2-2 得意なことは誰にでもあるもので
「ところで、リーチェたちは何をしに図書室へ?」
「刺繍の図案を見に来たのよ。」
ああ、と頷く。やはり知らなかったのは私だけのようだ。
「ウィルは御前試合に出るのよね?」
「ええ。応援してくれますか?」
「ふふ。ウィルに応援は必要なさそうだけれど。」
身体強化の魔術が使えるのだ、昨日の身のこなしを見ても大抵の人間が敵うとは思えない。
「魔術は禁止ですから、条件は一緒ですよ。」
「それなら、応援は必要ね。」
微笑めば、面白そうにウィルも微笑み返す。その様子を見てエドワード王子はますます不思議そうな顔で首を傾げた。
昨日知り合ったにしては確かに仲が良すぎるとは思うけど、妙に馬が合うというか。ウィルとの会話は心地良いのだ。
「そろそろ行かないと。リーチェの刺繍楽しみにしてますよ。」
初心者なので期待されても困る、と苦笑しながらひらりと手を振った。
「うーん。僕、リーチェはアレクを好きだと思ってたんだけどなぁ。」
中々鋭いエドワード王子の言葉は聞かなかったことにして、図案集を探しに向かった。
✳︎
「本日の議題は御前試合についてです。」
御前試合の一ヶ月前、生徒会の集まり。大枠は決まっていたため、細かい調整や人員の手配を進めていた。
「本来、御前試合は男性役員が進行や当日の運営を務めますが、今回はリーチェにお願いしたいと考えています。」
ライオネル様がそんなことを言い出したので、私はもちろん生徒会メンバーがざわついた。
「ライオネル。ちゃんと理由があるんだろうね?」
アーサー様の目が細められる。私への嫌がらせ配置ではないかと疑っているのだろう。
私もそうじゃないかと思います。
「もちろん。元々唯一の一学年であるリーチェには経験のため運営を任せるつもりでした。」
「それならお茶会でも良いのではなくて?」
ローズ様から手が上がるが、ライオネル様が緩く首を横にふった。
「刺繍の方は大規模な茶会です。それはそれでローズ様には未来の王妃として経験を積んで頂きたい。」
「私は、去年もやっているわ。初めての御前試合でいきなり運営はリーチェが可哀想よ。」
「理由はもう一つあるのです。」
そう言って、ライオネル様が私の机から刺しかけの刺繍を取り出した。
「こちらをご覧ください。」
何をするのだと、止める間も無く掲げられる私の刺しかけの刺繍。
伸ばした手はあえなく空を切った。
「まぁ!」
感嘆の声を漏らすローズ様に、そんなつもりじゃなかったのだと言い訳したい気分になる程、我ながら刺繍は素晴らしかった。
りんごの花が咲き誇る木へメジロをあしらう。花は花らしく。木は木らしく。様々な色の糸を使って表現されていた。
リーチェは多分、刺繍が得意だったのだろう。何も考えずとも自然と手が動いたし、何が必要かわかった。
けれど、どこにイベントが転がっているかわからない状況では、当然目立ちたく無いしもっと手を抜いたものを出す予定だったのだ。
この気合の入った刺繍が手元にあったのは、久しぶりにやったら楽しくなってしまいコソコソ刺していたからだ。まさか見られているとは思わないだろう。
「運営になると参加できなくなります。この腕を持っているのに勿体無いと思ったのです。ご褒美にあたる皇后陛下主催のお茶会は貴婦人の憧れ。いかがでしょう。アーサー様。」
なんという余計なことを。今までと違って善意なのだろうことがまたやっかいな。
「うーん、リーチェがいいなら任せようか。」
嫌がらせじゃ無いことに納得したのか、困ったように笑ってアーサー様がこちらを見る。
「どう?リーチェ。」
やりたくない。と言って許されるのだろうか。記憶の無い私にそんな重要な会の運営が務まるとは思えない。
「いえ、私はーーー、」
「やりますよね?リーチェ。」
強い圧を感じてライオネル様を見ると、それはもう目から「あなたが導くように言いましたよね。」という意図がしっかり伝わってくる。
「もちろん、一人では不安でしょうし、初めての御前試合ですから。セド様に補佐に入って頂く予定です。」
「ああ、任せてくれ。」
事前に聞いていたのだろう。鷹揚に頷いてセド様までもが私を見る。
記憶が無いことへの対処の意図もあるのだろう、断るための退路が絶たれている。もちろん、言った手前導こうとしてくださっているなら、頑張りたい気持ちはあるが。
「......わかりました。運営の役目、お受け致します。」
ニッコリ、とライオネル様が微笑み、アーサー様は困ったように眉を下げて微笑んだ。
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