ミル姉親衛隊のおっさん
ニコ君て律儀だよね、フルネームで応えられたら、ちゃんとフルネームを言い直して返すなんて、ねえそう思わない?
ミミルが鈴の様にころころと笑った。
俺は黙ったまま彼女の手を引き、団長を探す。
ああ、でもあのでっかい人の名前変わってるよね、トールライトニング、ライトニングだって。変なの。
よく喋る女だと思う。普段から、そしてこんな時にも。
ねえ、団長どこ行ったんだろ?マキナちゃんも。
団長はおそらく安全な場所を探しているのだろう。空一面に広がっていた、恐ろしい数の化け物。あれをやり過ごすための。あいつらが通れない狭い通路の奥にあるような。斥候もかねてこの不思議な建物の中を調べているはずだ。
ねえ、私の話聞いてる?ゾーリン。何でずっと黙ってるの?
自分の名前を呼ばれてふり返った。さらりとした金髪の、年齢不詳の女が俺を見ている。
俺は広間から廊下に入り足を止めた。壁に彼女を押し付け、空いてる手を壁に突き、彼女を見下ろした。真っ直ぐに伸びた細い眉の下の、大きな目がきょとんと俺を見上げている。
「なあ、何でお前がここにいるんだ?」
団長やマキナ達がここにいるのはまだ分かるのだ。俺と同じ様にあの戦場で死に、俺と同じ様にここに送られた。回らない頭でもかろうじて推測が成り立った。だがミミルはあの戦場にいなかった。故に聞いた。何故ミミルがここにいるのかを。
んー、それは全員揃ってからの方がいいと思うな。きっと団長がやると思うの、情報のすり合わせ。でも簡単に言うと私、殺された。細かい事は後でね。
「殺されただと!」
鎚を手放し両手でミミルの肩を掴んでいた。
「何があった!?」
殺された、と聞いた瞬間に頭が真っ白になった。ミミルの肩を揺さぶりながら、俺は───
限界だった。俺はずっと混乱していた。
戦場で死んだはずが、狭い部屋にいた。一方的に喋り続けるリスの格好した少女に言われるがまま服を脱ぎ、腕輪を嵌め、武器を手にし、こんな場所に送り込まれたが、何一つ納得などていなかった。そもそもあの少女の言葉の半分も理解していなかった。訳が分からぬまま、心を占めていたのは絶望だった。
痛いってば!
ミミルの顔が歪んでいる。
ずっと死んでもいいと思っていた。傭兵として人を殺す事に疲れ切っていたのだと思う。毎日が憂鬱で、死ねば楽になれると思っていた。五年前に黒視病を煩い右目の光を失ってから、特にそう思うようになった。あの頃から俺は漠然と自分の死を願いながら戦場に立つ様になっていた。そしてようやく死ねたのだ。望み通り戦場で。だが死の直前、強烈な後悔に襲われた。死にたくない、という思いが俺の心を、俺の全存在を貫いたのだ。