1-10 前世のお菓子は大体今世で絶賛される
ぽかぽか陽気に微睡ながら、芝生の上で一人ピクニックをしている。さすが貴族の学園、たかがサンドウィッチ、されどサンドウィッチ。くるみが練りこまれたパンにレタスとローストビーフが挟まれ、バルサミコ酢のソースが食欲を掻き立てる。粒マスタードも良いアクセントだ。前世では中々口にする機会のなかった高級サンドウィッチに夢中でかぶり付く。
「こんなところにいたの?」
クラスメイトのユリナ・フォン・バークス伯爵令嬢に上から声をかけられた。黒髪のハーフアップに、目元の泣き黒子が色っぽい。現代日本なら大和撫子と言われそうな、楚々としたご令嬢だ。
「暖かくて良いところよ。」
「今をトキメク人が寂しいものね。」
「嫌味かしら。」
肩を竦めて、私の隣に腰を下ろす。あのテラスの一件から、彼女は何故か親しげに私に声をかけてくるようになった変わり者の一人だ。
大半の生徒は出所不明の噂から、私がセシル様にコーヒーをかけたのだと誤解しているため遠巻きにしてきる。ユリナはバッチリ内容も聞こえていたらしく、面白がって何かと声をかけてくるようになった。
同じ伯爵令嬢というのもまた、気安い原因の一つだろう。小説内では、リーチェに特に親しい友達がいるようには見えなかったが。
「セシル様って中等部のカリスマなんて言われているからね。進んで不興を買いに行くなんてすごい度胸よ。」
「そうなの?やっぱり不味かったかしら。変な噂も立てられるしね。」
そう口にしつつも、あまり後悔はしていない。セドリック様にアイコンタクトで許可は得たし、人の噂も75日。ローズ様もなんとかしてくれるって言ってたし。
なによりもあれだけキツく叱れば私とセシル様のフラグも折れたことだろう。危険回避のためなら多少の不名誉は甘んじて受けようと思う。
「あの噂も、最近のセシル様の様子を見て、変わってきているから、大丈夫じゃないかしら。」
「それならよかった。」
「良くないわよ。わかってるでしょ。」
話を流そうとする私に、流させないユリナ。
「何のことだか。」
「逃げたって解決しないわよ?セシル様の眉間の皺、日に日に深くなっているんだから。」
「そうねぇ。」
ローズ様の謝らせる宣言から、次の日にはお昼休みにわざわざ中等部から、私の教室まで来て、廊下で私を待っているのだ。おかげで私はこうして昼休みが終わるまで隠れている。
「謝罪しに来ている顔では無いのよね。」
「もう3日も避けているわけだから、険しくもなるわよ。」
「セシル様の味方なの?」
じとりと見つめるも、肯定も否定もせず微笑むだけだ。ユリナの言う通り、避けている私が悪いのはわかっているが、謝られても許す気は無いのだ。大好きなお姉様に言われて無理矢理謝られたってなんの価値もない。
「早く諦めてくれないかなぁ。」
「まぁ。貴女がセシル様にコーヒーをかけた、という事実と逆の噂を、恥を忍んで訂正しに来てくれているんだから、さっさと受けてしまえばいいのに。」
理解できない、と肩をすくめるユリナが正しいのはわかっている。合理的な考え方だ。それでも、気持ちは中々追いつかない。
あとは、まだ少し怖いのかもしれない。自分よりも上の立場の存在から、あのあからさまな悪意を向けられることが。
黙ってしまった私を見て、ユリナはまた面白そうに微笑んでから話題を変えた。
「そういえば生徒会のお茶会は明後日よね。お茶菓子は何を準備したの?」
「え?お茶菓子?」
先週のランチの時にローズ様が仰っていた生徒会のお茶会は、月に一度の定例会も兼ねた生徒会役員だけのお茶会と聞いている。普段顔を出さない、生徒会相談役や顧問の先生との情報共有も兼ねているとか。新任の生徒会役員つまり私、リーチェは最初のお茶会でのご挨拶以降から、正式に生徒会役員に認められると聞いている。
ただ、そこに何か用意していかないと行けないとは聞いたことがない。
「知らないの?」
「階段から落ちて、少し記憶が曖昧な時があるの。」
苦し紛れにそう言ってみれば、驚きに見開いた目を戻して、納得したように肯いた。
「生徒会のお茶会は新しい役員が来た時だけ歓迎の意味を込めてメンバー全員がお茶菓子を用意するのよ。新しい役員も感謝の気持ちとこれからよろしくお願いします、という意図で用意するのが慣例になっているわ。」
「......参考までに、他の方はどんなお菓子をご用意されたのかしら。」
「昨年は、アーサー殿下は宮廷パティシエに、一番のお気に入りだというザッハトルテを。ジルバート様は甘いものがお好きでないようで、スコーンを。ローゼリア様はアイスクリームというとても新しいドルチェを考案されたと伺っているわ。」
「アイスクリーム。」
あ、なんか思い出せそうかも。リーチェにこのエピソードはなかったけど、ローズ様は生徒会の挨拶でアイスを作っていく、というエピソードがあった気がする。
「セシル様が氷の魔術に優秀でいらっしゃるから作れた物らしいわ。今、氷の魔術属性のパティシエ達は真似しようと試行錯誤しているのですって。教えを乞うにも侯爵令嬢にはお声がけできないものね。私も一度でいいから食べてみたいわ。」
今までに無く熱弁する様子に、ユリナが甘いもの好きだと言うことは何となく察した。
しかし、アイスクリームとは。やっぱり前世のお菓子を作るのね。小説内でもローズ様はお菓子作りを趣味にされていたし。
私はバレンタインぐらいしかお菓子を作ったことはないし、当然、年に一度しか作らないから作り方も覚えていない。かと言って明後日までに実家のパティシエを呼ぶことは物理的に不可能だ。こちらにパティシエのツテもない。
得意でもないのにごくごく普通のお菓子を自分で作るなんて、そんな失礼なことは無いし。どうしたものか。
「うちのパティシエもすぐに呼べる距離では無いしね。」
頬に手を当てて眉尻を下げる姿に、その気持ちだけで嬉しいと伝えて、ついでにもしユリナだったらなにを用意していたか聞いてみた。
「そうねぇ。張り合うわけではないけど、同じ女性としてローズ様にあまりに劣るのも問題でしょう。ただ、味では宮廷パティシエに、物珍しさではローズ様には敵わないでしょうから。演出を工夫するかしら。」
「演出?」
「そう、最近だとショコラフォンデュ?というのが王都では人気だそうね。シャルル家の夜会でも振る舞われたとか。来年の社交界デビューが楽しみで楽しみで!......コホン。私の場合だと花の魔術を扱うから、それを使って演出するかしらね。ただのクッキーとかケーキを用意しても良いけれど、どうせなら力量を示しておきたいでしょう。」
お菓子が好きで、それを楽しみに社交界に繰り出す伯爵令嬢。これはこれで彼女が主人公の物語ができそうだなぁ。現実逃避を挟みつつも、演出、という案にピン、と来るものがある。
「花の魔術って例えばどんなことができるの?」
「そうねぇ。」
パチン、と親指の人差し指を鳴らすと何も無い空間から色とりどりの花が降ってくる。
「わー!すごい!綺麗!」
「ふふ、後は咲いている花を長持ちさせたり、元気にしたり、枯らしたり、花に関することならなんでも。こうやって花を出すこともできるわ。」
グッと掌を握ったかと思えば、まるでマジシャンのように一輪のバラの花を私に差し出した。大和撫子なご令嬢が花の魔術を使えるって、こちらの方がよっぽどヒロインらしいな。
「素敵な魔術ね!例えばなんだけど、ユリナが見た事のない花を出すこともできるの?」
「通常より魔力を多く使えばできるわ。ただ、どこかに存在するもので無ければ無理よ。世界樹の種、みたいな世界に一つとされる物も概念に干渉しなくてはならないから私の魔力量では無理ね。」
花の魔術はバークス伯爵家に伝わる魔術であるので、解析は詳しく進んでいるのだろう。頷きながらこれまた、お菓子に使えそうだとひらめきが降りてきた。
「ユリナ、お願いがあるんだけど......。」
「私にできることであれば。代わりに私のお願いも聞いてもらうけど。」
「......ローズ様のアイスをお願いしてみましょう。」
「なんでも頼んでちょうだい。」
ニコニコと花が溢れんばかりの笑顔で上機嫌に答える。まぁ、ローズ様なら快く引き受けてくれそうだけど。
「今日と明日の放課後に時間を頂戴!作りたいお菓子があるの!」
「お菓子作れたのね。」
「そこは、心当たりが一つあるのよ。」
私は全く作らないのだけど、多分「彼」なら作り方を知っていると思うのよね。あとは、あまり関わりたくないけど、背に腹は変えられない。これを手伝ってくれるなら彼のことも許すことにしようかしら。
あれこれ考えを巡らせていると、呆れたようにユリナが笑う。
「忙しそうだし、調理室の予約は私がとっておいてあげましょう。味見、楽しみにしてるわ。」
「ありがとう。」
調理室について考えがすっかり抜け落ちていたのでありがたい。心の中で拝みながら、微笑んでお礼を伝えた。
手伝ってくれる彼女のためにも明後日のお茶会を成功させなければ。
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来週も木曜日の夜ぐらいに投稿します。