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八じゅうさん

2020.1.3投稿の 第83部分に加筆をしていますが、このままお読みいただいても問題ありません。

 「天馬(アイオーン)だ」

 バンスタインが空を指さして叫んだ。

 薄曇りの空に翼を広げて飛んでくる姿が見えた。しかし、騎影は一つ。


「アンジェリカじゃない」

 ケルンの言う通りアイオーンにしがみつくよう乗っていたのは彼女ではなかった。ミシェールでもない。

 彼女は。


「レーチカさんだ」

 イーネスがその名前を呟く。

 ラクミーツ・サルー の女従者(バレッタ)の片方だ。


 だが、どうして彼女がアンジェリカが乗っていた天馬でここへと運ばれてくるのか?

 疑念を胸にネリキリー達は、舞い降りたアイオーンに駆け寄った。


 近寄って、思わず彼らは息を飲んだ。アイオーンの胴体の一部とレーチカの腕や足が無残に爛れている。



 バンスタインが彼女を抱き下ろすとイーネスが水を作り出して彼女の傷口を洗った。

 マドレーヌがあのウォーダームームーの軟膏を彼女に施す。

 ネリキリーは同じようにアイオーンの傷の手当てをした。広範囲に爛れてはいるが浸食は浅い。

 両翼の動きにも問題はないようだ。


「何があった?」

 バンスタインがレーチカに尋ねた。

「ラクミーツ様と葡萄畑を馬で見学していて、金に光るような丘があったので、そちらへ向かうとヤークルが出てきて私たちに襲い掛かってきたのです」

 蒼ざめてはいてもレーチカはしっかりと答えた。

「私とペルーシャ、それからケイモスとゲランはラクミーツ様を守りながら、金の丘に馬を走らせました。振り切ったのか、金の丘に入るとヤークルの姿は見えなくなりました。でも安心したのもつかの間、今度は山羊に似た魔物が現れ、私たちはそれを撃退しようと魔法で攻撃をしました」

 彼女は早口で言葉を継ぐ。

「でも、それは恐ろしく強く、乗ってきた馬が二頭、駄目になりました。苦戦しているところにアイオーンが現れて。けれど、アンゼリカ様とミシェール様以外のアイオーンは降りてはきませんでした。相手の魔物も数が増えて、周りを取り囲まれました。取り巻いたまま、魔物は攻撃はほとんどしなくなったのですが、帰るに帰れず。一番ひどい怪我をしているからと、私がアンゼリカ様に言われてここへと飛んできたのです。どうか、ラクミーツ様をお助け下さい」

 レーチカは一同を縋るような目で見回した。


 ネリキリーはこぶしを握りしめていた。何故、アイオーンは自分を選ばなかったのか。一緒に空へと登っていたら。

 ここにいる自分が歯がゆい。


「それはサチュオーロです。魔物ではありません。幻獣です。だから、アイオーンは加勢しなかったのです」

 マドレーヌさんが言ったことに冒険者達が一様に驚いた。

 幻獣が人を襲うなんて。


「二人がいるところが分かりました。一度、彼女をとケルン氏を組合(ギルテ)へ連れて行ってから救出に向かいましょう」

「それで、間に合うのか。なんなら俺がギルテへの伝言をッ引き受けてもいい」

 ケルンが焦りを隠そうともせず申し出る。


「サン・ケルン。ゆっくり急げです」

 マドレーヌはケルンを宥める言葉を口にした。


 冒険者達はすでに自分の馬に乗っていた。バンスタインがレーチカと同乗する。

 マドレーヌは傷ついたアイオーンに何事かささやきかけて、その背に乗った。

「大丈夫なのですか」

 イーネスが尋ねると、マドレーヌはアイオーンの鬣を撫ぜながら答える。

「これくらいの傷なら、アイオーンはすぐに回復します。では、お先に」

 マドレーヌを背に乗せたアイオーンが天に駆けあがり、見る間に小さくなっていく。

 ネリキリー達はその後を追って馬を走らせる。


「ゆっくり急げって。自分はそれか」

 ケルンの独白が風に乗って流れた。



 ◇◇◇



 先駆けしたマドレーヌから説明を受けていたからか、ギルテの厩舎の前には何人かの冒険者がいた。

 ヴァリ・ストラドと彼が指導している仮入団の冒険者だ。

 驚いたことにゼフォンの姿もある。


「遅い」

 ジェコモが苛だった声を投げてきた。気持ちはわかるが、いただけないとネリキリーは反射的に口に出しそうになる。

 どうやら、自分も相当に苛立っているらしい。


「君のご主人が、ギルテの案内人を付けないで、丘陵を観光して、“サヴァランの畑”の番人を怒らせたんだって?」

 ゼフォンがレーチカに言った。飄然とした口調だが、それは痛烈な皮肉に聞こえた。

「申し訳ありません」

 案の定、レーチカが身を縮ませて謝罪する。

「君が謝ることではないよ。で、いくら出すの?」

「え?」

 レーチカが解らないといった顔になったのも無理はない。冒険者たちはすでに、救援をする体制になっていた。そこへ報酬の話だ。

「ゼフォン、そう言ったことは後でもいいだろう」

 ヴァリ・ストラドが間に割って入った。

「でも、大事なことでしょ。ミシェールとアンゼリカは俺の指導下にいるからね。助けるのは仕方ないけど。彼女のご主人達は違う」

 ゼフォンの言葉にたまりかねたのか、ケルンが二人に近づいた。


「五千リーブ、一人につき五千リーブ払おう」

「四人で、2万リーブ?」

「ちがう、冒険者一人につき五千リーブだ。足りないか」

 今、この場には、十四名の冒険者がいる。七万リーブの大金だ。

「ケルン」

 ネリキリーが名を呼ぶと、彼は黙っていろと視線を返してきた。


「足りなくはないけどね」

 ゼフォンはちらりとレーチカを見た。自分の主人の救出費用を赤の他人に支払わせるのかという目だ。

 レーチカがその眼差しに押されるように自分がしていた腕輪を差し出した。

「これを、差し上げます」

「銀細工か」

 受け取ったゼフォンが値踏みするように腕輪を眺める。


「了解。お引き受けしましょう」

 そこらに使いにでるような気軽さでゼフォンは言い、腕輪を懐に仕舞った。

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