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1-19勘違いは大体碌なことにならない

今週から火曜と木曜に投稿します。

 学園に入学し、遠くから光の魔術師を見た感想は、「イメージと違う」の一言に尽きる。


 初めて見かけた時は、その妖精のように可憐な容姿に目を奪われ、これが本物かと納得もしたが、観察するにつれて想像していた光の魔術師像から遠ざかっていく。


 端的に言えば落ち着きがない。


 友人であるアーサーの婚約者ローズに飛びついてはじゃれている。ローズも嬉しそうなので問題は無いのだろうが、あの手紙から感じた深慮は伺えない。


 他国の危険を防ごうとする正義感も。

 目的のためには信頼を寄せられているアレクすらもを使う決断力も。

 自分自身の名を決して明かさない慎重さも。


 彼女から感じ取ることはできない。

 むしろローズの方が......いや。これはローズの王妃としての器に対する評価だ。

 ローズの方が手紙の主のような気がするなど。


 友人とはいえ、次期隣国の王妃に対して、いくらなんでも内情を明かして尋ねることはできない。

 それとなく、リーチェ嬢の方に探りを入れてみようか。



「やぁ、光の君。」


「エドワード王子殿下、ごきげんよう。」


 どうやら、ローズの前で無ければそれなりにご令嬢らしい様子だ。

 唐突に私に声をかけられても慌てる様子もなく、自然な挨拶を返された。これは、もしかするかもしれない。


「手紙の件、とても助かったよ。ありがとう。」


「?お手紙とは、何のことでしょうか。」


 不思議そうな目で首を傾げる仕草に、やはり彼女では無いのか、と疑問がもたげる。だが、名前を隠している以上、本人に聞けば否定されるだろう。

 それにしても知らなさそうだが。

 困ったような表情で、僕の言葉をまつリーチェ嬢になんと質問をするか逡巡していると、沈黙に耐えかねたのか、リーチェ嬢の方から口を開いた。


「そういえば、数年前は災難でしたね。もし私の力がご入用でしたらお呼び下されば何処へなりと、お伺い致しますので。」


 何を、とは言わないが数年前であれば、光の魔術師偽証事件のことだろう。このタイミングでこの言葉、彼女がやはり手紙の主か。


「貴女だったんだね。」


 手の甲に口づけを落とす。

 我が国で王族が誰かの手の甲に口づけをする時は、絶対服従の証だ。覆すためには相手の腕を切り落とすか、相手を殺すしか無い。


 そういった誓約がかけられている。


 その重い誓いの意味を彼女は知らないだろうが。それで良い。彼女の負担にならずに恩返しできれば良いのだから。


「貴女が困った時にはいつでも僕が助けるよ。光の君。」


 目をまん丸くした後、赤面し、そうしてから首をかしげた彼女は、やはり手紙の主とはイメージが一致しなくて、笑ってしまった。



「アレク、久しぶり。」


「お久しぶりです、エドワード王子。もう出禁はよろしいんですか?」


「つれないことを言わないでよ。手紙の主がわかったんだ。リーチェ嬢に聞いてね。」


 思わせぶりにアレクを見れば、顔をさっと青ざめた。

 僕が無理矢理聞いたとでも思ったんだろうか。正確にはしっかりと聞いたわけではないけれど、確信を得たのだと、言い直そうとしてアレクの気迫に思わず口を噤む。

 アレクは、剣呑な表情のまま、ガタリと机から立ち上がったかと思うと、走って教室から出て行った。


 何事かと、慌てて僕も追いかける。


 果たして、追いついた先ではアレクがリーチェ嬢の胸ぐらを掴んでいた。


「お前!何であの件をエドワード王子に言ったんだ。ローズ様のためにならないと何故わからない。お前がローズ様を想う気持ちは口だけなのか!!」


 あまりの驚きに目を見開くが、慌ててアレクとリーチェ嬢を引き離す。

 激しく咳き込みながら、涙の滲む目でアレクを睨む。


「あの件って何のことです?アレクサンドラ様。」


「ローズ様に託された手紙のことだ!予言で見たのだろう?」


「本当に何のことかわからないのです。私の光魔術は予言の類ではありません!!」


「え?」


「何だって?」


 待ってくれ。リーチェ嬢は、予言は行わないのか?


「じゃあ先程の力になれることがあれば、というのは?」


「数年前の山火事の件です。お怪我をされている方がいれば、私の回復魔術が役に立つだろう、と。」


 それでは僕は、勘違いで服従の誓いを立ててしまったのか?

 あの誓いは、相手の腕を切り落とすか、殺すかしなくては撤回が叶わない。


 なんということだ。王族が軽率に服従を違うなど、あってはならないのに。

 あまりの衝撃に手が震える。その震える手で、鉱物の剣を生み出す。撤回しなくては。


 唐突に剣を出した僕に、リーチェ嬢も、アレクも目を大きく見開いた。

 王家に伝わる鉱物の魔術。クリスタルの剣を手に持って、せめてもの優しさで微笑んだ。


「リーチェ嬢。ごめんね。少し痛いかもしれないけれど、貴女なら大丈夫。回復魔術が使えるよね。」


 その腕を切り落とさなければ。



✳︎


 ぐっ、と目に力を入れて無理矢理夢から覚醒する。

 はぁ、はぁ、と浅い呼吸を何度か繰り返し、深呼吸を2回した。


 叫ばなかったことを心底褒めたい。


 本当に腕を切り落とされたのか、ローズ様やアレクが守ってくれたのか定かでは無いが危険なことは確かだ。


 そもそもアレクに胸ぐらを掴まれている時点で割と痛いのに、エドワード王子に勘違いで腕を切り落とされるとか何事なの?


 狂いっぷりが母親にそっくりすぎるではないか。

 乙女ゲームルートではまともだった思考が、破滅回避ルートではいきなり狂う理由は何なのか。


 夢には出てこない、描かれていない何かが、あの後彼の身に起こったのだろうか。


 それとも母親の終身刑によって、絶望と共に矯正されるはずだった彼の性格がそのまま出たのがアレなのか。


 何にせよ、初対面で既に手の甲にキスされてしまったのだから、何とかしなければ私の腕が危ない。


 とはいえ、どうすれば良いのかもわからない。まだ夢から覚めて混乱しているし、今までになく差し迫った危機に震えが止まらない。


 今、もしエドワード王子に出会ってしまったら?

 今、この瞬間にもエドワード王子がアレクに接触したら?


 あの展開がスタートしてしまう。


 嫌な想像に、ドッと汗が吹き出した。


 

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