1-24 転生者だとは大体言えない
その後、なんだかんだと優秀なエドワード王子に助けられつつなんとか5冊分レポートを書き上げた。
「お疲れ様。用があるからフローレンスだけ残ってくれ。」
4人で教務室に提出しに来たところ、ニコラス先生に私だけが残された。
過去に3人、光の魔術師を教えたことがある、という、年齢について疑惑の残る実績を持つニコラス先生なので、光の魔術師としてのリーチェに何か用があるのだろう。
軽い気持ちで頷いた。
「さて。」
3人が教室を出てから、改めて着席を勧められる。
教務室とは言うものの、貴族の学園らしく応接セットのある執務室、という佇まいだ。教員も貴族の次男次女であることが多いので、各家からの寄付だろう。
「最近何かあったか?」
「え?」
思いがけず雑談から入ったため、驚いて変な声が出た。
何かあったかと言われれば、ありすぎて疲れるぐらいだが、そんなこと言えるはずもない。
「生徒会に入りました。」
思春期の娘が父と交わすような会話をしてしまった。
ニコラス先生も思わず吹き出す。綺麗な顔は吹き出しても綺麗だ。
「違う違う。質問が悪かったな。光の魔術を扱う上で何か変化があったか?以前聞いた時には、回復魔術と初歩の攻撃魔術だけ使えると言っていたな。」
「あ、そういうことですか。特に変わらずです。」
「そろそろ回復魔術の上位互換、治癒魔術を使える頃だと思うんだが。」
「......先生、どう違うのでしょうか。」
先生が目を丸くして首を傾げる。赤い瞳が丸くなるとまるでトンボ玉のようだ。
「ちょっと失礼。」
長い指が私のおでこに触れた。瞬間、ぐるんと目の奥で世界が回る感覚に襲われる。もし私の三半規管が弱かったら吐いていたのではないか。先生の指がおでこから離れると、白目をむいてなかったか気になった。
そこは、乙女として。
「......やっぱり。フローレンス、最近記憶の欠如をよく感じるな?」
「はい。」
今度は私が目を丸くする番だ。今ので何がわかったのだろう。
「何かをきっかけに以前見た時と魔力の質が変わっている。光の魔術師はただでさえ大量の魔力を有するから、突然の変化に器としての体が反応したんだろう。昔の教え子にも同じ症状が発現した子がいたからな。」
多分前世を思い出したことがきっかけだ!!
タイミング的に絶対それ!
21年分の前世の記憶を思い出したのだから忘れるのも仕方ないと思っていたけど、魔力の質が変わっていたからだったのか。
「きっかけに心当たりはあるか?」
言って、良いのだろうか。ニコラス先生に。前世を思い出したことがきっかけだと。
「年頃の娘は色々あるだろう。言いにくければそれでも良い。」
年頃の娘はあまり関係無いけれど、言いにくいことは確かだ。この国で転生者、とか転移者という存在を聞いたことが無いからどういう扱いをされるかわからない。
「過去の生徒はどういうきっかけだったんですか?」
「失恋だな。手ひどく振られてその前の記憶がポロポロと。人格まで変わってしまった。変わった後の方が幸せそうだったが。」
それはもしや、悪役令嬢の転生ではないか。断罪後から物語が始まるタイプのやつ。
「......失恋ではないです。が、今のところ思い当たるきっかけは無いですね。」
もし、そのかつての教え子が悪役令嬢転生系の主人公だとして、ニコラス先生に言ってないということは私も言わない方が良いのだろう。
必要に迫られたらその時相談しよう。
「そのきっかけ自体を忘れている可能性もあるしな。気になることがあれば都度相談すると良い。」
頷きつつ、早速疑問に思ったことを聞いてみる。
「その、魔力の質が変わると何か問題がありますか。」
「光の魔術師は付随して様々な種類の魔術を使えることは知っているな。フローレンスが元々使えるはずだった魔術を使えなくなる可能性がある。魔力の質が変われば当然使える魔術も変わるからな。」
これは!今こそ気になっていた私は何の魔術が使えるの?を聞けるチャンスでは?
「私は元々何が使える予定だったのでしょうか?今使える魔術もわかるのですか?」
期待にわくわくしながら聞いてみると、
「さぁ?」
と、軽く肩をすくめて返事をよこした先生に、思わず「さぁ?」と繰り返してしまった。
「フローレンスは、表情が豊かで面白いな。」
楽しげな先生に思わず嫌な顔をしてしまう。
「面白がらないでください。」
さっきまで真面目な話をしていたかと思えば急に笑い出してなんなのだ。情緒不安定か。
「いや、悪い。てきとうに答えたわけじゃないさ。本当にわからないんだ。特に光の魔術は個人の適性によるところが大きいから、発現するまではわからない。」
「そうなんですか。」
「ああ、私の初めて教えた光の魔術師は寝てる間に極大魔術を発現してしまって、起きたら一面何も無くなっていたよ。」
「......それって、被害は。」
「山で私と修行中だったからね。人に被害が無かったのは何よりだ。」
つまりニコラス先生は発現したてとはいえ、光の魔術師の極大魔法を受けても無傷だということだ。
魔術省のお偉い方ともなると、スケールが違う。
「あれから私も成長したし、フローレンスがいつ極大魔術を発現しても大丈夫なように結界を張っているから安心してくれ。」
なんでこんなお偉いさんが学校に?と思っていたけれど、私のお目付け役だったのね。忘れているだけで入学の時に説明があったのかもしれない。
改めてお礼を伝えると、面白そうに目を細められた。
「記憶のことは不便だろうが、新しく覚えるしかないな。フローレンス嬢にとっては幸か不幸か、魔力の質が変わるのと共に、魔力量も格段に増えている。」
幸か不幸か?魔力量が増えるのは良いことではないの?
私の疑問を感じ取ったのか、先生が丁寧に教えてくれる。
「使える魔術が増えるから選択肢が広がることは確かだ。この国の貴族女性が選べる選択肢は少ない。選択肢を増やせることは良いことだろう。ただ、逆に言えば通常の貴族女性が歩む道は選びにくくなるかもしれないな。」
有能だと認められれば自由が得られる。もちろんその自由には対価が求められる。力を持つものは、力を使わないことを許されない、ということだろうか。
「とりあえず、治癒魔術が使えるようになったら教えてくれ。ああ、忘れているんだったか。簡単に言えば魔力や体力を回復するのが回復魔術で、そこに加えて怪我や病気も治すのが治癒魔術だ。」
「それは自分の体もですか?」
「もちろん。」
「この間階段から落ちた時に自分の腰を治しました。」
てっきり回復魔術だと思っていたのだけど、あれは治癒魔術だったのか。
「なるほど、それならそのうち落ち着きそうだな。」
「そういうものですか。」
「ああ。回復魔術は息を吸うようにできるものだが、治癒魔術は意識して行使する魔術だからな。魔力の質が変わっても使いこなせているなら問題ないだろう。記憶が戻る保証はないが。」
さらっと、とんでもないことも一緒に告げられた気がする。
「しばらくは定期的な魔力のチェックをさせてもらう。また来なさい。」
ニコと微笑まれて反射的に頷いた。美人の微笑みはそれだけで圧がある。
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