閑話 は大体サブキャラの独白〜大和撫子は微笑む〜
ごきげんよう、ユリナ・フォン・バークスです。
明後日に生徒会のお茶会を控えた友人、リーチェのお手伝いで、今私は学内の調理室にいます。
1週間以上前に、学年を超えて噂になったセシル様コーヒー事件。どちらがコーヒーをかけたのか、が良識派とセシル様ファンの間で争点になるポイントだったのだけれど、今週に入って毎日、謝るために中等部校舎から高等部校舎に来ている姿を見て、リーチェが優勢に傾いている今日この頃。
もうしばらく許さないのかしらね、と昨日の昼には思っていたのだけれど。びっくり。不平不満たっぷりの顔を隠そうともしないセシル様の手を引いて、リーチェが調理室に入ってきた。
「ごきげんよう、セシル様。」
派閥は違うが高位貴族、慌てて膝を折った。
「ああ、ユリナ嬢もいたのか。おい、そろそろ手を離せ。」
「手を離したら逃げませんか?」
「誰が......くそっ、逃げないから離せ。」
一瞬激昂しかかるも、頭を振って気持ちを落ち着かせる。リーチェも思った以上に遠慮なく煽るので、パチクリと目を丸くしてしまった。
リーチェが手を離すと、華奢な少年らしい腕をさすりながら、「バカ力女め。」と悪態をついている。
ファンの方々は、セシル様のどこが良いのかしら、と純粋に首を傾げてしまう。少年らしい華奢さが良いのかしらね?高等部までこのままだったらただの痛い人だけれど。
「おい、リーチェここで良かったか。」
大商家のご子息、クラスメイトのアレクサンドラ様も何かを抱えてひょっこりと顔を出した。この場にセシル様がいることにギョッとする。
お昼に言っていたツテはこの二人のことだったのね。
正しく手伝ってくれるなら、確かに色んな意味で頼りになりそうな二人ではあるかしら。
「さて皆さん、お集まりありがとうございます。今日は明後日のお茶会に向けて、手をお借りしたくて声をかけさせて頂きました。」
お昼にある程度の概要を聞いている私と違い、セシル様とアレクサンドラ様は初耳だったのだろう、驚きにその言葉通り目を丸くした。
「はぁ?なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだ。」
「セシル様、ローズ様からはなんと言われましたか?出来るだけ多くの人の前で謝罪するよう言われませんでしたか?」
「なぜそれを......。」
「手伝って頂けるならお茶会の翌日昼休み。私は教室に残りますがいかがですか。」
「卑怯だぞ。」
悔しそうに奥歯を噛み締めた後、吐き捨てるようにそういう。
「何を仰っているのかわかりませんが、手伝って頂けないのなら、私がセシル様とお顔を合わせるのはここが最後になるでしょうね。」
今後逃げ続けるとすまし顔で宣言する。セシル様は盛大に顔をしかめながら、しかし帰ろうとしないということは、渋々ながら協力することにしたのだろう。
「俺が特に手伝えることは無いと思うけど。」
恐る恐る手を挙げて、アレクサンドラ様がセシル様を気にしながらそう言った。
「いえ、アレクにはとても重要な役割があるのよ。勿論タダとは言わないわ。」
「見返りがあると?」
「まずは、私の構想を見て頂戴。」
調理室の黒板にリーチェが何やら絵を描いていく。
「私はババロアを作ろうと思うの。」
「ババロア?特に珍しくも無いわよね?少し前に流行ったようだけど、今は庶民のカフェでも出されるお菓子だし。」
私のお菓子感度には全く引っかかってこない。幼少期からあるお菓子だし、今更出すようなものではない。もちろんパティシエが作ったババロアは美味しいけれど、作るのはリーチェだし。
「そこでこれ。」
コツコツと黒板をたたくリーチェの視線の先を追えば、ドーナツ型の大きな何かの中に花の絵が書いてある。
「下を白いババロア、上をゼリーにして2層のホールケーキサイズのババロアを作るの。形はドーナツ型にすれば、切りわけても形が崩れにくいと思うわ。そして、上のゼリーの部分に食用花、食べられる花を入れる。なるべく赤や黄色のような色鮮やかなものが良いわ。」
「それは新しいわね。お菓子の中に花が入っている、という発想は無かったわ。」
食べられる花、というのは聞いたことがあるから多分出すことができる。私が頼まれるのは多分その部分だろう。
「斬新で新しいと思うが、それが俺にどんなメリットがあるんだ。」
そうね。お菓子がいくら画期的でも食用花を使う以上現段階では私の魔術が必要不可欠。アイディアとしても商用にするのは難しいわ。長期的視点で見れば、私に花の種を出してもらって自家栽培するのもありだけど、リーチェは多分、私ありきの話をメリットとしてはあげないでしょう。
「アレクにメリットがあるのはここからよ。」
あら、アレクなんて呼ぶほどに仲良くなっていたのね。女性と一定の距離をとるアレクサンドラ様が珍しい。
「もちろんお菓子は斬新で、真新しく、見目麗しい。特にローズ様が喜んでくれるだろうし、夜会でも通用する。けれど初見で『食べ慣れたババロアだ』と、がっかりとされてしまったら終わりでしょう。だから演出が大切になると思うのよ。」
「ババロアの中にゼリーと花があること自体が演出じゃないのか。」
「それは演出じゃなくて、『新しいお菓子』として捉えてもらいたいわ。演出は、セシル様にお手伝い頂くの。」
我関せずで興味なさそうにしていたセシル様が、突然名前を呼ばれて顔をあげる。
「セシル様、氷の煙を出すことはできますか?」
「氷の煙ぃ?煙は火で起こすものだろう。」
「雲を作るイメージですが、このガラスの蓋の中に雲を作って欲しいんです。」
「あれは距離が遠くてでかいから雲なのであって、近くで見てもただの浮遊した水ないしは氷だぞ。」
「それを、この距離で見ても雲になるようにして欲しいんです。」
「......無茶を言っているのはわかっているな。」
「セシル様には無茶じゃないでしょう。」
セシル様は面白そうに綺麗な顔を歪めた。
「ふん。何がわかる、と言いたいところだが、確かに僕には無茶ではない。人を見る目はあるようだな。」
「ええ。優秀な氷の魔術師としての貴方に期待しております。」
耳が少し赤くなる。こういう褒められ方は慣れておられないのだろう。優秀な兄と姉のいる、大貴族の跡取り息子。なるほど、こう誉めれば効くのね。
リーチェは天然かしら?計算かしら?
「セシル様が完成させて下さる氷の煙をどう使うか、が演出なのよ。」
そこで、これ。と、出されたのはアレクサンドラ様が持ってきていた包み。中を開けるとガラスのケーキスタンドと蓋が付いていた。
「ケーキスタンドは保存する物だと思うけど、今回はこの中にババロアと氷の煙をとじこめ、ギリギリまで何が入っているかわからないようにするの。」
「確かに、蓋を開けた瞬間華やかなお菓子が出てきたら驚くわね。」
「嬉しい驚きが演出には大切なの。さらに、氷の煙は水分だからゼリーに反射してより美しく見えたら良いな、とも考えているわ。これはやってみないとわからないけど。」
「あなたがこんなにもアイディアマンだなんて知らなかったわ。演出もお菓子も素敵。女性の多いお茶会ならすぐにでも話題になるわよ。」
「俺へのメリットがまだ見えてこないんだが。いやまぁ、無理してメリットを出さなくても、友達だし、別にメリットなく手伝うぞ。」
アレクサンドラ様の印象が違いすぎて目を丸くしてしまう。元々親しいわけでは無いけれど、こんなに親しみやすい方だったかしら。二人に何があったのか、またリーチェを問い詰めないとね。
「確かに、今回は氷の煙なので、こちらもセシル様がいないとメリットと呼ぶには難しいとは思うのだけど、普通の煙であればある程度の技能が有れば火の魔術師には出せるわよね。」
「なるほど、普通の料理で活用するのか。となるとパーティーではなく個人的な客をもてなす時の晩餐会用だな。」
「ええ。煙がどれぐらい持つのか、とかは各料理人に研究してもらいたいけど。このアイディアはアレクが好きに使ってくれて良いわ。」
「それは、生徒会のお茶会でフローレンス伯爵令嬢が使った、と言っていいのか?」
「もちろん。でも、アレクの手柄にしても良いのよ。」
「いや、そこは友人としてリーチェの名誉を優先する。それに、リーチェがこれから活躍してくれればブランディングになるしな。」
嫌そうな顔を隠しもせずに肩をすくめる様は、到底貴族令嬢には見えなかったけれど、不思議と違和感なく彼女に馴染んだ。アレクサンドラ様も可笑しそうにクスクス笑う。
「本題よ。アレクに頼みたいのはケーキスタンドとガラスの蓋の手配、生徒会のお茶会に相応しいものを頼むわ。あと、ババロアとゼリーのレシピと材料を用意して頂戴。」
「いや、思った以上に全部俺だな。」
ポンポンとアレクの肩を叩いて、「頼んだわよ。」という姿はやっぱり貴族令嬢らしくないけれど、楽しくて私も思わず笑ってしまった。
それからすぐにレシピと材料を用意したアレクサンドラ様と一緒に、ババロアを完成させたのは前日の夜だったし、氷の煙を完成させたセシル様とリーチェがハイタッチしていたのは当日の朝だった。
リーチェといると退屈しなさそう、と思った私の嗅覚は正しかったみたい。
読んで頂きありがとうございます。
次回も木曜日に更新します。