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1-30 危機は大体差し迫るまで気が付けない

 リーチェ・フォン・フローレンス、彼女に光の魔術師としての適性が出たと聞いてから、どんな人物だろうと持てる人脈を使って調べ上げた。


 フローレンス伯爵家は、皇帝派の中堅どころの家柄で、フローレンス伯爵ご本人は恰幅の良い、慈善事業にも熱心な人徳者。夫人は、美貌の侯爵家令嬢として社交界に名を馳せながら、お世辞にも麗しいとは言い難い伯爵に、おしかけ女房に近い形で嫁いできた方だ。当時は多くの男性が涙したと社交界でも有名な話だ。


 人格の優れた夫と、美貌の高嶺の花である妻とでおしどり夫婦の例としてよく挙げられている。


 フローレンス伯爵令嬢も、夫人によく似た、容姿に優れたご令嬢だと、調査では上がってきていた。


 その調査結果を知った上で、初めて夜会に現れた時には、なるほど、本物だと思わされた。

 眩く輝く金の髪に、同じく金色の長い睫毛に縁取られた、晴れた日の空を思わせる大きな瞳。桜色の唇に、陶器のような白い肌。淡いピンクのドレスに包まれた華奢な体躯も、「容姿に優れた」と形容されるにふさわしい外見だ。


 母上以外に初めて、妖精のようだ。と錯覚した。


(彼女が......歴代最高を期待される光の魔術師。)


『次代の光の魔術師を守って。』


 母上の言葉が脳裏に蘇る。いや、外見だけではわからない。本当に母が繋ぐ価値のある魔術師なのか。しばらく様子を見よう。

 来年には入学するのだ、それから関係を築けば良い。


 はたして、本当に外見からはわからない。中等部の時のフローレンス伯爵令嬢は、良く言えば天真爛漫、悪く言えば無神経なところのある人だった。

 見た目が妖精のように麗しかっただけに、この落差は致命的だった。


 時に人の神経を逆撫ですることを言ってしまう。それでも、その容姿と愛嬌で許されているように見えた。


 まだ、中等部だ。判断するのは早計だろうが、あれが母が繋いだ光の魔術師か?ローズ様の方がよっぽど......いや、まだ中等部生だ、大人になるにつれて自覚することだろう。


 ただ、それでも光の魔術師として相応しい人格でなければ?


 頭に一つの問いがかすめる。意図的に考えないようにしていたそれを、今回もそっと心にしまった。



 高等部に入学してからも、その様子に変化は無い。ただ、中等部の時とは違い目に入るため気になる。度々注意をしていた。


「そんな様子で、帝国を代表する光の魔術師として恥ずかしくないのですか。」


 その日も、新入生歓迎会の挨拶のために、エドワード殿下と並んでレクチャーを受ける姿勢を注意した。


「ライオネル様、私が教えますからあんまり厳しくなさらないで。」


「お姉様ぁ......。」


 瞳を潤ませながら手を組んで、猫撫で声をあげる。一番目につくのはローズ様への態度だ。


 ローズ様が喜んで見えるので表立って注意はしにくいが、どう考えてもマナー違反だ。

 その呼び名だけで、フローレンス伯爵家とシャルル侯爵家の縁談を勘違いされても文句は言えない。


 そうして既成事実を積み上げるつもりなのだとしたら大した策士だが。そういうわけでは無さそうだ、というのがまた大きな問題だ。


 光の魔術という大きな力を持つものが、それに見合うだけの器ではない、ということは、力そのものが無いことよりも国にとっての損失なのではないだろうか。


「ノートリアム卿は、私のことが嫌いなのですか?」


「好きとか嫌いとかではなく......。曲がりなりにも伯爵令嬢なのですから。光の魔術師として相応しく成長して頂きたいのです。」


「......ノートリアム卿が光の魔術師なら良かったんでしょうね。」


 その言葉に一瞬、頭が真っ白になった。そんなこと、自分が一番思っている。母上の意思を継ぐ人間が自分でない事を、私が一番残念に思っている。

 それでも、乙女しかなれないことを知り、だからこそ諦めがついたというのに。よりによって、フローレンス伯爵令嬢がそれを言うのか。


 まずい、と思ったのだろう。ローズ様が二人を部屋から慌てて出した。

 ローズ様とエドワード殿下がいなければ、どんな罵詈雑言を浴びせていたかわからない。


 大きく深呼吸する。


 ああ、なぜ。母上の命はあの者のために繋がれたのだろうか。もっと、向上心のある者も、人格的に優れた者もいるというのに、甘ったれた小娘にどうして光の魔術の適性が出てしまったのだろうか。


 あの見た目がいけない。母を思わせる妖精のような容姿に、期待してしまう。そして希望は簡単に絶望に転じるのだ。


 母の言いつけ通り、光の魔術師として守り導きたい気持ちと、彼女自身の人間性を嫌悪する気持ちの間で揺れる。


 いつか、この怒りを本人にぶつけてしまいそうで怖いのだ。



 そして、その日はやってきた。



 新入生歓迎パーティーで、エドワード殿下に並んで頭を下げる彼女を見た時は、息が止まるかと思った。

 あまりの怒りで。


 そのデザインが、先代の光の魔術師、つまりは母上の着用されたドレスと全く同じデザインだったからだ。


 挨拶の後、すぐさま新入生のためのワルツが始まる。

見失わないようリーチェを食い入るように見つめた。


 あのドレスは、光の魔術師として体の弱い母が、周りから侮られないよう、淑女としてのセンスを示すために必死で考えたデザインだ。当時は母の名前を冠した流行になった程だと言う。


 父との馴れ初めでもある、と嬉しそうに語っていた母が思い出される。


「フローレンス伯爵令嬢。少しよろしいですか。」


 ワルツが終わった彼女に声をかけた。首を傾げながらついてきた彼女をエスコートして、バルコニーへ連れ出す。


「そのドレスはどうされたんですか。」


「えっと......昔のデザイン画が残っていたので、それを見つけて今風にアレンジしてもらったんです。」


「そのデザイン画は私の母のものです。」


 目を見開いてから、少し決まり悪そうに目を逸らす。わかっていて使用したのだろう。


「貴女が、そのドレスを着ることの意味をわかっていますか?」


 認めたくはないが、先代の光の魔術師はリーチェの繋ぎだ、という認識の貴族が少なからずいる。


 その者たちにとって、リーチェは次代を担う歴代最高の魔術師になる予定なのだ。


 そのリーチェが、先代のドレスを着て学園で最初のワルツを踊ること。それがどういうことかわかって行っているのだろうか。


「私は、先代の意志を繋いでいきたいと!!」


「貴女に母の何がわかると言うのだ!!」


 何が意志を繋ぐだ。母が苦労して作り上げた流行を、大した努力もせずに自分の名前で塗りつぶすことだと何故わからない。


「そんなこともわからないというのなら、貴女は光の魔術師としての力を担うべき人間ではない。」


 ああ、そうか。彼女もまた繋ぎなのだ。次の光の魔術師のための。

 ここで私が彼女の命を絶つことが、母の言う次の光の魔術師を守ることに繋がるに違いない。


 目を逸らしたまま動かない彼女に手を伸ばした。


 こちらを見ていなかった彼女は、あっさりと首を掴まれる。手のひらに力を込めると、最初は抵抗していた彼女も段々と弱っていった。


 最後に残ったのは重くなった彼女の体だけだ。



✳︎


「ーーー私からのご挨拶とさせて頂きます。」


 エドワード王子の言葉で、急激に現実に引き戻された。タイミングを間違えないよう、一緒に頭を下げる。


 あまりの衝撃に、倒れそうになるのを気合で堪えたが、口の中はカラカラだ。


 ライオネルについて、最近思い出せそうで、思い出せなかったこと。今になって全て思い出した。


 事が起こる前に思い出せて良かったと思うべきか、なんでこんなギリギリに!と自分の記憶に怒るべきか。


 というか、完全に終わってない?死亡フラグなんかなかったよね?


こんな差し迫った危機聞いてないよー!!

 ワルツの後に逃げるか?アレクに側にいてもらう?


 だめだ。良い案が思いつかない!!

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