1-31 ストーリーは大体大枠通りに進む
そのままの流れでワルツの音楽が始まった。アレクに合流して踊り始めるも心ここにあらずで、ワルツが終わった後どう逃げるかばかり考えていた。
「何を考えてるんだ?」
「ノートリアム卿がこちらを睨んでいる気がして。」
「......ああ、たしかに。」
見ることができない私の代わりに、アレクが確認してくれた。
「お願いアレク、ワルツが終わっても私の側を離れないで。」
アレクの腕を掴む手に自然と力がこもる。
「......何かしたのか?」
「何もしていないけど、多分このドレスよ。」
「ドレス?ああ、先代の光の魔術師はノートリアム伯爵夫人だったな。」
知ってたなら教えて欲しかった!!じとりと見上げると、困ったように眉を下げる。
「でもそれこそ、流行なんて巡るものだろう。リーチェの発案では無いし。」
「それを、聞いてくれる状態に見える?」
「......見えないな。」
ワルツも中盤に差し掛かる。一回転するたびにふわりとまわるチュールレースと、シャンデリアで輝く金の刺繍に周囲から感嘆の声が上がっていた。
感嘆の声が上がるたびにライオネルの怒りもヒートアップしているように感じる。
「わかった。何があっても側を離れるなよ。」
力強いその言葉に、その表情に場違いにも思わず見惚れた。
ワルツが終わり頭を下げる。
アレクと顔を見合わせて、すぐに出口へ向かった。
「気分が悪くなったと言って医務室へ行こう。そこまでは追いかけてこられないはずだ。運営だから会場から離れられないだろう。」
頷いて、目立たないよう急いで向かうが、残念ながら、既に出口にはライオネルが立っていた。さっきまで上にいたよね?
「フローレンス伯爵令嬢、少しよろしいですか。」
常とは雰囲気の異なる様子に思わず後ずさる。
「ノートリアム卿、リーチェ嬢は体調が優れないのです。後日ではいけませんか。」
私を守るように前に出るアレクへは一瞥もくれず、
「私はフローレンス伯爵令嬢に話しかけているのです。」
真っ直ぐ私を見つめていた。瞳から感情は読み取れない。
「新入生歓迎の場です。貴族位に無い貴方が会話に割って入ったことは見逃しましょう。」
各国がマクトゥムを取り合っていることを、宰相家の嫡男であるライオネルが知らないはずはない。
全てわかった上で牽制しているのだ。手を出すなと。
それでも、アレクを、大切な友人をそんな形で貶されて流せるはずが無い。
「ノートリアム卿。パートナーとの語らいに割って入られたのは貴方では?」
「おや。体調が優れないと聞いておりましたが。」
「心の不愉快が、体の不調を上回ったようです。ノートリアム卿にはお礼を言わなくてはいけませんかしら。」
「それはそれは、お役に立てたようで何よりです。」
淡々と、努めて感情を堪える私に対して、どこまでも静かにノートリアム卿は答える。
「ノートリアム卿、私、パートナーを会場に一人残して他の男性と二人きりになるほど奔放では無いのですよ。改めてください。」
とびきりの笑顔でそういうと、ノートリアム卿は無表情のまま手でバルコニーを指し示した。
「これは配慮が足りませんでしたね。では、マクトゥム殿も一緒に来てはどうですか。」
思いがけない提案に、アレクと顔を見合わせる。
そこまで言われてしまっては断りようがない。しかし、アレクがいれば夢のようにはならないのではないか?
少しの逡巡の後、心配そうなアレクに頷き返した。
「そこまで言うのでしたら。」
今のやり取りで少しでも頭が冷えてくれていると良いが、全く表情が読めない。
バルコニーの窓を閉めてこちらを向いたノートリアム卿は、何かが欠落したような、何も映していない目をしていた。
「そのドレスはどうされたんですか?貴女が、そのドレスを着ることの意味をわかっていますか?いや、わかっているはずが無い。そうでしょう。無神経で天真爛漫なリーチェ嬢。」
「何を言って......。」
唐突に紡がれる言葉は、確かに夢で見た通りの言葉で、しかしそこには会話も意思も存在しないように見える。何かがおかしい。否、ライオネルがおかしくなっている......?
戸惑ったようにライオネルへ向けて手を伸ばしたアレクの手は、その伸ばした形のまま固まった。
「私が終わりにしてさしあげます。貴女も荷が重いでしょう。次に繋げて下さい。」
そう言って私に手を伸ばす。何かをしてきたら反撃するつもりで構えると、思いがけず横から手が伸びてきた。
「リーチェ、逃げろ!手が勝手に動く。」
ノートリアム家の鏡の魔術!!ライオネルの動きと全く同じ動きを、アレクが寸分の誤差なく行う。
「一人だけ逃げるのも良いでしょう。どうせ器では無いのですから。マクトゥムを見殺しにすれば良い。」
「耳を貸すな、リーチェ!俺は一人でもなんとかなる。お前だけでも逃げろ。」
どうして!!私に巻き込まれてこんなことになるなんて。何とかなるわけがない。ノートリアム家の鏡の魔術は一度術をかけられてしまえば、どんなに離れても本人が解術するまで解けない魔術だ。
「リーチェ!」
「無理よ!置いてなんていけない。」
迫ってくるアレクから距離を取るようにどんどんバルコニーの手すりへと近づいていく。
「誰か!!誰か!!」
叫ぶが、会場のオーケストラに掻き消されて届いていない。
決して狭くはないバルコニーの端に、とうとう辿り着いてしまった。
「リーチェ、俺の腕を落とせ。お前なら後で生やすこともできるだろう。」
アレクの言葉に首を横に振る。やったことが無いのだ、確証がない。確証がないことはできない。
「ノートリアム卿!もう辞めてください!」
温度の無い瞳からは何も読み取ることが出来ない。
アレクの手が私の首にかかった。
光の魔術師だと言うのに、私には何もできない。
ノートリアム卿の言うとおりだ。私は光の魔術師の器なんかじゃない。だって、ただ転生しただけだもの。
それでも、
「ふざけないで!!」
黙って殺されるほど、気が弱かったらこんなことにはなっていないのよ。
「私が光の魔術師の器じゃない?そんなこと百も承知よ!荷が重いわよ。でもね、この荷は私が背負って繋いで行かなきゃいけなきゃいけないの。部外者の貴方に判断されることじゃないのよ!」
アレクの手がピクリと止まった。それに気づいて畳み掛けるように続ける。
「だって私たちはこれからだもの。一生かけて何者かになっていくのよ。いつかは器になれるかもしれないと信じて。」
ノートリアム卿の少し揺れる瞳を、ひたと見据えた。
「大体ね、貴方お母様と約束したんでしょう。その約束から逃げるの!?自分の判断にそんなに自信があるなら、一生かけて私が光の魔術師として間違わないように導きなさいよ!それが意志を繋ぐってことでしょう!!」
言いたいことを言い切って、叫びきった静寂に、
「随分熱烈なプロポーズですね。妬けるな。」
と、唐突に、場違いに清廉な声が響いた。