2-5 不思議、で片付かないこともあるもので
「初めまして。お嬢様。生徒会関連の衣装を担当させていただきます、セリーナと申します。」
そう言って私を出迎えてくれたのは、以前パーティーのドレスを仕立ててくれた年若いデザイナーだった。
「覚えてないかしら?私前回のパーティーでも仕立てて頂いたのよ。」
大勢の生徒を相手にしているのだから、覚えてないのも仕方のないことだと、笑顔で伝えれば、セリーナはひどく不思議そうに首を傾げた。
「私は生徒会関連の衣装を担当しておりますので、一般の生徒様の教室に出入りすることはないのですが。」
「けれどほら、ここに。」
採寸の参考になればと、前回のドレスのデザイン案を持ってきていたため彼女に差し出した。
「何故これをあなたが!?」
デザイン案を受け取った彼女に、顔を真っ赤にしながら睨まれた。
こうして見ると、前回の理知的な雰囲気とは随分違う。
貴族に対する態度としては許されない振る舞いに、我に返って慌てて頭を下げた。
「失礼致しました。あまりの恥ずかしさに混乱してしまい。どうか、お許しください。」
「私としては、あなたにそんな態度を取られる覚えがないもの......できれば事情を聞きたいわ。」
私の言葉に少しの逡巡の後、セリーナは頭を振ってデザイン案を私に返した。
「信じてもらえないかも知れませんが、これは私のデザインなのです。」
「......は?」
「いえ、そのような反応だと思います。同業デザイナーが私のデザインを盗作するだなんて、そんなこと考えたくはありませんでしたが。お願いします。このデザインをどちらで手に入れられたのか、教えて頂けませんか?」
真摯な瞳にふざけて言っている訳ではないことは伝わる。というか、これは私の言葉足らずかしら。
「あの、このデザインは前回のパーティーで私が貴女にデザイン頂いたものなのだけれど。」
「......?あの、ですから、私は一般の生徒様の教室に立ち入ることはありませんが。」
「えー、もしかして双子とか?すごく似てる姉妹とかいるのかしら?」
「いえ、一人っ子です。」
「......。」
「......。」
しばしの沈黙が二人の間に落ちる。最初に沈黙に耐えきれなくなったのは、当然私だった。
「このデザインは元々持っていたの?」
あの時は、閃いた!と叫んでいた気がするのだけど。
「ええ。あの、今の光の魔術師様を前に失礼かも知れないのですが......私、先代の光の魔術師様のファンで。」
恐る恐る、という体で顔をあげたセリーナにどうぞ続けてと促す。
「というか、デザイナーで彼女のファンで無い人はいないと思うんですけど、画期的なデザイン案や、大胆な発想。ご自身が広告塔としての価値も高く、デザイナーにも腰が低い。なんというか一度で良いから一緒にお仕事をさせて貰える時代に生まれたかったなー、なんて、思っていたんです。」
ライオネルの母、先代の光の魔術師であるノートリアム伯爵夫人は先日のパーティーでも着用したドレスの他にもいくつも流行を生み出していたと聞く。セリーナの憧れももっともなことだろう。
「ですから、もし今の時代にいらっしゃったらと想像して、ノートリアム伯爵夫人のデザインを起点に、デザイン案を起こしているのです。もちろん、自分の趣味の範囲で。」
それは決して表に出すためでは無い、と続けるセリーナにますます疑問が募った。
「このデザイン案を私に出したこと、自分の意志では無かったのね。」
「......お嬢様を疑うわけではございませんが、今でも信じられません。」
困った様に眉を寄せる彼女が嘘をついているとは思えない。
「申し訳ないのだけど、少し待っていてもらうのとは可能かしら。」
心当たりは一つだけある。ここ最近立て続けに起こっていることが無関係とは思えない。
「はい。......あの、私は罰せられたりとか......するんでしょうか。」
貴族に対してするには、貴族でないとしても、あまりにも客商売として失礼な対応であることに違いはない。
しかし自分の黒歴史がオープンになって取り乱さない人がいるだろうか。
「とんでもない。一緒に御前試合を成功させるために、憂いを取り除いておきたいだけよ。」
自分よりも少しだけ年上の、まだ若いデザイナーに安心するようにと微笑みかけた。