表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/90

七じゅうきゅう

 丘の連なりの影に潜むアルミラッジを狩りながら、冒険者達は騎獣を走らす。

 ビスコッテ丘陵のアルミラッジはクレーム平原のものより一回り小さいが、その分の敏捷だ。


 その敏捷なアルミラッジをアンゼリカが鞭で叩いて落とし、ミシェールが槍で止めを刺す。

 見事な連携だった。

 今のところ、マラニュの心配は杞憂にすぎないようにネリキリーは思える。


 ネリキリーは跳びかかって来たアルミラッジを左手の短刀で突き刺す。

 魔物は声をあげて地面に転がった。


「正確だね」

 いつの間にか寄ってきていたゼフォンがネリキリーに声をかけた。褒められた、わけではないように感じる。

「だけど、矢の方が効率がいいでしょうに、なんで使わないの?」

 今日のネリキリーの得物は短刀と弓矢だった。

「長物は他の人が持っていますから」


 バンスタインとミシェールは槍を、マラニュは大剣を、イーネスは長剣を持っている。

 弓はそれぞれが装備している。


「それで、短剣か。もしかして君は目立ちたがり?」

 ゼフォンの言葉にネリキリーは面食らい、アルミラッジへの対処が一瞬遅れた。

 ゼフォンが脇差(チツルギ)を一閃させると、アルミラッジは声もなく絶命した。

「油断大敵」

 淡々としたゼフォンの声音。叱るでもなく、揶揄するでもなく、ただ事実を言ったまでという口調だった。


 速く正確な太刀さばきは感嘆するしかなかった。ネリキリーはゼフォンに正確だと言われたが、言った本人の正確さには到底及ばない。


 これが上級と下級の差。


 ゼフォンにもう少し協調性があり、集団を指揮するような経験を得れば、すぐにも特級になるだろう。

 全冒険者の中で、十五人に満たない特級冒険者に。四燭が誰もなっていない特級に。


 アルミラッジの駆逐が終わると、本命の植物採取だ。


 魔糖の原料となるシュガレット草はクレーム平原より自生率が低い。ましてや足の速いシュガレット草は大勢で近づけば逃げてしまう確率が高い。


「シュガレット草の採取は無理だな。イッチャク草とオルバコ草の採取を」

 ゼフォンが指示をすると、ネリキリー達は奇獣を降りる。


 イッチャク草とオルバコ草はシュガレット草と反対に、クレーム平原には少なく、ビスコッテ丘陵には多い植物だった。

 イッチャク草は傷や火傷に、オルバコ草は喉の炎症や胃の炎症に効く。

 シュガレット草と違って、動きはしないので採取は比較的に楽らしい。

 イッチャク草にはたまに根に血蟻がたかっていることがあるので注意が必要だ。


「オルバコ草は種子だけを取りますか?それとも葉の部分も採取しますか?」

 アンゼリカがゼフォンに尋ねた。オルバコ草は種子のほうが効能が高い。

「そうだね。冬ではないから種子だけで良いかな」

 ネリキリー達は了解したと頷いて、四方へ散った。

 緑の絨毯の中から、まずオルバコ草を見つけた。

 ネリキリーは手早く種子を摘んでいく。


 マラニュは細かい仕事が苦手なのか短剣で草を刈り取った。

「聞いていなかったのか?種子だけでいいんだぞ」

 ネリキリーはマラニュに注意をした。

「葉ごと刈って、種子だけ振り落とせばいいのだろう?」

「葉も種子もということならそういう風に分けてもいいが、草が残ればまた種子をつけてくれる」

「そういうものか」

「刈り取ってしまったものは、しかたない。そのまま持ち帰ればいい」


「この種子の下の茎をひねると簡単に採れるのですわ」

 アンゼリカがバンスタインとイーネスにオルバコ草の採取のコツを教えていた。

 バンスタインもイーネスも獣型の魔物を狩るのを主にしていたので、植物の採取は勝手が違うらしい。

 それを耳にしたマラニュも採取の仕方を変える。

 ネリキリーはそんなマラニュを密かにほほ笑ましく思った。


「オルバコはそれくらいでいい」

 一時間もしないうちにゼフォンは採取の終了を告げた。採取用の布袋は半分ほどにしかなっていない。

「知識があるかどうか確かめるためだから。次に行くよ」

 ゼフォンの言葉にネリキリー達は立ち上がった。


「腰が硬い」

 普段は採取などしないイーネスが大きな声を上げた。ネリキリーの体もややこわばっていた。



「イッチャク草は、ただ採取するだけじゃ面白くないね、競争にしようか」

 ゼフォンは淡々とした声で言った。

「固まって採取するのではなくて、イッチャク草を探して誰が一番早くたくさん質のいいもの取るかの競争をしよう。いいかな?」

「ですが、イッチャク草はオルバコとは植生が違います。主に林の中に自生。林の中ですと視界も悪いし、木から攻撃を仕掛けるヤークルの対策のために集団で行動するべきでは?」

 一人で動くには危険が多いと判断したネリキリーはゼフォンにそう申し出た。

「そうですね。私も彼の意見に賛成です。せめて二人一組にするべきです」

 ネリキリーの意見にミシェールが賛成をしてくれる。


「カスタード団に入るつもりなら、ヤークルくらいは一人で対処出来ないと。でも、そうだね。集団で襲われたら困るから二人一組にしようか。組は、イーネスとアンゼリカ、マラニュとミシェール、バンスタインとネリキリーにで分かれて」

 植物採取が得意なものと不得手なものの組み合わせだ。公平と言えるだろう。


「袋がいっぱいになったら、林の中にいる私のところまで持ってきて。では、はじめ」

 七人は騎獣に乗ると、かなり離れたところにある林へと駆けだした。


「バンスタイン、先を急がないで」

 ネリキリーは先行しようとするバンスタインを止めた。

「出遅れちまうぞ」

 そう言いながらもバンスタインは馬の足を緩める。


「ゼフォン指導官の後を追いながら、採取をしよう」

 ネリキリーは馬を寄せて小声でバンスタインに告げる。バンスタインが怪訝な顔をした後に解ったと頷く。

「そういうことか」

 バンスタインは先を行くゼフォンの後ろ姿をじっと見つめた。


 林のとば口に近づくとゼフォンは馬の速度を落とした。

 先行した二組はもう林の中に入っている。


「随分のんびりだな。勝たなくてもいいのか」

 彼を追っていたバンスタイン達を少し振り返ってゼフォンが言った。


「あまり奥に行かなくてもイッチャク草は見つかりますから」

 ネリキリーは答えると、その台詞を証明するようにバンスタインが槍を振るう。

 林の下草が刈り取られて、木の根元があらわになった。

 木の根の間にたたずむようにイッチャク草が十数本茂っている。

 ネリキリーは馬から降りるとイッチャク草の上半分をすばやく刈り取り、袋に詰める。


 イッチャク草は湿気の多い影になる部分に生えていることが多い。

 なので、木が多くなる林の森の奥に群生する場所があることが多いが、下草の茂る部分の影に生えていることもままある。


 バンスタインはゼフォンの後を追いながら、下草を刈り取って行く。

 むろん、採取をしながらだ。どんどんゼフォンは林の奥に進んで行き、やがてその姿は見えなくなった。


「見失ったな」

 イッチャク草を袋に詰めて騎獣に乗ったネリキリーにバンスタインが言った。

「騎獣の足跡をたどれば、ゼフォン指導官の居場所は判るよ」


 ゼフォンは、林の中にいる私のところまで来て、と言っていた。

 つまり、これはイッチャク草を早く採取するだけでなく、ゼフォンを早く見つけ出す競争でもあるということだ。

 ゼフォンより先に林の中に入れば、彼を見つけるのは困難になる。

「そこに気が付くかどうかも試されているんだろうな」

 バンスタインがゼフォンの消えた方向を睨むようにして言った。


 二人は馬を降りて、本格的にイッチャク草を探し始めた。ゼフォンの足取りから外れないように慎重に林をすすむ。


 イチャック草は木の根もとに生えることも多いが、必ずあるわけでもない。空振りをすることも多い。


「群生が見つかれば早いんだが」

 続けて三回、木の周りを探して外れたときに、バンスタインが小さく漏らす。

「それでも、半分は一杯になった」

「あと、一杯と半分か」

 ネリキリー達はイッチャク草を根元から刈り取っていないので、少し効率が悪い。刈り取らないのは根にたかっているかもしれない血蟻を刺激しないためだ。

 血蟻は小さいが、その分洋服の隙間から入ってきて始末に苦労する。服の中に入って来た血蟻は噛みつく。噛みつかれたところは、強いかゆみを伴い、一週間は苦しむことになる。地味に嫌な魔物である。


「ネリキリー来いよ。血蟻が地表に出ている」

 バンスタインがネリキリーを呼んだ。近づいて地面をのぞき込むと、赤い血のような蟻がイッチャク草の根元から行列を作っていた。

「血蟻の引っ越しか」

「そうだ、おそらくその先にこれより多いイッチャク草が生えているぞ」

 バンスタインの声が弾んでいた。

 血蟻はたかっているイッチャク草よりたくさんのイッチャク草を見つけると、そちらに移動する性質がある。

 この行列を辿っていけば、多くのイッチャク草を見つけることができるということだ。


 ネリキリーとバンスタインは片手を上げてお互いにの手のひらを軽く叩き合わせた。

「問題なのは、ゼフォン指導官が向かった方向と行き先がずれているってことだな」

「それは一度ここに戻ってきて、あとを追いかければいい」

 ネリキリーは目印にゼフォンが向かった方向にある木の枝に手巾(ハンドル)を結び付けた。

「準備はできた。さあ、行こう」


 血蟻を刺激しないように距離を取って林の中を進む。

 木の間隔が狭まって、影が濃くなる。いや、さっきまで木漏れ日が落ちていたところが急に陰った。


 気配を感じてネリキリーが上を見ると枝に隠れたヤークルが見えた。

「ヤークルだ」

 バンスタインも気が付いたようだ。バンスタインは槍を持ち直し、ネリキリーは手綱を離して弓を番えた。

 いくつかの素材を使って強化された短弓を力強く引き分けて一気に放つ。


 この距離で外すわけはない。


 矢はヤークルの胴を穿ち、魔物は木の上から転がり落ちた。バンスタインが槍で突き立て止めをさした。

 見える範囲の魔物はそれだけ。


 二人は手早く倒した魔物を馬に乗せて先を急いだ。

 ほどなくして、イッチャク草の一群れが見つかった。

「あったな」「ああ」

 短い応酬をすると、ネリキリーとバンスタインは馬から降りた。

 ネリキリーは鎌を振るって刈り取っていく。バンスタインの短剣の倍は早い。自分の袋がいっぱいになるとネリキリーはバンスタインの手伝いをした。

「すまんな」

 律儀に礼を言うバンスタイン。ネリキリーは小さく首を振った。


 イチャック草の群生を半分ほど刈ると、二つの袋は満杯になった。



 二人はネリキリーが手巾(ハンドル)を結んだ木の場所に戻って来た。

 ネリキリーは手巾(ハンドル)を解いてから、あたりの地面を確かめた。

「バンスタイン、こっちだ」

 ネリキリーは手巾(ハンドル)を結んでいた木から五本ずれた方向を指した。

「ゼフォン指導官、ここに戻って来たみたいだ。そのままもと来た方向に戻ってる」

「ほんとに?」

「下草の踏み倒され方が違ってる。ゼフォン指導官はたぶん林から出ていると思う」

 はあ、とバンスタインはため息をついた。

「林の中を探せもひっかけか」

「初めからそういうつもりじゃなかったかもしれないが」

「まあ、いい。とにかくゼフォン指導官を追いかけよう」



 木々の間隔が広くなり、木漏れ日が次第に眩しくなる。もうすぐ林を抜ける。


 がさりと音がした。魔物か。

 音のしたほうに視線をやると猫が一匹いた。その向こうにはアンゼリカの白い顔とイーネスの日に焼けた顔が見えた。

「ネリキリー」

 バンスタインの声にネリキリーは速度をあげる。


 森招きの猫(ヴァンベルミィオ)

 おそらくアンジェリカの守護幻獣がゼフォン指導官がいるところまで先導しているのだろう。


 ネリキリー達が速度を上げたのを見て、猫とアンゼリカ達も負けじと馬を駆ったようだ。


 林が切れる。ゼフォンの姿が視界に入った。

 ネリキリーがさらに速度を上げようとしたとたん、森猫が彼の馬の前に飛び込んできた。

 慌ててネリキリーは手綱を引いて馬を止まらせた。


 その脇をアンゼリカとイーネスが駆け抜けていく。

 ネリキリーは脱力して、追いかけるのが一呼吸遅れた。


 森猫が大きく鳴いて、再び走り始めた。大事なご主人様の後を追って。


「それはないだろう」

 と呟くネリキリーを残して。




「俺たちの勝ちだな」

 一歩遅れてゼフォンのところに着いたイーネスは嬉しげだ。

「だが、俺のほうが早く着いたぞ」

 バンスタインはそう主張した。そう、ネリキリーは遅れたがバンスタインは先を行き、ゼフォンに一番に薬草の袋を見せている。


「二人一組ですよね」

 イーネスがゼフォンに確認する。ゼフォンはあいまいな顔で笑った。

「判定はもう一組が帰ってきてからするよ」

 言われてアンゼリカの顔が少し曇った。林を透かし見るように彼女は目を細めた。

「ミシェールとマラニュさんはまだでしょうか」

「ミシェールさんは中級なんでしょ?マラニュも初心者とは思えないほど強いし。すぐに戻ってきますよ」

 イーネスがアンゼリカを安心させるように言った。

 彼らを待つ間にネリキリーはアガサ草を見つけてそれを刈った。炒めて食用にもなるが、虫刺されなどにも効能がある。


 マラニュとミシェールはまだ帰ってこない。


「わたくし、迎えに行って参りますわ」

 アンゼリカが言い出した時、やっと二人の姿が林から出てくるのが見えた。

 だが、どこか様子がおかしい。二人は言い争っているようだった。


「ほら、俺たちが一番最後だ」

 馬から降りるとマラニュは仏頂面で言った。

「だから、どうだっていうのだ。最後になったのは私のせいだとでも言いたいのか」

 ミシェールは今までのどこか無機質な雰囲気を一変させて、マラニュを睨みつけていた。

「ヤークルをあんなに深追いしなければ、もう少し早く着いたはずだ」

「魔物を狩るのが冒険者の役割だ」

「俺だって普通なら反対はしないさ。だが今回はイッチャク草の採取を優先するべきだろうが」

「イッチャク草の群生を見つけたのは私だぞ。見つけ方も教えてやった」

「それには感謝している。だが、逃げていくヤクールをわざわざ追いかけて時間をとったのとは話は別だ」

「だからそれは、冒険者として」


 二人の話を良く聞くと、ミシェールが逃げるヤークルを追って狩ったことが原因らしい。

 それはともかく、二人の話は堂々巡りをしていて収拾がつかない。


「ミシェール、心配したわ」

 苛立っているミシェールの腕にアンゼリカの手がかかった。マラニュに向かって何か言おうとしていた彼女の口が止まった。

「ごめん、アンゼリカ。ただあの男が」

 マラニュについて訴えようとするミシェールにアンゼリカは、言葉をかぶせるようにして言った。

「そして驚いたわ。あなたがそんなに感情的になることなんて滅多にないから」

 嬉しそうに、面白そうにアンゼリカはミシェールに話しかける。

「とても楽しそう」

 続いたアンゼリカの言葉にミシェールが絶句する。


 それを見て含み笑いをするマラニュにネリキリーも言う。

「マラニュも久しぶりに感情的だったな」

「え、あ、俺は」

 ネリキリーに向かって言い訳をしようとするマラニュにネリキリーは首を振った。


「ここしばらく借りて来たアルミラッジみたいだったマラニュの皮を破ってくれてありがとう」

 笑いながらミシェールに礼を言うネリキリー。言われた彼女も戸惑いを浮かべて答える。

「どういたしまして?」


「で、そろそろ寸劇はおしまいでいいかな?」

 折よくゼフォンの声がかかる。ネリキリー達は真顔になってゼフォンに向き直った。


「結果を言うよ。最後にやってきたミシェールとマラニュは論外として」

 指導官に論外と言われた二人がちらりとお互いの顔を見る。

「アンゼリカ、イーネス組とバンスタイン、ネリキリー組はほぼ同時。取ってきた薬草の量と質はアンゼリカ組の方が上なんだけど。バンスタイン組は、初めからどうしたら私に早く辿りつけるかを考えて行動していたからね。森猫のこともあるし。ここは引き分けとしておこうか」

「引き分けかあ」

 イーネスが少し残念そうな声を上げた。「ミイオ」と森猫も鳴き声を上げる。

 そんな森猫にゼフォンは近寄ってか屈みこんだ

「君がネリキリーの邪魔をしなければ、アンゼリカは勝っていたよ?守りたいあまり、手を出し過ぎないように」

 まるで人間の子供に言い聞かせるようだった。

 ミイオと森猫はまた鳴いた。それは、“はい”だったのか“いいえ”だったのか。

 森猫はするりと動いてアンゼリカの腕に飛び込んだ。


「さてと、今日の課題は終わり。あとは自由にしてくれ。私はダックワーズに戻る」

 ゼフォンは言い置くとすぐに馬を駆ってその場から離れてしまった。また、放置だ。


 陽はまだ高い。魔物を狩ることもできる。しかし、薬草も狩った、アルミラッジもヤークルもある。

「わたくしは町に戻りますわ。ネリキリー様は?」

 アンゼリカがネリキリーに問いかける。わざわざ言ってくるということは。

「ケルン様に会いに行こうと思いますの。ミシェールと一緒に立会人としてご一緒していただけませんか?」

 余人に聞かれぬように小さな声。

 ネリキリーはそう言われるのではないかと半ばは覚悟をしていた。

「わかりました。ご一緒します」


 ネリキリーはアンゼリカの願いを承諾をしてから、少し離れたところにいたバンスタインに町に戻ることを告げる。


 イーネスが寄ってきて「アンゼリカさんと仲がいいな」とにやついている。

「カロリングの旧友と一緒に会おうって相談していたんだよ。イーネスも会っただろう?」

「あの仕立てのいい服を着た洒落ものの友人か、ケルンだったか」

 イーネスの顔がとたんにつまらなそうになった。

「そうケルンだ。まあ、彼は昔からおしゃれだったけどね」

「お前とは真逆だな」

「どういう意味かな」

「俺やケルン君みたいに都会っ子じゃないってことだ」

 イーネスはさらりと自分も洗練されていると言ってくる。

「田舎生まれだからね。都会っ子でありたいとも思っていない。人を不快にさせない清潔感があれば十分だ」

 ネリキリーは肩をすくめて言う。

「それが良いところでもあるけどな。まあ、楽しく旧交を暖めて来いよ」

 あまり楽しい話にはなりそうにもないけれど、とネリキリーは思ったが、顔には出さない。

「ああ、そうする」

 とんとんと無意識に腰の鎌をネリキリーは叩いた。



 マラニュもいったんは一緒に帰ろうとしたが、ミシェールも帰ると知って取りやめた。

 ネリキリーは密かに苦笑する。

 三人は騎獣を駆って町へと戻る。冒険者組合(ギルテ)に寄って薬草やアルミラッジの査定を行ってもらう。

「マドレーヌさんは、まだ戻っていない?」

 ネリキリーは受付のメイベルに尋ねた。マドレーヌは昨日も今日も天馬(アイオーン)がいる牧場へと行っていた。

「まだですよ」

「そうか。もし戻ったら、マドレーヌさんに伝えてくれるかな。ご依頼のご紹介の件、今夜、果たせそうですって」

「分かりました」


 ネリキリーが騎獣を返しにいくと奇獣の厩舎番(スクーラ)のヴーゴが嬉しそうに言った。

翔驢馬(タレス)のやつ今日は自分から外にでたんだ」

「それは良かった。馬を厩舎に入れるときに顔を見て帰るよ」

 ネリキリーは顔をほころばせる。

翔驢馬(タレス)がどうした」

 ミシェールが耳ざとく尋ねてきた。

「病気だった翔驢馬(タレス)をこっちの厩舎で預かっていてね。昨日、ネリキリーがつきっきりで世話をしていたんだ」

 ヴーゴが説明をしてくれた。

「昨日、ここで働いていたのはそういうことだったのか」

 そういえば、ジェコモとのちょっとしたイザコザで詳しい話をしていなかった。

「外にでるのが怖がっていたからな。きっかけを作ってあげたかっただけだよ」

「ネリキリー様らしいですわね」

 少し離れたところからアンゼリカが微笑んだ。



「なんて愛らしい」

 厩舎で対面した翔驢馬(タレス)見てアンゼリカは声を上げる。

 腕に抱いた森猫が興味深そうに翔驢馬(タレス)を見ていた。翔驢馬(タレス)も森猫を見ている。

 幻獣同士、通じるものがあるのだろうか。

 森猫はアンゼリカの腕から飛び出して、翔驢馬(タレス)の足元にじゃれかかった。

 翔驢馬(タレス)は一歩引いたが、顔を下ろして森猫の体を嗅ぐ。

 心が和む光景だ。

 アンゼリカもミシェールも表情が柔らかい。

 ひとしきり、森猫と翔驢馬(タレス)のじゃれあいを眺めてから、三人は名残惜しいと思いつつ、厩舎出た。


「ミシェール嬢はアンゼリカの状況をどれくらい知っているんですか」

 宿に向かいながらネリキリーは世間話でもするような調子で訊いてみた。

「おおよそのことは話してありますわ」

「そうなのですね。二人は以前から知り合いなんですか?」

 ネリキリーはミシェールに水を向ける。

「いや、出会ったのは冒険者として登録した日だ。でも、女の冒険者は少ない。お互いに助け合わなければいろいろ大変なこともある。それに、何度か危機的な状況をアンゼリカと森猫に救われた。アンゼリカには感謝している」

「当たり前のことをしただけですわ」

 ミシェールの言葉にアンゼリカは恐縮して首を左右に振った。

「ミシェールと同じ日に登録できて、私こそ幸運でしたわ。ミシェールは瞬く間に中級になりましたのよ」

「先に騎士として働いていた蓄積があったからだ。アンゼリカだってすぐに中級になれるさ」

 励ますようにミシェールはアンゼリカの腕を叩く。それは二人の距離が近いことを示していた。


「つまり“私たち親友になりましたのよ”ということなのですね」

 ネリキリーの台詞にアンゼリカも故郷にいる小さな(もう小さくはないだろうけれど)親友を思い出したようだった。その瞳がとろけるように優しくなる。

「ネリキリー様のおっしゃる通りですわ。カロリング(葉の円環)の親友にもいつかミシェールを紹介したいと思っておりますの」


「ところで、今ダックワーズにいるカロリングの旧友についてですが、こちらから行くのではなくて、こちらの宿に呼ぶのはどうですか?彼を紹介して欲しいという人がいるんです。できたら、アンゼリカ嬢が話を終えたら、ケルンにその人を紹介をしたい」

 面倒なことは一度に片付けてしまいたいとネリキリーは思う。

「日を改めてとなると、我々が次にいつ暇になるか分からないうえ、ケルンがいつまでダックワーズにいるかも不明ですから」

「どなたですの?」

 アンゼリカが少し顔を傾けた。

見届け役(サニワ)のマドレーヌさんです」

「ああ、あの綺麗な方」

 アンゼリカ少し考えてから、そうですわねと言った。

「そのほうがよろしいかもしれません」



 宿に戻ると宿の者を捕まえて

「今夜、友人を交えて食事をしたいんだけれど、場所はあるかな」

 と尋ねた。

 中庭を隔てて、別館があるほどの宿である。少人数で食事を取る部屋があるとネリキリーは踏んだ。

「何名ですか」

「五人だ」

 思った通り、部屋はあった。

「分かりました。ご用意いたします」

 下手に他のところで会うよりも、ケルンに冒険者がどういうものか、雰囲気を欠片でも知ってもらったほうが良いだろうという思惑もネリキリーにはある。

「では、六時から食事の用意を頼む」

「心得ました」

 宿の者が承諾したのでネリキリーはアンゼリカとミシェールに声をかける。

「ケルンへ知らせるのは僕が手配しておきます。部屋に戻っていてください」

 ネリキリーは二人に微笑んだ。女性の身支度は時間がかかるものだ。

 二人はネリキリーに礼を言うと別館へと向かった。


「それから、この宿に使い走りをしてくれる者はいるかな?」

「特に雇ってはおりませんが、少し先の広場にいる、リックスかジョバンニなら信用がおけますよ」

「そうか」

 ネリキリーは紙と書くものを借りて伝言をしたためた。

 “探し物が見つかったので、今夜六時に道化の王冠(クランナクラン)亭に来て欲しい”

「ありがとう」

 ネリキリーは筆と1リーブを手渡す。

 相手は慇懃に頭を下げた。


 ネリキリーが広場に行くと何人かの子供が遊んでいた。

 ネリキリーは彼らの一人に声をかけた。

「リックスかジョバンニという子はいるかな?」

「リックスはいない。ジョバンニは俺だけど」

 13歳くらいの利発そうな少年がネリキリーに応じた。

「お使いを頼まれてくれないか」

「いいけど。どこまで」

「中央の丘にある“鍵穴のない箱”という宿まで。ケルン・ランバートという人にこれを渡してほしい。行きに1リーブ、帰りに1リーブ払うよ」

 ネリキリーは畳んだ紙を少年に見せた。ジョバンニ少年はちょっと考えるふりをした。

「少し遠いな」

「では、帰りに半リーブを上乗せしよう。返事をもらえたら、道化の王冠(クランナクラン)亭まで持ってきてくれ」

「その人がいなかったら?」

「宿の人に伝言を預けてくれればいい」

 少年の首が縦に振られ、手が差し出される。ネリキリーは1リーブと伝言の紙をその手に乗せた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ