2-3 昨日の敵と手を組むこともあるもので
会議が終わりローズ様からの「困ったことがあればいつでも声をかけて。」というありがたい言葉や、セド様からの「今度打ち合わせをしよう。」という言葉に笑顔で頷きつつも、ライオネル様にはひとこと言わねば気が済まない、と、会議室から出たタイミングを見計らって追いかけた。
追いつき、声が届く範囲まで近づいたところで、先に部屋を出たアーサー様が、待ち構えていたかのように、ライオネル様に声をかけた。全く隠れる必要は無いのに、思わず柱の影に隠れる。
隠れてる方が問題だと思い直して、柱から出ようとしたが聞こえてきた会話に、益々出づらくなってしまった。
「どういうつもり?ライオネル。」
「何のことでしょう。」
「リーチェのことだよ。わかってるだろう?」
思いがけず自分の名前が出てきたことに足を止めた。聞いたことの無いアーサー様の厳しい声色にも驚く。
「お前も知っているはずだ。リーチェが婚約者候補に上がったことを。」
「ええ、もちろん。」
私は初耳だ。おそらく伯爵家に話が来る前に終わった話なのだろう。
「光の魔術師は皇家に嫁ぐことが多い。その稀有な魔力を国に繋ぎ止めるために。伯爵夫人が亡くなって、リーチェにその素質が確認された時、もちろんその案は上がった。フローレンス伯爵家も皇帝派だったからね。」
「存じ上げております。」
「その時に反対したのはむしろ、シャルル侯爵家よりも君の父、宰相だったと思うが。今になってリーチェを妃に立てようと言うのか?」
私を......妃に?随分話が飛びすぎているように感じるのだけど。驚きよりも怪訝さが勝つ。
「殿下。私は生徒会として運営を任せたにすぎません。何故そう思われるのですか?」
本当にそう。やっぱり飛躍しすぎよね。
「何故......?そう、だね。母、皇后陛下がリーチェを強く推しているからだよ。」
少しの逡巡の後、思い出したようにそう言った。
え、本当に?一度も会ったことは無いと思うのだけど。
「皇帝派筆頭の侯爵家から皇后が輩出されてしまえば、ましてや第一皇子を産めば。公爵家の入り込む余地はない。僕はローズを愛しているから、側妃を取るつもりもないしね。」
「なるほど。リーチェを強引にでも皇后に据えれば、ローズ様を愛している殿下はローズ様を側妃におかれると。すればバランスをとって公爵家からも側妃を迎える必要があるでしょうね。」
な、なるほど。
「ここで、リーチェに才覚を見せられては父も母の説得を退けられなくなる。」
「最終的に決めるのは陛下ですから。安易に覆すことはなさらないでしょうが。」
ライオネル様も少し考えるように首を傾げた。
「その皇后陛下のお考えについては、ご本人から聞いたのですか。」
「あ......ああ。どう、だったかな。」
「殿下、宜しければその裏取りを私にお任せ頂けますか?その結果を持って再度ご相談させて下さい。万が一の時はリーチェが刺繍会に参加するのを止めますので。」
そんな事情なら裏を取るまでもなく参加しないですよ。
そう言って割り込みたいぐらいだ。
「そうだね。あまり時間が無い。早急に頼むよ。」
バタバタといつものアーサー様らしからぬ音を立てて去っていく。ライオネル様は小さく息を吐いて私の方を向いた。
「盗み聞きとは、淑女が聞いて呆れますね。」
まさか気付かれているとは思わず、驚きに体が大きく跳ねた。
「髪がはみ出てましたよ。」
コツコツと、柱から顔を覗かせて私の髪をすくう。怒られることを覚悟で身を固くしていたが、呆れたような声とは裏腹の優しい目に、拍子抜けしてしまった。
「貴女から見て、どうですか。」
「アーサー様に同感です。そんな政治的思惑があるなら、何故私を抜擢するのですか。」
じとりと見つめると、今度こそ心底呆れたような目でため息をつかれた。
「そちらではありません。......いつものアーサー様ではありませんでしたね。」
「そう、ですか?うーん、たしかに去り際が少し慌ただしかったかも。」
「愚鈍ですね。」
「ど、鈍感かもしれませんが、愚を付けなくても良いと思います。」
私からの抗議をさらりと無視して話を続ける。
「アーサー様が口にした情報は、何れも全く裏付けの無い情報です。あの方が出所が不確かな情報にここまで慌てるものでしょうか。」
「それは、たしかに。......もしかして。」
「ええ、私のように精神干渉の魔術を受けている可能性があります。」
「ですが、ライオネル様の時とは様子が違いますよ。」
「あの情報を真実だと思わされる、そういうタイプの魔術もあります。」
信じたい気持ちにさせられるのもまた、精神に干渉してるといえるということか。
「それに、2人の時に私が殿下と呼ぶことを気に留めない方でもない。貴女のわかりやすい盗み聞きを見逃すことも不自然だ。」
図書室でのことを思い出し、確かにと頷く。アーサー様と幼馴染であるライオネル様からしたら余計にそう感じるのかもしれない。
「ローズ様への愛が先走って視野が狭くなっているという可能性は。」
「捨てきれませんね。どう確かめたものか。」
思案する姿に、ふと思い出して提案をする。
「ライオネル様の時のようにウィルに頼みますか?」
私の言葉に、微妙な顔で見つめ返された。
「彼、私の頭を掴みませんでした?」
「あ、覚えているんですね。」
「緊急事態だったのでそれはかまわないのですが。皇族にそれをして、違った時に勘違いでしたでは済まないですよ。下手したら不敬罪で首が飛びます。」
その言葉に、胃がひっくり返りそうになる。たしかに、そんなことをウィルには到底頼めない。
「皇族はそもそも魔術耐性の訓練を受けているので、このままの状態でいて頂ければ、私からの説得も容易いです。噂の真偽を確認して取りなしておきましょう。」
魔術鑑定は父に頼んでこっそり行っておきます。
続いた提案にありがたく頷いて、
「説得。無理はしなくていいんですからね。」
最初の目的通り、再度念を押しておいた。