスクスと笑った後、いつも通りの巻き髪をふわりと揺らして、ローズ様は本題に入った。
「アーサー殿下とリーチェのことなのだけど。」
私と、アーサー様のことだった!一番無いと思っていたのに。というか、今更ながらローズ様は殿下と呼ぶのだな、と気がつく。
「私、アーサー様のことはなんとも思っておりません!ローズ様が不快なら様呼びも辞めます!」
慌てて首を横にふると、ローズ様が目をキョトンと丸くして可愛らしく首を傾げた。
「......?あ!違うわ!そう言うことでは無いの。貴女が殿下のことを何とも思っていないなんて見ていればわかるわ。」
ローズ様もまた慌てたように手を振る。
「だって、アレクが好きなのよね?」
そう問われて、「へ?」と自分でもびっくりする程間抜けな声が出た。
「あら、違った?先日エドワード殿下の件で集まった時にそう感じたのだけど。」
「ど、どうしてそう思われたのですか?」
その時はまだ全然自覚していない。友達としてしか見ていなかったはずだ。
「だって、わざわざアレクと一緒に私のところへ来たから。同じ生徒会だし、貴女にとってはアレクと一緒に来る必要ってあまり無いじゃない。」
「それは、事情を知っている人達で話した方が効率が良いと思ったからで......。」
「そうなの?私はてっきり牽制されているのかと思ったわ。」
「それは無いです!そんな恐れ多い!」
どこの世界に悪役令嬢に牽制するヒロインがいるのだ。
「ふふ、冗談よ。」
ローズ様が楽しそうに目を細める。今までに無く悪役らしい笑顔で。......悪い顔だ。
「アレクを見る回数が多いのよ。それに、私とアレクの間柄を気にする視線だったもの。違う?」
違わない、違わないけれどそういう意味で気にしていたわけではない。多分。
「もう終わった想いです。それよりも、遮ってしまいましたが、ローズ様のご用件は。」
「そういうことにしておきましょう。また改めてユリナさんも交えて女子会をしましょうね。」
良い笑顔で微笑んで、それから、改めて真剣な顔をする。
「私の口から詳しいことは言えないのだけれど、アーサー殿下は、私との結婚にあたり最大の障害がリーチェだと考え始めているわ。」
「そんな......。」
「ええ、私はもちろんそうで無いことを知っている。けれど、最近の殿下は、何と言ったらいいか、私の言葉が届いていない気がするの。」
たとえ婚約者といえど、皇太子殿下に対して「おかしくなっている。」とは言えないのだろう。間接的な言葉がローズ様から出る。
「クリス様に対しても随分険悪でしたね。」
「それは昔からよ。大体クリス様が悪いのだけど。馬が合わないのよね、あの二人。」
「それは、クリス様がローズ様をお好きだからでは?」
「うーん、どうかしら。あの方は私のことをカケラほども好きでは無いと思うわ。なんとなくだけれど。」
ローズ様が困ったように笑った。その返答が意外すぎて、言葉に詰まる。
「ダメね、リーチェと話していると楽しくてつい脱線してしまうわ。とにかく、殿下の犬が動いている。ライオネル様に相談して対策をとって。ここまでしか言えなくてごめんなさい。」
意味がわからなかったが、ローズ様の瞳にはそれを尋ねさせない強さがあった。ライオネル様に聞けということか。
頷くと、ローズ様もほっと息をついた。
「私はリーチェのことを可愛い後輩だと思っているわ。それだけは忘れないで。」
そう言ったローズ様の寂しそうな瞳が、印象的だった。
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「殿下の犬が動いている、ローズ様がそう言ったのですか?」
「はい。」
「とんでもないことになって来ましたね。」
ギョッと目を見開いて、大きくため息をつくライオネル様に、どういうことかと目で訴える。
「殿下の犬、とは皇家に代々仕える暗部のことですよ。最近は平和な世ですから主に諜報部隊ですが、わざわざローズ様がその名を口に出したと言うことは、本来の意味でしょうね。」
「つまり......。」
「残念ですが、短い付き合いでしたね。」
「いやいやいや、待ってください!」
何を勝手に諦めてるのか。
「冗談ですよ。」
「ライオネル様の冗談はわかりにくいんですよ。」
心臓に悪すぎる。
「まだアーサー様に理性が残っているなら暗殺は視察後になさるでしょう。視察前に行って良いことはひとつもありませんから。しかし、リーチェに運営を任せることを随分渋っておられたことが気にかかる。」
「錯乱されているなら、視察の前に行動する可能性が高いですね。」
「この忙しい時に......ますます許し難い犯人です。光の魔術師なら、自分の身ぐらい自分で守って欲しいところですが、実際どうなのです?」
「......面目ありません。」
自分がどれほどの魔術を扱えるのか全然把握できていない。
いつも読んで頂きありがとうございます。
登場人物が増えて来たので変なタイミングですが
次回は登場人物紹介をします。