1-12 記憶は大体曖昧なもの
「それでは、お茶会の無事の終了を祝って、乾杯!」
ティーカップを掲げて言えば、ユリナがクスクスと笑った。私がセシル様にコーヒーをかけられたところ、つまり食堂のガーデンテラスに、可愛らしいティーセットと私たちが作った花のババロアが並ぶ。
「それで、どうだった?」
「反応は良かったわ。バークス伯爵家の花なら安心だと殿下も仰っていたし。」
「まぁ、それは光栄ね。」
「あと、ケーキスタンドと蓋のセットにも興味を示されていたから、アレクにもしかしたら話が行くかも。」
「生産ラインをどうするかだな。話が来てから考えるのでは遅いし、父と相談しておくか。」
二人の言葉に頷いて、手元の紅茶に口をつけた。
アールグレイの香りが鼻腔をくすぐり、ほっと一息ついた。ババロアを口に運び爽やかな甘味に舌鼓を打つ。
思った以上にプレッシャーに感じていたのだと、初めて気がついた。
「セシル様は一緒に戻られなかったの?」
「お誘いはしたのだけれど、借りは充分返したはずだ、と素気無く断られたわ。」
「そんなこと言って、ほっとしているんじゃない。」
ユリアの言葉に思わず苦笑いで返した。図星だがそれを言葉にすることはできない。どこでまた、誰が聞き耳を立てているかわからないのだ。
話を変えがてら、ユリナに聞きたかったことを聞いてみた。
「そういえば、殿下が今の生徒会は派閥がバラバラ、と仰っていたんだけど、どういうバランスなの?」
私の言葉に、ユリナとアレクが顔を見合わせる。
「階段から落ちて記憶が曖昧なのよ。」
「もう一度お医者様に診てもらったほうが良いと思うわ。でも、そうね、思い出すまで待ってはいられないものね。」
強く何度か頷くと、そうねぇ、とユリナは難しそうに首を傾げた。
「今、この国は大きく分けて皇帝派、貴族派、中立派の3つの派閥に分かれているのは流石に覚えているわよね。」
「ええ、ユリナのバークス伯爵家は中立派、うちのフローレンス伯爵家は皇帝派、よね。」
「安心したわ。」
ニコと笑って、紅茶に口をつける。
ローズ様のシャルル侯爵家は皇帝派で、ジルバート様のノースモンド公爵家は、シャルル侯爵家の政敵なので貴族派。それはわかるのだけど、
「ライオネル様の、ノートリアム伯爵家は貴族派よね、どうして宰相をされているの?」
皇帝の力を強めたいはずなのに、腹心の部下に貴族派を置くというのは解せない。
「んん、中立派のユリナ嬢は言いにくいだろうから、外国人の俺が説明してやる。というか俺が知っていて、お前が忘れているのがおかしいんだからな。」
アレクが咳払いをしながら、呆れたようにこちらを見た。
「先帝と皇帝陛下の関係は知っているな。」
「ご兄弟よね、先帝が亡くなられて後継がいらっしゃらなかったから、皇帝陛下が継がれたと。」
「表向きはな。実際は先帝の独裁政治に危機感を抱いた皇帝が、皇位を簒奪した、というのが実情だ。」
驚きに目を丸くする。そんな描写、乙女ゲームルートにも、破滅回避ルートにも無かった。親の代の話だからか?完結していないからわからないが、クライマックスに描かれる話だったとか?
「その簒奪の際に支援をしたのが、ノースモンド公爵家。皇后陛下のご実家だ。つまり貴族派。しかも現宰相の妹君が、ノースモンド公爵の奥様にあたる。」
今の政治バランスは皇后を輩出し、宰相家とも姻戚にあるノースモンド公爵家ということね。
なるほど、陰険眼鏡のライオネル様が私にあんな態度なのも自分の方が上だという自負があってのことかしら。それだけじゃ無い気もするけれど。
「今の皇帝陛下を支援したのが貴族派ということよね。皇帝派じゃなく?」
「もちろん。皇位簒奪前は先帝が皇帝なんだから、皇帝派は先帝側だった。ただ、先帝の独裁政治に首を傾げていたのは皇帝派も同じだ。当時は皇帝派の中でも王弟派と先帝派で二分していた。皇帝派の中で王弟を立てようとしている間に貴族派に出し抜かれたんだろう。」
「今の皇帝派はつまり、先帝派ってこと?」
「いや、今の皇帝陛下が即位されてから王弟派が力をつけたから、皇帝派は正しく皇帝派だよ。だからこそのローズ様と殿下の婚約だ。」
「ここでどうしてローズ様が出てくるのよ。」
唐突な名前に面食らうと、アレクはローズ様を取り巻く環境を詳しく説明してくれた。
「貴族派の勢力が強くなりすぎないよう、皇帝派から皇后を輩出しようとするのが妥当だろう。」
「普通なら、皇帝派の台頭を貴族派は許さないわよね。」
純粋な疑問に首を傾げると、「覚えてないのに頭は回るんだな。」と、おかしそうに笑われた。
「先の皇后はシャルル侯爵の妹、ローズ様から見て叔母にあたる。シャルル家の奥様は宰相閣下の奥様と姉妹だからな。貴族派とも少なからず縁がある。血縁も家門もちょうどいいだろ。」
宰相家は自分のところから両陣営に姻戚を結んでいるのね。表向きは貴族派だけどかなりしたたかね。
「でも、公爵家にも令嬢がいらしたわよね。公爵様は娘を皇后にしたいのではないの?」
「ああ、ご令嬢は俺たちと同じ学年だったな。実際に、公爵は娘をせめて皇妃に、と動いているようだ。ただ、ローズ様の母君は貴族派だから、派閥内ではそちらを推す声もある。最大勢力とは言っても一枚岩では無いさ。」
わかったような、わからないような話に首を傾げつつ、大事なことだけはもう一度確認しておく。
「つまり、今の生徒会には皇后の座を奪い合う、公爵家と侯爵家の子息令嬢がいるってことね。」
「味方の派閥もそれぞれな。」
「政治の縮図みたいね。」
「皇太子殿下の周りはいつだってそうだろう。」
ごもっともだと頷く。彼こそが政治の中心なのだから。
それにしても、ローズ様の婚約に纏わる政治的な事情も、小説では何も説明されていなかった。
小説以上にディティールのしっかりした世界。もしかしたら前世の方が夢だったのでは無いかと不安になる。
一方で、前世を思い出してからリーチェとしての古い記憶が少しずつ、曖昧になっている気がする。
昔の記憶は薄れていくものだと言われればそれまでだけど。
一息ついてティーカップに手をかけると、ふと影が落ちた。背後に人が立つ気配を感じる。
「興味深い話をしているね。」
「エドワード王子!」
アレクの声に驚いて顔を上げれば、ストロベリーブロンドの髪に、アメジストの瞳を持つ美少年が立っていた。
メリークリスマス!
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