八じゅうきゅう
「おはようございます」
すでに働いていた|奇獣の厩舎番《スクーラ達にネリキリーは声をかけ、奥へ向かう。
「おはよう」
翔驢馬は最初の怯えた様子が嘘だったように、元気に飼い葉を食べていた。
ネリキリーが近くに寄ると、胸元に顔を近づけてくる。
ネリキリーがたてがみを撫でると嬉しそうに小さく嘶いたが、さらに顔を寄せてきた。
ネリキリーの胸元を嗅ぐような仕草。
翔驢馬はネリキリーが懐に魔糖菓子と真証石を抱いているのを判っているようだ。
幻獣のおねだりに従って、ネリキリーは懐から、魔糖菓子を取り出して、彼に与える。
瞬く間に翔驢馬のために用意した十ばかりの菓子がその口の中に消えた。
それでも、相手は満足しているようには見えず、"もっと"というように、つぶらな瞳を向けてきた。
ネリキリーは仕方がないと、少し笑って「もう、一つだけだぞ」と、懐から自分のために用意した魔糖菓子を取り出した。
その拍子に、金の線を失った真証石が地面に転がり落ちた。
ネリキリーが屈んで拾う前に、翔驢馬がぱくりとそれを口に入れてしまう。
「それは、リ・ボンじゃない」
吐き出させようと伸ばした手が止まる。
微かに、ごく微かにだが、翔驢馬の翼が光っていた。
半ば恍惚した顔で幻獣はネリキリーを見つめてきた。
「タレス」
通り名すら、与えられていない相手を種族の名で呼ぶと、幻獣は笑う。
驢馬の顔だ。
人のそれとは違うけれど、それは確かに笑顔だった。
タレスの喉が動いて、真証石が飲み込まれるのが分かる。
翼の光が一瞬、強く瞬いて、消えた。