閑話 は大体次の章の前に 〜砂漠の男の独り言〜
パーティーの少し前です。
リーチェ・フォン・フローレンス。正直、第一印象は良くない。
『貴方って動物みたいね。』
中等部の時に、たまたま何かのパーティーで一緒になった。
帝国人には珍しい褐色の肌は、嫌がる者が多く時代によっては差別の対象でもあった。帝国内で勢力を広げるマクトゥムが、帝国貴族である母と縁を結んだのも、その帝国の風潮によるところが大きい。幸い母は父を愛していたけれど。
特に、幼い子供は違いに敏感だ。幼い頃は面白く無い思いも多くした。帝国人にとって獣は蔑称だ。他国と交流の多くなった今でこそ、おおっぴらに口にする者はいないが、面白がって口にする子供が当時はまだ多かった。
けれど、彼女はそういった偏見とは無縁そうに見えたから気分を悪くする前に驚いた。
太陽の女神を思わせる、眩い美少女。歴代最高と期待される光の魔術師は、天真爛漫と言うに相応しい性格をしていたため、差別や偏見をしないと勝手に思い込んでいたらしい。
何と返すのがスマートか、口を開こうとしたタイミングで他のことに興味が移ったのだろうか。フラッと別の場所へ行ってしまった。
人を見かけで判断してはいけない。悪い意味では気をつけていたが、良い意味でも気をつけなくてはいけないようだ。商人として良い学びを与えてくれたことに感謝する、と思っておこう。
リーチェの言葉に凍った場を、笑顔で溶かす。元々仲の良い面々や、マクトゥムと交流を深めたい貴族子息達だ。アレクの笑顔でホッとしたようにまた歓談を始めた。
空気が読めない、偏見のある、考えなしなご令嬢。
だから、セシル様にコーヒーをかけたと聞いた時も、あのセシル様とリーチェ様ならありえるな、としか思わなかった。
いまやこんな風に一緒にレポートをする仲になるとは。
「進んだか?」
光の魔術師は私の妹弟子だ。と言って憚らないニコラス先生は、記憶が無いならもう一度詰め直せ、と言わんばかりにリーチェだけ追加でレポートを課された。
可哀想なので、ユリナ嬢と一緒に付き合ってやる。
「うう。進まない。」
だって記憶が無いんだもの。と机に突っ伏すリーチェの手元にあるのは、先生からのお題であるこの国の魔法の成り立ちについて記された専門書だった。中等部の最後に卒業試験代わりに論文を書かされるやつだ。
「ちょっと休憩するか?」
「そうね。」
サラ、と机から溢れた髪は細く艶やかで思わず目で追いかけてしまう。
思えば、どこか人間離れした雰囲気のあるリーチェだったが、随分人間らしくなったものだ。
お手洗いに、とユリナが席を外したので久しぶりの二人だった。
「中等部の頃に話をしたことがあるんだが、覚えてるか?」
「ごめん、覚えてないわ。」
記憶が無い、というのは不思議なものだ。人格まで変えてしまうのだろうか。それとも、当時の彼女と根本の考え方は同じなのだろうか。
「俺のことを動物みたい、って言ったんだよ。」
「へぇ。なんだかわかる気がする。黒豹みたいよね。」
思いがけずあっさり肯定されて拍子抜けする。ただ、今のリーチェに関しては動物扱いすることが失礼にあたると、そういう貴族の常識が抜けている可能性があるな。
「黒髪で金色の瞳で、しなやかな感じ。」
レポートの疲れからか気怠げに微笑む様は、あまり頭が回っているように見えなかったが、だからこそ気を許していることがわかり、少し嬉しい。
「あのな、リーチェ。動物扱いはかなりの蔑称だから俺以外には気をつけろよ。」
パチリ、と大きな目をさらに大きくして、リーチェが慌てながら起き上がった。
「知らなかったのよ!多分昔の私も!褒め言葉なの!褒め言葉なのよ!」
だって、かっこいいじゃない、黒豹。と最後は声を小さくして、上目遣いで見上げた。
「わかってるよ。リーチェは俺のことかっこいいって思ってくれてるんだろ?」
思わず溢れたような言葉を拾って悪戯っぽく笑ってみれば、顔を真っ赤にしたリーチェが口を尖らせながら「そうだけど、そうじゃなくて。」と答えた。
可愛らしさに思わず微笑む。本人の言う通り、昔のリーチェの「動物みたい」という発言も蔑称じゃなかったのかもしれない。
たしかに人間離れした当時の彼女に、常識が通じたとも思えない。
「あら、なんの話?」
お手洗いから戻ってきたユリナに、リーチェが赤い顔のまま「秘密」と返す。
猫みたい、ライオンみたい、と言った固有名詞は関係性によっては蔑称には当たらないけど、それは今しばらく黙っておこう。
この可愛く狼狽えるリーチェは、ひとまず自分だけのものにしておきたい、と深い考えもなくそう思った。
ちょっと良い雰囲気かもしれないと思っていたところ、友人宣言をされてしまうのはまだ少し先の話だ。
私事ですが今週末引っ越しのため、次の更新は来週の木曜になります。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ブックマーク、励みになっております。