表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/90

八じゅうよん

「俺も行く」

 ケルンがそう言いだす。

「ケルン、それは無理だ。心配だろうがここで待っていてくれ」

 気持ちは痛いほど解るが、ネリキリーはケルンに対して()()を捏ねる子供を諭すような口調になった。

「何故だ。依頼主だぞ。見届ける権利はあるだろう」

 ケルンがゼフォンの方を見て言った。

「君を守るのに余計な手間がかかるからだよ」

 ゼフォンの返事はにべもない。そして馬に飛び乗ると彼はその場を離れた。


 代わりにヴァリ・ストラドがケルンに声をかける。

「貴方は冒険者ではない。ここは我々を信頼して任せてください」

 ヴァリは胸に手を置いて軽く会釈をした。ゆったりとした深い声が聞く者に安心感を与える。

 歌う冒険者の特性はこんなところに生きるのか。


 それで少し落ち着いたのかケルンも胸に手を置いて答えた。

「分りました。お願いします」


 ケルンはネリキリーを振り返える。

「ネリキリー、頼むぞ」

「もちろんだ。全員を無事に戻らせる」

 ネリキリーはケルンにそう言いおいて、馬の胴に蹴りを入れた。



 緑の丘陵をひた走る。

 ときおり天馬で先導するマドレーヌを見上げる。その脇にはヴァリがいる。空を行く月毛と鹿毛。

 不思議なことにゼフォンは自分のアイオーンに騎乗しなかった。

 ネリキリー達は丘陵の低い部分を縫うような経路を辿った。

 回り道のようだが、丘を登って降りるより馬の消耗も少なく、結局は同じぐらいの時間になるためだった。

 全員がアイオーンに騎乗できるなら、一直線に行けるのに。

「ゆっくり急げ」

 ネリキリーはマドレーヌの言葉を繰り返した。


「あれだ。見えてきた」

 先頭を行くジェコモの声がネリキリーに聞こえた。

 金色を帯びた緑の丘陵が視界に入る。


 丘へ向かったラクミーツを心の中で“なんでそんなことをした”と思っていたが、惹かれてしまった気持ちをネリキリーはわかってしまう。


 金緑の丘は灰色の空の下でも美しい。

 丘の上を飛び交う天馬(アイオーン)の姿が、余計にその風景を幻想的にしていた。

 これで太陽の光が降りそそいでいたら、ルベンス講師なら、詩歌の一つも創りだすかもしれない。

 ネリキリーが思った矢先。


 歌が聞こえた。


 それは空から降りてくる。


 耳に喜びを走らせる歌声。


 朗々とした声は連なる緑と浮かぶ金緑の丘の風景には相応しく、ネリキリーの猛る意識をどこかへ連れ去る。


「まったく、あいつは」

 ため息のような科白を残して、しんがりを走っていたゼフォンが速度を上げてネリキリー達を追い越していった。


「ヴァリ、歌っている場合か。ベッラ・マドレーヌも彼を止めてください」

 ゼフォンがヴァリに向かって注意を投げ上げた。


「よいのではないですか?ヴァリが選んだ歌は気持ちを穏やかにします。サチュオーロは殺気に敏感に反応しますもの」

 高度を落としてマドレーヌさんがヴァリの歌を肯定する。


「穏やかになりすぎる。まるで子守歌だ」

 ゼフォンは馬の上でおおげさに首を振るが、子守歌は言い過ぎだとネリキリーは思った。


「いつも冷静沈着(やる気のない)な貴方なら、そうなるかもしれませんね。……ヴァリ、申し訳ありませんが、貴方の美声はサヴァランの畑まで取っておいてください」

 冷静沈着が別の意味に聞こえるような言い方をして、マドレーヌは高度を上げた。


 逸り、殺気立った冒険者達の気持ちが静まる。

 マドレーヌの言葉から察するに、サチュオーロという幻獣と対峙する時に過剰な戦意は禁物ということだ。

 にわかに“サヴァランの畑”という名称が気になり始めた。


 それは名高い竜の名前。そしてサチュオーロは番人。


 町を出てきた時とは違う心でネリキリーは、金を帯びる葡萄の葉を茂らせた丘に辿り着く。


 ところ狭しと生える葡萄の樹。

 花の香りが彼らを包み込んだ。

 ネリキリー達は荒らされた葡萄の樹を道しるべに丘を登る。

 出来うる限り速く、が、慎重に。見上げれば、あの赤い鬣が目に映る。

 

 アイオーン達にマドレーヌとヴァリが接近した。

 マドレーヌの乗った月毛が長たる赤駒に報告をするかの如く嘶く。

 つっと赤駒が頭を動かした。地面を指し示す動き。

 その下に彼女らがいる。


 急に目の前が開けた。


 倒れた無残な姿の葡萄樹と山羊とまがう幻獣と人影。

 いや、アンゼリカ達の足元には立てなくなった馬と小さな森猫がいた。

 まるで、人間達の盾のように。


 ミイオ


 森猫が助け手の到着を知らせるように一声鳴く。


 アンゼリカとミシェールの顔に喜色が走った。


「うかつに手を出さない」

 槍を構え、すぐさま攻撃を仕掛けようとしたジェコモにゼフォンの叱咤が飛んだ。

 ジェコモは不満げに唸りをあげたが、ゼフォンの指示に従った。


 ネリキリー達の気配を感じているだろうに、サチュオーロ達は振り返らない。ただ、アンゼリカ、いや、ラクミーツ達に敵意を向けているようだった。

 現に彼らは回り込んでラクミーツ達に攻撃を仕掛けては、アンゼリカとミシェールに阻まれて後退する。

 それを繰り返していた。

 明確にラクミーツ達だけを狙っている。


 “魔物が現れ、私たちはそれを撃退しようと魔法で攻撃をしました”


 レーチカの言葉が頭をよぎった。

 彼女たちは、襲ってこなかったサチュオーロに対して先に攻撃したのだった。

 倒された葡萄樹は水に濡れている。鼻孔をくすぐる真水とは違う匂い。

 ネリキリーは思い切って、倒れていない樹の葉を水滴を拭って舐めてみた。


 塩辛い。


「海水だ」

 イーネスが呟く。彼はネリキリーと同じように水滴を舐めたらしい。

 それはラクミーツの一行に誰かマナナンの加護があることを示す。

 だが、植物に海水。

 ネリキリーもラクミーツ達に小さな怒りを感じた。


「怒らせた彼らを人身御供にすれば話は簡単なんだけど」

 ネリキリーの心の内を知ってか知らずか、ゼフォンがさらりと恐ろしいことを言う。


「お前がいうと冗談に聞こえない」

 空から降りてきたヴァリ・ストラドがゼフォンを(たしな)めた。

 ネリキリーもそれで、取りあえずは気持ちを切り替えた。


「サチュオーロはサヴァランの畑の番人だ。殺さず制圧するしかない」

「面倒だけど、それしかないか」

 軽く肩をすくめて、ゼフォンは皆に指示をだした。

「二対一でサチュオーロを挟み込め。俺たちの話を聞いていたろう。殺すなよ」

「なるべくなら怪我もさせないように」

 続けてヴァリが加えて難しい注文をつける。

(ライコー)だね」

 ゼフォンが抜刀しながらヴァリを評した。


 解き離たれた獣のようにジェコモとウーゴの二人がサチュオーロに駆け寄った。

 ネリキリーもマラニュと共に移動する。


 中央にいるラクミーツ達から気を逸らせるように槍の柄で胴体を弾いた。

 しかし、そのサチューオーロはまるで頓着せずに、元凶になった人間達に向き合ったままだった。


 弱かったか。


 マラニュが鞘を抜かずにサチューオーロの胴に大剣を振り下ろした。

 もし大剣が抜身で、相手がただの山羊ならば、両断する勢いである。


 しかし、その攻撃は胴体に弾かれてしまった。


「恐ろしく硬いな」


 嘆息をもらすマラニュ。相手がネリキリー達を見向きもしないのは、その防御力ゆえか。



 がさりと葡萄の葉を散らす音がした。

 リナルドとサムエレが仕掛けた攻撃を躱されて、二人が葡萄樹の枝を切り取ったのだ。


「葡萄樹を倒すようなことはしないでくださいね。そうするとサチューオーロは手が付けられなくなります。なるべく、葡萄を傷つけずに制圧してください」

 高みの見物、と言おうか、空のマドレーヌからさらに厳しい条件が飛んできた。


「両手両足を縛られて戦えと」

 バンスタインの珍しい苦悶の言葉は、一同が共有するところだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ