2-1 5月病はどこの世界にもあるもので
「随分大変だったみたいね。」
パーティーの翌日、ユリナと久々に芝生でのんびりしている。今日はアレクがいないので、女子水入らずだ。
「アレクから聞いた?」
「というか見てた。」
「見てた。」
なら助けてくれよ。という目を向けると、違うのよ、と慌てて手を振る。
「エドワード王子と、ジルバート様と3人でお話ししてる時に目に入ったのだけれど、多分生徒会の相談だろう、と仰ったから納得してしまったのよ。」
留学生とはいえ隣国の王子、放っておくわけにもいかず、かっといってアーサー様は会の責任者だからつきっきりというわけにもいかない。公爵家のジルバート様が接待に出るのは妥当といえるだろう。
続けて、と促せば、ユリナは思い出すように視線を上に向けた。
「それでもあまりに長いから、心配になってお二人から離れてバルコニーに向かったのよ。声は聞こえなかったけれど、あまりよくない雰囲気だったから窓を開けようとしたのに開かなかったのよね。」
何らかの、魔術が働いていたのだろうか。
「これはいよいよ良くないわ、と思って助けを呼びに行こうとしたらウィリアム様に引き止められて……。」
ユリナが可愛らしく首を傾げた。
「簡単に扉を開けられたのよ。重かっただけだったのかしら?身体強化の魔術家系よね。」
そこから控室の用意を頼んでくれたのはどうやらユリナだったらしく、改めてお礼を伝えた。
「そうみたい。ライオネル様を抱えてバルコニーを渡っていらしたから。」
「すごいのね、身体強化って。」
「初めて見たからびっくりしたわ。ユリナはエドワード王子と楽しめた?」
「ふふ、とても素敵な思い出になったわ。」
うっとりと微笑むユリナはまるで恋する乙女のようで、私のアレクに対する想いも一緒なのかしら、ファンとしての気持ちなのかしら、と想いを馳せる。
違う違う。あの日、あの想いとは決別すると決めたじゃない。だって、万が一、心が通いあったって彼の一番はローズ様なのだから。
「ユリナ嬢。昨日は麗しい貴女のお相手ができて光栄だったよ。」
噂をすれば影、という諺がこれほど似合う人もいるまい。エドワード王子がいつものごとくひょっこりと顔を出した。
「身に余るお言葉ですわ。」
ほぅ、と頬を赤らめながらユリナがはにかんだ。
「リーチェも、昨日はバタバタして伝えられなかったけど、ドレスがよく似合っていたね。太陽の女神のように輝いていたよ。」
「ありがとうございます。」
そのドレスのせいで事件は起こったのだけど。
エドワード王子を見上げると、少しきつくなってきた日差しに目を細める形になった。
「あ、眩しかった?春ももう終わりだね。日差しがきつくなってきた。そういえば、御前試合は二人は何をする予定なの?」
「御前試合?」
初めて聞く響きに首を傾げると、ユリナが丁寧に説明してくれる。
「春の終わりは学生たちの気が緩むから、と学園側がお願いをして、毎年両陛下が視察も兼ねて学園にいらっしゃるのよ。そろそろ生徒会でも準備が始まるんじゃないかしら。」
「それはまた......。」
なんとも忙しそうな。
「男性は御前試合を、女性は刺繍を刺してもっとも優れた方にご褒美を頂けるの。」
ユリナがうっとりと微笑む。これはご褒美お菓子の可能性が高いな。
「皇后陛下主催のお茶会に招かれるのだったね。」
やはり王室お抱えパティシエのドルチェか。
「エドワード王子も御前試合に出られるのですか?」
隣国の王子に土をつけられる貴族なんていないだろうに、その御前試合は平等なのだろうか。
「原則出席だけど、さすがにね。皇帝陛下の前では皆も気を使うだろうし、アーサーに相手をしてもらうことになったよ。」
皇太子と、第4王子。お二人は幼馴染で仲が良いし、お客様のエドワード王子が勝っても、皇太子のアーサー殿下が勝っても、国際問題にはならないだろう。
「生徒会が忙しくなるなら、リーチェはそろそろ刺繍のモチーフを決めた方がいいんじゃない?」
「そうですね......ユリナはもうモチーフを決めたの?」
「ええ、薔薇を刺す予定よ。皇后陛下がお好きなんですって。」
勝ちに行く気だ......。
「私は何かな、国花だし、桜にでもしようかしら。」
あまり目立ちたくもないし。
「それはあまりお勧めしないわ。」
困ったように眉を下げてユリナが首を横に振った。
「国花の由来は、光の魔術師の始祖であるサクラ・アイニス様のお名前だけど、サクラ様は側室だもの。その後、公爵家に降されているし、光の魔術師であるリーチェが皇后陛下に贈るには意味深ではないかしら。」
「たしかに......。」
ごもっとも。
「図書室に図案集があったと思うわ。行ってみる?」
「ええ!ありがとう!助かるわ。」
刺繍なんてやったことがないから、簡単なものがいいなぁ。
エドワード王子も一緒に、3人で図書室へと向かう。珍しくアレクは一緒じゃないんだね、と言われて、確かに今日はアレクを見ないな、と首を傾げた。
「ウィル!昨日はありがとう。」
図書室へ行くと、ウィルがちょうど出て行くところだったのだろう。数冊の本を手にしていた。
「いえ、私がいなくてもリーチェのあの剣幕ならなんとかなったでしょう。」
悪戯っぽく微笑まれて思わず赤面する。ウィルにも聞こえていたのね。
「そちらの方はもしかして。」
「留学生のエドワードだよ。フルネームは長いからエドワードと呼んで。」
「失礼致しました。殿下。辺境伯家の第二子、ウィリアム・フォン・オルステンと申します。」
「よろしくね、ウィリアム。それにしても、せっかく隣国に来たのだから、王子扱いを辞めてもらいたいんだけどね。みんな王子、とか殿下、って呼ぶんだよ。」
肩をすくめて、ため息をつくエドワード王子にクスクスと笑う。
けれど、エドワード王子の人柄かここまで畏まった挨拶をした人を見たのは初めてだ。
「ウィリアムとリーチェは知り合いなの?」
「知り合い、というか。」
二人で顔を見合わせる。なんと言ったら良いものか。
「昨日知り合いました。」
二人の微妙な空気感を、別の意味で察したのだろうか。エドワード王子は眉間に皺を寄せて首を傾げた。
「僕はアレクの友達だけど、リーチェの味方だからね。辺境伯家はそりゃあ申し分無い家柄だけどね。」
見当違いな想像をしているのだろうな、と私が訂正するより先に、ウィルが笑いながら「違いますよ。」と声を上げた。
「私は主の騎士ですから。恋人は持ちません。」
リーチェ嬢は魅力的ですが。とフォローも忘れない。完璧にそつの無い対応だったはずなのに、何故かチクリと胸が痛んだ。
んん?
私昨日まで、アレクにほのかな恋心が〜って言ってたよね?なんだなんだ。まさかほぼ初対面のウィルに一目惚れ?
チラッとウィルの顔を盗み見るも特に胸は高鳴らない。良かった、気のせいだと息を吐いた。
いつも読んで頂きありがとうございます。
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