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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お邪魔虫?

作者: むにむに

 

「藤原って日比野の兄ちゃんが目当てっぽいんだよな」


 日誌を担任に提出して廊下を歩いていた哲也は、自分のクラスとは違う教室から聞こえて来た声に足が止まった。


「兄ちゃんって…男…?」

「そうそう、ビビるだろ?」

「え、日比野ってあのいつも藤原と一緒に居る地味な奴だろ?兄ちゃんも地味顔なの?」

「いや、俺あいつらと同じマンションなんだけど、あいつの兄貴は可愛いっつうか、綺麗…?」

「って事は…?」

「そこら辺の女子より美人」

「「おお〜!!」」

「え、なに?聞いたの?」

「マンションの廊下2人で歩いてる所見たんだけどさ、藤原が見た事ない笑顔で笑ってたんだよ」

「あー、確かに藤原って笑わないよな」

「そう言えば笑ってんの見た事ない」

「日比野と居る時とは別人みたいだったから、あれはデキてるかもな」

「マジかー!」

「そんなに綺麗なにーちゃんなら見てみたいな」

「日比野と全然似てないぜ」

「あいつふっつーだもんな」

「お前が言うかよ」


 教室の中は笑い声が響いている。

 哲也は冷たくなっていく指先を握り締め、足音を立てずにそっとその場を立ち去った。

 あの場に乗り込んでそんな事は無いと否定出来る程透の気持ちを理解している自信が無かったし、哲也にはそんな度胸も無かった。



「日比野、お帰り」

「…お待たせ、藤原」


 窓際の席に座っていた透は哲也が教室に入ると2人分の鞄を手に哲也の元に歩き出す。


「ありがと」

「ん」


 哲也は透から鞄を受け取ると2人並んで廊下を静かに歩き出す。


 あんな話を聞いた後だからでは無く、2人はいつもこんな風に大体無言が多い。

 中学入学前に日比野家の隣に越して来た藤原家には1人息子の透が居て日比野家には2人の兄弟、葉月と哲也が居た。

 透と哲也は同い年で、4月から同じ公立の中学に入学しそのまま3年間同じクラスとなり高校も一緒の高校へ進んだ。

 葉月は中学から県外の私立の中高一貫の学校へ通っていて、帰宅すると3人で過ごすのが常だった。

 藤原家は共働きで出張も多く帰りも遅くなる。

 引越しの挨拶早々に母親同士は仲良くなり、哲也の母が透の夕食を引き受けて以降、毎晩日比谷家で食卓を共にしている。


 哲也は隣を歩く透を横目に見る。

 哲也より頭ひとつ分背が高く、成績は優秀な上にテレビで見るアイドルやイケメン俳優なんかになれそうな容姿で週1ペースで告白されている。

 対する自分は見た目も成績も平凡そのものだった。

 先程別のクラスの生徒に言われていたが、両親の良いとこ取りをした容姿をしているのが一つ上の兄、葉月だった。葉月と哲也が並んでいても兄弟だと思われた事は一度も無い。別に自分の容姿にコンプレックスは無かったが、先程言われた事が頭にこびりついて離れなかった。




「お帰り」

「ただいま」

「お邪魔します」


 特に会話も無く帰宅した哲也の自宅には既に葉月が帰宅していて、穏やかな微笑みで透と哲也をリビングで迎えた。



「透、そこにアイテムあるよ」

「ほんとだ、サンキュー葉月さん」


 リビングのテレビで透と葉月はゲームをしている。課題をやったりしながら2人のゲーム画面を眺めるのが哲也。

 活発で習い事をいくつもしている母親が帰るのは大体夕方で、母が帰宅してからは晩ご飯を一緒に食べ、その後は一緒にテレビを見る事もあれば父親が遅くなる時は葉月と透はまたゲームの続きをして透はそれを眺めたりたり…というのが中学の頃から変わらない哲也の日常だった。


 携帯を弄る振りをしながらソファーの上からラグの上でゲームに興じる葉月と透を見る。


 あんな事を聞くまで気付きもしなかった。


 確かに、透は自分と居る時より葉月が居る時の方が良く喋るし笑う、何よりリラックスしている雰囲気がある。


 …ずっと一緒に居たのに気付かないなんてどれだけ僕は鈍感なんだろう。


 もしかして無理して自分と居るのでは無いだろうか?

 よくよく考えたら、学校以外で2人で出掛ける事なんて無い。

 趣味も哲也は透と葉月では違うし、頭の良い2人の話す内容が解らない事も多々ある。

 僕はお邪魔虫なんじゃ無いだろうか。

 そう考え付き、物悲しさを感じた。


 でも、いつまでも2人に甘えては居られない。

 ふと、ローテブルに広げた課題を見る。

 そうだ、塾にでも通おう。

 何とか高校には合格出来たが授業について行くのは大変だ。定期試験も何とか平均点ギリギリ程度だし。解らないと尋ねれば透と葉月は教えてくれるが、それでは駄目だ。来年には大学受験を控えているし僕が塾に通えば2人きりになれる時間も増えるだろう。

 塾で友達でも出来れば、それを口実に休日に出掛ける事だって出来る。そうすれば2人はデートをする事も出来る筈だ。

 友達と呼べる人は今現在透くらいしか居ないので、友達は切実に欲しい。今後は透離れしなければいけないだろうし。

 そう決めるとネットを開いて近場の塾を検索して母親にメールをする。母は帰宅途中なのかすぐに返事が来て塾へ通う事を承諾してくれた。

 相変わらず前方ではRPGのゲームを2人は楽しそうにプレイしている。こんな風景も今日で見納めになるのかな、そう思うと課題をする気が起きずに哲也はソファーの上から2人を眺め続けた。




「藤原、僕今日は寄る所があるから先に帰っててくれない?」

「寄る所って?」

「ちょっと駅前に」

「付き合うよ」

「え…あ、いや、時間掛かるから大丈夫だよ」


 放課後席を立った透に声を掛けた。

 何も聞かれずに帰って行くかと思って居たのに思わぬ問い掛けに哲也は言葉を濁した。


「…そう」

「うん…じゃあ、後で」

「ああ」


 少し不機嫌そうな顔になったが透はそれきり追求してくる事はなかったので、校門の前で別れると哲也は駅前の塾へ向かった。

 帰り道に1人で歩くのは何年振りだろう。いつもとは違う道を1人歩きながら考える。

 中学の頃からずっと一緒だったから、もう隣に透が居る事に慣れてしまって不意に隣を見てしまう。

 昨日のクラスメートの話が本当だったとしたら、透はいつから兄が好きだったんだろう。

 初めて会った時から?そうだとしたら、僕はずっと透にとって邪魔な存在でしか無かったのかな…もしかして、友達とも思われてないのかもしれない…


「……鈍感過ぎでしょそれは…」


 自分で想像して自分で傷付くなんて馬鹿みたいだけど、もう少し僕が気の利く人間だったら今頃2人はどうなっていたのだろうか。

 どっち道、頭の良い透と自分では進学先は別だろうからお邪魔虫はそう遠くない未来に消える事になりそうだ。



「では明日、お待ちしてます」

「はい。ありがとうございました」


 塾の説明が終わり、担当者に挨拶をして塾を出た。丁度明日から新しいクラスが始まるらしく、そのクラスに入会する事にした。

 大学はまだ決めては居ないけど、これを機にランクアップも望めるかも知れない。

 少し緊張していた気持ちが軽くなり、足早に帰路を歩いた。


「お母さん、明日から通う事になったよ」

「あら、早いのね」

「通うって?」

「……」


 隠す事も無いかなと思い、帰宅後の晩ご飯の席で母に報告をすると透と葉月は哲也に話を促す。


「塾に通う事にしたんだ」


 てっきり、僕がやる気を出した事を褒められるかと思っていたのに返って来たのは意外な反応だった。


「は?何で?」

「え、何でって…あ、ほら、来年は受験だし…」

「解らない所なら俺が教えるからわざわざ塾なんて通わなくても良いだろ?」

「いや…受験勉強まで藤原頼みには出来ないよ…それに藤原だって受験生なんだし」

「何処の大学受けるか決めたのか?」

「えっ、いや、まだ、だけど…」

「ならそんなに焦る必要ないだろ?」

「焦ってる訳じゃ…」


 兄との時間が増えるだろうから喜ばれるかと思ったのに、透の眉間には僅かに皺が寄っていて哲也はしどろもどろになってしまう。何が透の機嫌を損ねたのだろうか。


「僕は内部進学で受験は無いから時間はあるし哲也に勉強教えられるよ?それでも駄目?」

「えっと、ほら、受験勉強ともなると課題を教えて貰う様にはならいでしょ?時間も掛かるだろうし…迷惑になるよ」

「迷惑だなんて思わないよ?」


 何故か葉月も反対なのか、哲也を説得してくる。

 想像していた光景と違い過ぎて、哲也の頭の中は混乱する。

 塾に通う事って普通喜ばれるんじゃ無いの?でも母は喜んでるし…


「…あの、ありがとう…でももう入会金払って来たから取り敢えず暫く通ってみようかな、って…」

「そっか…哲也は習い事とかした事ないから偶には良いかもね」

「…うん、そうだね」


 葉月は少しだけ困った様に笑うが、透はじっと哲也を見ていた。

 強い視線を感じるがそっちを見る事が出来ず、流し込む様にご飯を食べ切ると哲也は貰ってきたテキストを見るからと部屋に逃げ込んだ。


「…いきなり2人きりにされたら困るのかな…」


 でも、僕は一緒に居ても空気みたいな存在だから問題は無い気がするけど。

 その時、コンコンとドアをノックする音に哲也の肩がびくりと跳ねた。


「っ…はい?」

「俺…入っていい?」

「あ、うん」


 応えると同時にドアが開き、透が部屋に入って来た。


「どうしたの…?」

「…そんなに授業付いていけない?」

「今もギリギリ平均点だから受験となるともう少し理解出来てないと危ないかなって…」

「授業に追い付きたいなら俺でも教えられるけど」


 机に広げたテキストをパラパラと眺めながら透は呟く様に言った。


「僕と藤原じゃレベルが違うだろ?藤原の勉強の邪魔になるよ」

「教える事によって復習にもなるから問題は無い」

「…ありがとう。でもいつまでも藤原と兄ちゃんに頼りっぱなしじゃ駄目だし、1人で頑張ってみるよ」

「……いつ?」

「へ?」

「塾は駅前なんだろ?何曜の何時まで?」


 声は穏やかなのに、いつもより硬質でどこか冷たい。何でそんなに塾へ行く事が反対なんだろう。


「ぁ…ああ、ええと、月水金で5時から8時までかな」

「…分かった」

「うん…」


 テキストを机に置いた透は出ていくのかと思ったらまたじっと哲也を凝視している。


「……藤原…?」

「……解らなければいつでも聞いてくれて良いから」

「うん…ありがとう」

「…お休み」


 去り際、哲也の頭をぽんと撫でて透は部屋を出て行った。


「………え?」


 哲也は透が出て行ったドアを茫然と眺める。

 頭を撫でられた?あの藤原が?

 基本的にクールでふざけたりする事も無いあの藤原が僕の頭を撫でた…?


「……どうしちゃったの…?」


 撫でられた瞬間の暖かさには慣れていなくて、哲也は戸惑いながら眠りに就いた。

 翌朝恐る恐る家を出たらいつも通りの透が居て、ほっと胸を撫で下ろした。


「今日は家に帰らずに行くの?」

「あ、晩ご飯遅くなるから何処かで軽く摘んでから行こうかなと思って」

「そうか」

「うん」


 良かった、普通だ。

 昨日は僕が勉強なんて言うから藤原は驚いただけなんだろうな。

 そう思っていたのに、また意外な行動に出て来た。


「日比野、どれが良い?」

「へ?」


 放課後、駅前のファーストフード店にでも寄ろうかと思っていた僕は藤原の言葉に目を瞬いた。


「パンとサンドイッチがあるけど、日比野これ好きだろ?」

「あ…うん、え?でも何で…」

「駅前のファーストフード行くつもりだった?」

「えっ何で知って…」

「3年付き合えば分かるよ」

「そ、そっか…」

「ファーストフードで買うより安く済むよ」

「う…確かに…」


 小さく笑いながら透は机の上にパンとパックのジュースを置く。ジュースも哲也の好きなミルクティーが用意されていた。


「ありがと…でも無理して付き合ってくれなくても良いよ?」

「俺が無理してる様に見える?」


 透は焼きそばパンの袋を開けて一口頬張って哲也をじっと見る。


「見えないけど…藤原は帰ればゲーム出来るじゃん、兄ちゃんも居るし…」

「ゲームなんていつでも出来るだろ?」

「そうだけど…」

「…迷惑?」

「え?」


 アイスティーを一口飲んで、透は哲也をじっと見詰める。


「俺が側に居るのは日比谷にとって迷惑?」

「っ…そんな事無いよ!」


 つい声を上げてしまい、まだ生徒が半分以上残って居たので2人は視線を集めてしまう。

 しかも透はただでさえ注目されるから、残って居た女性徒の大半は透と哲也を見ていた。


「ね、座って食べよ」

「うん…」


 透に促されて哲也は椅子に座ると透が買って来たチョコチップの入ったメロンパンを頬張る。


「美味しい?」

「ん、」


 注目され慣れていない哲也は恥ずかしさから取り敢えず目の前のパンを食べる事に集中する事にした。


「ふっ…」

「…?」


 もぐもぐとパンを咀嚼していると目の前に座る透がくすりと笑い、哲也に向かって手を伸ばした。


「付いてる」

「ぁ…」


 哲也の口端に付いていたパンを食べてしまった透の指先が何だか艶かしくて、哲也は顔が熱くなる。


「……ぁの…迷惑とか、思ってないから…」

「うん」

「…ん、」


 透が妙に穏やかな顔で哲也を見るから言葉が続かず、そのまま2人無言でパンを食べ続けた。



「じゃあ、また…」

「気を付けて」

「うん」


 昨日と同じ様に校門の前で透と別れて哲也は塾へ向かう。


 やっぱりおかしい。藤原がおかしい。

 そりゃいつも一緒に居た、元から優しかった。だけど、あんなに僕を甘やかしてくる藤原は初めてだ。

 嫌な訳じゃ無い。ただ、困惑してしまう。

 あんな藤原は初めてで、どう反応して良いのか分からない。



「はぁ…」


 小さく溜息を吐きながら塾の教室の後ろの席に着くと授業が始まるまでテキストを確認する事にした。


「…あれ?日比谷、だっけ?」

「え、あ…」

「俺隣のクラスなんだけど知ってる?」


 声を掛けて来たのは透と同じくらい人気のあるサッカー部の坂本健斗だった。


「坂本くん、だよね?」

「健斗で良いよ〜、俺も、えーと日比谷名前何?」

「哲也」

「哲也って呼ぶから健斗って呼んでよ」

「う、うん…」


 健斗は哲也の隣の席に座ると次々と話題を振って来る。

 テキストの確認をしたかったが、健斗のマシンガントークに引き気味になりつつ何とか受け答えをしていたら授業が始まってしまった。



「はぁ…」

「待ってよ哲也!」


 塾の階段を降りていたら健斗が追い掛けて来た。

 結局授業中もコソコソと話し掛けられて全然内容が入って来なかった。これではお金を出して勉強をしに来る意味が無い。

 クラスに他に友達が居る様で授業が終わってからすぐに話し掛けに行ったのを幸いと教室から抜け出したのだが、追い付かれてしまった。


「俺達今から飯食ってくんだけど哲也も行こうぜ」

「ごめん、家でご飯用意してくれてるから帰るよ」

「えー、いいじゃん折角仲良くなったんだから」

「はは…ごめん、今度ね…」

「じゃあちょっとだけ、な、それならいいっしょ?」


 哲也は内心で困り果てていた。

 3時間だけど健斗とは合わないと実感していた。出来る事なら関わりたく無いけどこれから通う事になると切れない関係になると思うと胃が痛くなりそうだ。


「日比野」


 どうやってこの場を切り抜け様かと思考を巡らせていたら、聞き慣れた声に哲也は勢い良く声のした方を振り向く。


「えっ…藤原…?」


 ガードレールに凭れて座っていた透は立ち上がると哲也の方へ歩き出した。


「哲也!ねーちょっとだけ!」

「わっ」


 後ろから腕を引かれて健斗の方へ倒れそうになった。


「…大丈夫?日比谷」

「……あ、うん、」


 倒れるかと思って目を瞑った哲也が目を開けると頭上から透の声がして、透に抱き寄せられている事に気付きほっと一息付いて思わず透のコートを握っていた。


「誰…って藤原?哲也知り合いなの?」

「…日比谷、誰?」

「隣のクラスの坂本くん、塾一緒で…」

「もー!健斗で良いってば!ねぇ、藤原も飯一緒に行かねぇ?女の子も居るからさ!」

「え」


 女の子が居るなんて聞いてない。

 駄目だよ、藤原には兄ちゃんが……って気持ちを確かめた訳じゃ無いけど…


「悪いけど俺達は帰るから」

「「え」」


 透に腰を抱かれて歩き出す。

 健斗はまだ後ろで何か言っていたが透は足早にその場を後にする。


「…あの、日比谷?何で…」

「迎えに来た」

「迎え…って、女の子じゃ無いんだから…」


 藤原ってこんなに過保護だったっけ?と思いながら思わず笑ってしまったが、見つめた先の藤原の顔は強張っていた。


「…迷惑だった?」

「え?」

「哲也って呼ばれて、一緒に行きたかった?」

「っ、あれは健斗が勝手に……」

「健斗ね……」

「……怒ってる?」

「どうしてそう思うの」

「だって……」


 足早で帰路を進んだから予定よりも早くマンションに着いてエレベーターに乗り込む。


「……一緒に行きたくなかった。断ったのにしつこくて、藤原が助けてくれて嬉しかった…」

「本当?」

「うん…授業中もずっと話し掛けられて……正直、迷惑で……」

「そっか」

「うん……」


 エレベーターのドアが開いて2人で無言で廊下を歩く。家の前に着き、鍵を取り出そうとしたら手を引かれた。


「へ」

「ごめん、ちょっとだけ」


 透はポケットから鍵を取り出すと隣の家の鍵を開けて哲也の手を引いた。


「…………ふ、じ、わら……?」

「………透」

「え?」


 暗い玄関で、哲也は透に抱き締められていた。

 頭が真っ白になった哲也は、ぽかんとした顔で透を見上げた。


「透…って呼んで」

「へっ!?」

「……嫌?…哲也」

「っ……ぁ……と、透…?ふわっ」


 名前を呼ぶと、強く抱き締められる。

 さっき健斗に触られた時には不快感を感じたが、今は安心感に包まれている。

 嗚呼、……この手を離さなきゃいけないなんて、嫌だなぁ…


「哲也、好きだ」

「………へっ!?」


 抱き締められていた胸元からガバリと顔を上げると、廊下の灯りで見辛いけど透が困った様に笑って哲也を見つめた。


「…好きなんだよ」

「えっ…え、兄ちゃんは…え、」


 パニックになりどもってしまうと、不貞腐れた様に鼻を摘まれた。


「ふがっ…ちょ、ふじ「透」

「透…兄ちゃんの事……好きなんじゃ無いの…?」

「どうしてそうなる訳?」

「…2人は、趣味合うし…僕よりも2人の方が楽しそうだし……」


 どんどん声が小さくなり透の腕をコートの上から緩く掴むと頭を抱き抱えられて撫でられる。

 やっぱり、この手が好きだなぁとぼんやり思った。


「趣味は…まぁ、ね。けど葉月さんは知ってるから」

「…何を?」

「俺が哲也を好きだって事」

「っ!?」

「で、哲也は?」

「えっ!」

「……嫌?」

「ぁ……嫌じゃ…無い……」

「好き?」

「ぅ…あの…それは……まだ、分かんないよ……」

「俺と葉月さんに付き合って欲しい?」

「やっ……や、だ……」


 ぎゅう、と透に抱き付くと更に強い力で抱き締められる。


「…哲也、好きだから。俺は哲也が好き」

「っ……う、ん……」


 嗚呼、もう、好きなのかな、好きって言っちゃおうかな?でも、でも…


「時間切れか」

「え」


 透が携帯を取り出して画面を見せる。表示されたのは葉月の名前で、着信を告げていた。


「あ…」


 そう言えばさっきポケットが振動していたな、と哲也は慌てて自分の携帯を取り出すと透と同じ様に葉月から着信があった。


「うん、哲也と一緒に居ます。もう着くので、はい」


 透は葉月と通話しているらしく、すぐに携帯をしまった。


「お腹空いたでしょ。今日はハヤシライスだよ」

「あ…う、ん……」


 透がドアを開けようとして、思わずコートを引っ張ってしまった。


「……哲也、嫌なら言って」

「……やじゃ……無い…」


 振り向いて息が掛かる程近付いた透の顔に、コートの襟元を掴むと引き寄せて柔らかく唇が触れた。


「……我慢してたんだけどな…」

「我慢…?」

「…箍が外れたら哲也に何するか分からないから」

「っ!?」


 見た事ない色っぽい顔で透が哲也の首筋をなぞる。


「ふふ、今度こそタイムオーバー」

「ぅ、ぁ……っ」


 今度は母親からの着信画面を見せられて、慌てて透の家を出ると外気の冷たい風で火照った肌を冷やしていると、するりと手を握られた。


「続きはまた今度ね」

「ぅっ……う、ん…」


 どもりながらも応えると、透は見た事の無い蕩ける様な微笑みを哲也に向けた。



「あ、あの塾はもう辞めて。俺が何処にでも浮かれる様に手取り足取り教えるから」

「ふぁっ!?」






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