1-16 悪夢は大体長編③
エドワード王子乙女ゲーム編最後です。
それからは、事あるごとに彼女の元へと顔を出した。周りの生徒も初めは何事かと驚いていたが、次第に僕がリーチェの元へ通うことにも慣れていった。
中庭で一緒に日向で暖まっていると、リーチェの髪がキラキラと光り輝く。金の睫毛に彩られたサファイアブルーの瞳も、鳥肌が立つ程美しかった。
「リーチェの瞳は、美しいね。」
「いつもそう言って下さいますね。ひぃおばあ様と同じですか?」
「ううん。きっと、リーチェの方が綺麗だ。」
ほら、と手の平からサファイアを出す。王家に伝わる鉱物の魔術だ。女の子を口説くのに使えるのだ、と言っていた2番目の兄が恋しい。
「このサファイアよりもリーチェの瞳は美しいよ。」
クスクス笑うリーチェは、王子の社交辞令だとしか思っていないのだろう。実際、これは恋心ではなく芸術品を愛でる感覚だ。
それでも、僕と一緒に来てくれたらリーチェは幸せになれるはずだ。
「あら、リーチェさん。ごきげんよう。」
「ローゼリア様、ごきげんよう。」
「僕に挨拶は無いのかい、ローズ。」
「エドワード王子、大変失礼致しました。下品なまでの金色が見えて目が眩んでしまいましたわ。」
少なくとも、艶やかな微笑みで、僕に挨拶しながらリーチェに嫌味を言う、この女が皇后になる国にいるよりは。
「アーサー様といい、エドワード様といい、リーチェさんは王族がお好きなのかしら。」
「私は、そんな、誤解です。」
「そうね、他にも色目を使っている方はたくさんいるものね。」
「やめないか、ローズ。僕とリーチェが仲良くして、君に何か不都合があるかい。」
少しの逡巡の後、ゆっくり瞬きをした。一瞬ルビー色の瞳が燃え上がる様に感じる。
その苛烈さは、皇后には不向きだろうに。アーサーは本当にこの女を皇后にする気か。
「ありませんわね。」
僕とリーチェをくっつけた方が得策とみたか。ローズは馬鹿にする様に鼻で笑った。
「光の魔術師というのはそうも魅力的なのですね。良かったわね、リーチェさん。」
貴女にそれ以外の魅力なんて無いもの。
リーチェにそっと囁いてから、僕に微笑みかけてお辞儀をする。100点満点のお辞儀が薄寒い。
「ねぇ、リーチェ、僕の国においでよ。」
「え?」
顔を上げたリーチェの瞳に光が反射して美しい。
「僕のお嫁さんになってよ。」
「また、エド様はご冗談を。」
「冗談じゃ無いよ。ねぇ、この国にいてリーチェは幸せ?ローズが皇后になったらもっと居づらくなるよ。」
「冗談です。だって、エド様は私のことが好きではないでしょう。」
「好きだよ。君みたいな素敵な女の子、好きにならないわけが無いだろ。」
「そうですか?私はたまに嫌われているのかな、と思っていましたが。」
ニコ、と見透かすように笑うリーチェに思わず言葉を詰まらせる。
「事情がおありなら、お話頂くことで私にできることもあるかもしれません。」
彼女なりに僕の国について調べてくれたのだろう。光の魔術師を渇望する我が国を。
「嫌いでは無い、本当だよ。」
初めは、少し恨む気持ちもあった。リーチェが出現しなければ、僕は母上を幽閉せずに済んだのでは無いかと。
けれど、純粋でまっすぐなリーチェと話しているうちに、すぐにその恨みはお門違いだと気がついた。
「でも、リーチェの言う通り、恋はしていない。」
「ええ。」
「僕の国は、そうだね、たまたま僕が王太子になったんだ。アーサーとは違う。上の3人の優秀な王子がいるはずだった場所に、たまたま、僕が一人でいるんだ。」
続きを促すように頷くリーチェを確認してから、不自然にならないように明るい声を出した。
「リーチェも知っての通り、うちの国は光の魔術師への信奉が熱狂的な国だ。だから、たまたま王太子になった僕でも、リーチェと一緒に帰れば国のために何か出来たと言えるんじゃないかと、そう、思ったんだよ。」
恋に落とすなんて迂遠で不確実な方法では無く、初めからこうすれば良かった。
「リーチェ、僕を助けると思って一緒に来てくれないか。君が望むならどんな地位だって用意する。王妃の地位だって、用意できる。」
僕は、年齢よりも少し幼さの残る可愛らしい顔立ちを自覚している。こうして儚気に頼めば、優しいリーチェはきっと絆されてくれる。
案の定リーチェは迷いを瞳に映して考えるように睫毛を伏せた。揺れている、もう一息だと、口を開こうとした瞬間、意志の宿った目とかち合う。思わず、言葉を飲み込んだ。
「エド様、私はたまたま、貴族になった令嬢で、たまたま、光の魔術師の才を持って生まれました。」
「う、うん。」
リーチェの話がどこに帰結するか分からず、とりあえず相槌を打つ。
「私が生まれてきたことには、この偶然には意味があるかもしれないと思うのです。それは、些細なことかもしれません。どこで役に立つかもわかりません。でも、この光の魔術を持って、この国に生まれてきたことに、意味があるんじゃないかと、そう思うのです。」
「生まれてきた、意味。」
「偶然に、意味がある。」なんて。僕が、たまたま王太子になったことにも意味があるんだろうか。
それが、いずれ兄の糧となることであっても。僕が王太子になることに意味があったのだろうか。
「あ、別に意味が無いならなくても良いんです。でも、何か意味があるのなら、私を育んでくれた領地や国に恩返しをしたいのです。この国が好きですから。」
考えたこともなかった。そんなこと。
「例えば、10年後、20年後、この国でやれることが無くなったら。それとも近い将来エド様が望むなら、ぜひエド様の国に行かせて下さい。私たちは友人なのですから、助けるのに見返りなんていりません。」
そう微笑むリーチェは、太陽の女神のように包容力に溢れ、眩しかった。
ああ、僕は今まで彼女の表層しか見ていなかったんだと、思い知らされる。純粋なだけでは無い、芯が強く真っ直ぐな志にどうして気がつかなかったのか。
リーチェに恋心の無いプロポーズをする前にどうして気がつかなかったのか。
「ねぇ、リーチェ。これからもし僕が貴女を好きになったら、好きだと言ったら、受け入れてくれる?」
「ふふ、考えておきます。」
最後の言葉も冗談に捉えたリーチェに軽くいなされる。胸が少し痛むが仕方がない。考えてくれることを前向きに捉えよう。
「ありがとう。」
リーチェの手をとりキスを落とす。王家に伝わる絶対服従の誓いだ。
一度誓ったら相手が死ぬか、キスを落とした手が無くなるまで破れない。心の底から大切にしたいと思えた相手にだけ贈るキス。
リーチェは意味も重みも知らないだろうけど、それで良い。このキスの重みは僕だけが知っていれば良い。
これから多分どんどんリーチェを好きになる、その未来を想像すると、不思議と悪くない気がした。
読んで頂きありがとうございます。
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先週は間違えて、水曜日に投稿してしまいましたが、
来週も木曜日に投稿致します。