1-11 宰相キャラは大体眼鏡
先週は飛ばしてしまい、申し訳ないです!
曜日感覚がふわふわする季節ですね。
お茶会当日。私は東屋へと続く薔薇のアーチの前に仁王立ちしていた。
後ろにはセシル様がガラスのケーキスタンドを手に、不服そうな顔で立っている。
「生徒会の中にいるお姉様を見られるのですから、役得でしょう。」
「リーチェ嬢にお姉様と呼ばれる筋合いはない。」
全く。本当に悪いと思っているのか甚だ怪しいが、今回手伝ってくれたら許す、と条件を出したのはこちらなので、はいはい、と受け流した。人目がなくてもお前、と呼ばなくなっただけ進歩か。
薔薇のアーチをくぐった先には、見目麗しい生徒会役員の方々がテーブルを囲んでいた。破滅回避ルートでも乙女ゲームルートでもこの描写は無かったので、どういう反応が来るかわからず緊張する。
「ようこそ、リーチェ!......あら?セシル?」
立ち上がって出迎えてくれたローズ様が私の後ろに立つセシル様を見て首を傾げる。
「ありがとうございます。ローズ様。今回お待ちしたお菓子にちょっとした工夫を行いました。セシル様にはそのお手伝いでこちらまで来ていただいたのです。」
緑の髪の眼鏡の男性が、何かを言おうとしたのをアーサー殿下が手を振って止めた。
「話は聞いている。フローレンス伯爵令嬢がどのような趣向を凝らすのか、楽しみにしていたよ。」
感情の読めない笑顔の殿下に、淑女の礼をとる。大丈夫だ、昨日スイーツ好きのユウナに太鼓判を貰ったのだから。
「まずはこちらをご覧ください。」
セシル様がガラスのケーキスタンドをテーブルの上に置き、上から被せられた同じくガラスの蓋の取手に手をかける。
ガラスの中では煙が充満しており、中に何が入っているか見えない仕様となっている。
「煙......か。」
「こちらは、私から皆様へ、このような場を設けて頂いた感謝の気持ちと、お近づきの印にご用意させて頂いたものです。」
私のお辞儀とともにセシル様が蓋を開ける。瞬間ドライアイスのような煙がスッと外へ逃げていき、花が中に入ったドーナツ型のババロアが現れた。下はババロア、上をゼリーに。透明のゼリーの中には花畑をイメージした色鮮やかな花々を並べた。前世で流行っていたお菓子だ。
「エディブルフラワー。」
小さく、ローズ様が呟いたのを聞こえなかったフリをする。前世ではエディブルフラワーと呼ばれているそれは、スイーツやフレンチに活用されている食用花だ。
この世界ではまだ流通していないが、存在はあるようで、ユリナも大した魔力は必要無く生成できると言っていた。
「これは、花か?」
「花のババロアでございます、殿下。花の魔術師のバークス伯爵令嬢、ユリナ様にご協力頂き、食べられる花を出して頂きました。」
「バークス家の令嬢が出したものなら、食べられるのだろうね。先程の煙にも意味があるのかな?」
「ええ、単純に演出という側面もございますが、ババロアは冷えた状態が一番美味しいかと思いましたので、セシル様にお願いして冷気の煙を作って頂きました。それに、ギリギリまで中が見えない方が楽しいではないですか。」
この世界にはドライアイスが無かったから、
「このガラスの中に薄い雲を作って下さい。」
と、お願いした。我ながら無茶振りだったとは思うけど、2晩で完成させたのだから性格はともかく、実力は確かなのだろう。
「セシル、凄いのね、こんなこともできるなんて。」
まるでドライアイスのような煙に対して、ローズ様の反応が気になったが、純粋にセシル様を褒め称えている。その後も、既に興味はババロアに移っているようで、夢中に眺める姿にホッとした。周囲もそんなローズ様の様子に和んでおり、お披露目は成功したようだ。
「冷気をそのままに保つ煙とは面白いな。この演出は誰もができれば今後も流行りそうだ。このガラスの蓋も、中の煙が見えると言うのは良い演出だな。」
「そちらの器は、本日のためにマクトゥム家のアレクサンドラ様にお願い致しました。」
「アレクか。彼なら良い仕事をするだろうね。」
セドリック様の言葉に微笑んで返す。私一人でできたことではないのでユリナの名前もアレクの名前も伝えた。後で改めてお疲れ会をしなくては。セシル様は呼んでも来ないかもしれないが。
さて、と殿下が立ち上がり、セシル様に目配せをする。セシル様が蓋を持ったまま一礼してその場を去った。この目配せだけで察することができるとは、付き合いが長いのかしら?それとも高位貴族の必須技能?
「こちらから挨拶する前に、我々の方がもてなされてしまったが、今日は歓迎会だ。これから生徒会の一員として、ぜひ宜しく頼む。早速だが他の生徒会役員を紹介しよう。」
殿下がセドリック様に視線を送ると、セドリック様が立ち上がってその場で一礼された。私も淑女の礼で返す。
「生徒会相談役のセドリック、もう顔は合わせているね。」
「先日は失礼した。これから宜しく頼む。」
「こちらこそ、宜しくお願い致します。」
「副会長の、ローズは大丈夫だね、もう一人がジルバートだ。」
「ジルバート・ドゥ・ノースモンドだ。困ったことがあれば言ってくれ。」
黒髪碧眼の背の高い男性は、アレクの夢で見たローズ様の政敵、ノースモンド公爵家の跡取りだろう。
どんなキャラクターだったか全然思い出せない。
「宜しくお願い致します。ジルバート様。」
「ジルで良い。堅苦しいのは苦手なんだ。」
「ありがとうございます、ジル様。」
少なくともノースモンド公爵閣下とは全然違うキャラクターのようだ。既にローズ様に攻略はされているのかしら?
「会計のライオネルだ。彼は私の乳兄弟でね、宰相の息子でもある、唯一の3学年だよ。」
「ライオネル・フォン・ノートリアムだ。マクトゥム商会、バークス伯爵家と随分人脈が華やかなようだ。その人脈を生徒会のために使ってくれることを期待しているよ。」
緑の髪に緑の瞳、とジル様と打って変わってファンタジーらしい髪色だが、実際攻略対象の一人だ。
ノートリアム伯爵家の長男、作中唯一の眼鏡で、緑髪と外見特徴盛り盛りの、知的キャラ。皇太子殿下の幼馴染でもあり、信頼厚い片腕的存在として描かれていた。
この回避エピソードにおいて、最もリーチェに厳しい人でもある。小姑のように、嫌味、いじめ、仕事の押し付けをしてくるキャラクターで、リーチェが唯一嫌ったキャラでもあった。ローズ様の一つ上、3学年であるため早々に相談役になり、顔を合わせる機会は少ないが、とにかく陰険なイメージが強い。
何故だか全くわからないが、嫌われていたことだけは覚えていたので慌てて警戒心をマックスまであげる。
具体的な関連エピソードをまだ思い出せていないので、セシル様の時以上に動向が読めない。
先程の言葉も裏の意味があるだろう。さしずめ、一人では何も出来ないのか、と言うところだろうか。もっとキツい意味ならお前自身には何も期待していない、とかになってくるけれど。
「ありがとうございます。まだ入学したばかりではありますが、幸いにも学友に恵まれました。生徒会でもお優しい先輩方にお会いできて嬉しいです。今後とも宜しくお願い致します。」
人脈も実力のうち、意地悪言うなんて大人気ないですよ。まぁ、私に対した実力が無いのは事実だけど。
「ライオネル、年下の女の子を威圧するなよ。」
セドリック様が苦笑しながらライオネル様に声をかける。
「威圧なんて、私は至って友好的ですよ。」
黒い笑みを浮かべながら、私に同意を求める。嫌悪を隠そうともしない姿勢に、舐められているな、と感じた。同じ家格の家で舐められる理由は無いはずだが。
「その辺にしておけ。リーチェ、もう一人の相談役は今隣国に短期留学をしているんだ。夏休み明けにはもどってくるだろうから、その時に改めて紹介させてもらうよ。」
殿下が立ち上がって言葉を続ける。
「さて、最後に、僕が生徒会長のアーサーだ。この生徒会には派閥も家格もバラバラの7人が学園を運営するために集まってもらっている。身分や派閥の垣根を越えた関係を築けるよう、改めてよろしく頼む。」
全員に向けて言葉を伝えた後、改めて私に向かって微笑んだ。
「これからよろしく、ようこそ生徒会へ。リーチェ・フォン・フローレンス。」
この国の次期トップからの直々のお声がけに、私も粛々と淑女の礼をとってお応えした。
正直、この生徒会メンバーの派閥が全然わからなくて、後でユリナに聞こうと思ったことは微塵も顔に出さなかった。
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