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王道、ふあんたじぃ  作者: 野月 逢生
第一章 
8/90

はち

 可愛いシャルロット嬢の相手をしながら、その日は過ぎていった。

 上流階級の交わりなどに慣れていないネリキリーは、正直シャルロットの存在に助けられてもいた。


 狩りは明日の朝早くからだという。

 ひさしぶりの一人部屋で彼は弓の手入れをしていた。

 ネリキリーにとっては豪華で広すぎる部屋の居心地の悪さ、それに狩りへの興奮とが混ざりあってなかなか寝付かれない。

 イリギスとケルンはもう寝ただろうか。ケルンの部屋は隣だが、賓客であるイリギスの部屋は、別の階にある。


 弓の張りをもう一度確かめてから、寝台に入る。

 明日は良い一日になるようにと願って灯りを消した。


 翌日、着替えを終えたネリキリーが廊下に出るとイリギスがいた。

 朝食をイリギスの部屋で、一緒に食べようと誘いに来たのだという。

 貴族なら従者を寄越すような場面でもイリギスは自分で動く。


 ふと思い付いて、ネリキリーはイリギスを誘う。

「面白いな」

 イリギスがちょっと悪い笑みを浮かべた。

 そして、二人はケルンの部屋を急襲した。

 朝に弱いケルンは眠っている。

 イリギスが思いきりよく上掛けを引っ剥がす。

 何事かとケルンが飛び起きた。

 ケルンは自分の部屋にいる二人を見て絶句していた。

 いつもは見られないケルンの心底驚いた顔にネリキリーとイリギスは声をあげて笑った。


「初等科の奴らみたいないたずらして喜んでんじゃねーよ」

 乱暴に髪をかき回しながらケルンが愚痴る。

「監督生がこんないたずらしていいのか」

「ここは、リゼラの寮じゃないからね」

 監督生もお役ごめんだよとイリギスはうそぶく。

「だいたいさ、イリギスはネルと比べると俺の扱い雑だよね」

「人徳の差かな」

 ネリキリーはすまして言った。

「そうだな。人徳の差だ」

「言ってろ。ああ、着替えるから先に行っていてくれ」


「二度寝はしないように」

 イリギスは釘を刺すのを忘れなかった。休日のケルンは下手をすれば一日中寝ていることがある。




「おはようございます」

 爽やかな笑顔でケルンは率先して一同に挨拶をしていた。

 イリギスの部屋で不機嫌な顔で朝食を食べていた人物と同じとは思えないとネリキリーは思った。


 兎の魔物、アルミラッジが可愛い外見で油断させて人を攻撃をすることから、くるりと愛想が良くなることを「アルミラッジの耳を生やす」というが、ケルンはまさにその情態だった。


「良い天気ですね」

 狩りには参加しない令嬢方が近くの別荘から到着したのも、ケルンの機嫌を良くしている一因だろうとネリキリーは推測する。

 その令嬢方は、ちらりちらりとイリギスに視線を向けているわけなのだけれど。


「ネール」

 そんな中でネリキリーに情熱的に抱きついてくれる令嬢もいる。

 ボート伯爵令嬢、シャルロットだ。

「おはようございます、シャルロット様」

「様はいらないわ。シャルロットって呼んで」

 シャルロット嬢はおしゃまな顔でおしゃまなことを言う。

「では、シャルロットとお呼びしますね」

「ええ、今日も私の付き添い役(エチケート)をしてくださる?」

「もちろん、喜んで」

 シャルロット嬢は小さいので、腕を取ったり、腰を抱いたりは出来ない。手を繋ぐだけだ。

 肩抱っこしてあげたら、喜んでくれそうだけれど、まだ知り合ったばかりでは失礼にあたるだろう。

 紳士たるもの節度を守らなくてはならない。

 ネリキリーは小さな令嬢(ベッラ)の騎士然としていることを楽しんでいた。


 小春日和のようなネリキリーとシャルロットの横では、冬の寒さのような風景が繰り広げられていた。

 ケルンが声をかけた令嬢達はやんわりとケルンの付き添い(エチケート)を断っていた。

 イリギスが声をかけてくれるのをひそかに期待して待っているのだ。

 イリギスは令嬢の心を知ってか知らずか、紳士達と談笑していた。


 ネリキリーは、シャルロットにねだられて、集められた犬達がいる場所に向かった。

 猟犬は良く訓練をされているが、万が一に備えて少し距離をおいた。

 犬達は、狩りに早く出たいのかそわそわしていた。


「良い朝ですね」

 近くにいた紳士が穏やかな声で挨拶をしてきた。

 昨日は見かけなかったので、館の宿泊客ではなく、近隣から集まった人だろう。

「おはようございます。初めまして。ネリキリー・ヴィンセントと申します。こちらはベッラ・シャルロット・ボート。ボート家のご令嬢です」

 シャルロットをかるく引き寄せて、一礼をする。


「これは素敵な令嬢(ベッラ)だ。私はガレット・デロアと申します。お見知りおきを」

 ガレットが紳士の挨拶をすると、シャルロットはちょっと気取って挨拶を返した。


「毎年、魔物狩りには参加されているのですか」

「毎年ではありませんが、退屈をするとたまに参加するのですよ。君は初めて?」

「ええ。故郷では、森に狩りに行くことはありましたが、獲物は普通の動物でした」

「この辺りの魔物は強くないですから、普通の狩りとさほど変わりませんよ。だから、ご婦人(ベッラ)方も参加しているのですし」


「魔物が出たら私が倒して差し上げますわ」

 シャルロットがくるりと回って、背にした子供用の弓を見せた。

 矢をつがえて引けば、キチンと飛ぶ代物だが、危険を考慮して矢じりはつぶされている。

「なんと頼もしい女騎士だ。その時はよろしくお願いしますよ」


「シャルロットは僕にあなたを守らせはくれないのですか?僕は頼りない?」

「そ、そんなことはなくてよ。あなたは私のエチケートだもの。魔物がたくさんいたら、困るからその時はお願いしますわ」

「全力でお守りします。マ・ベッラ」

 隣ではガレットが楽しそうに声を出して笑っていた。


 ガレットは狩りについて、ネリキリー達に幾つかの注意点を教授してくれた。


怪角鹿は(エゾック)の急所は角と角の間ですよ。先ずは足止めして、そこに打撃を強く与えれば動けなくなる」


「打撃だけでいいのですか?」

怪角鹿(エゾック)は魔物の中でもかなり弱いのですよ。あまり、人も襲いませんし」

「人を襲わないなら、なぜ狩りますの?」

「その代わり、食欲が半端じゃない。森鹿(チェル)の数倍も食べるので、放っておいたら森が無くなってしまう」

「そうなのですね」

 神妙な顔をしてシャルロットはうなずいた。


「初めての狩りに興奮するなとは申せませんが、深追いはしないこと」

 ガレットは真剣な顔で言う。

「弱い魔物でも追い詰められると、時に信じられないような強さを発揮する場合があります」


 彼は魔物の狩りにとても詳しいようだった。

 ひとしきり話をした後、ガレットは優雅な仕草で手を振って話を止めた。


「そろそろ私のベッラ(マーベラ)のところに戻らないと。お話しできて楽しかったですよ」


 こちらこそと挨拶をして、ネリキリーとシャルロットはガレットを見送った。彼は奥方達が集まっている方へ行く。

 ネリキリーはシャルロットと共に反対側で群れている若者の集団に向かった。

「素敵な方でしたわね」

「そうですね」

(わたくし)のことも令嬢(ベッラ)として扱ってくれて」

「シャルロットはりっぱな令嬢(ベッラ)ですよ」

「ネルは、そうですけど。いえ、ネルも時たま、(わたくし)を子供だと思ってらっしゃるでしょう?」

「いや、それは」

「よいのです。実際、まだ7つですもの。子供扱いされて嬉しい時もたくさんありますし。でも、ああ、早く大人になりたいですわ」

  ネリキリーも同感だった。子供だと、シャルロットをどこかあなどっていた自分を見透かされて。

 ガレットのように本当の大人になりたいと思った。

「一緒に成長しましょうね」

 同士に言う気分で、ネリキリーはシャルロットに声をかけると、シャルロットは力強くうなずいてくれた。





 結局、イリギスは誰もエチケートしなかった。

 男性より女性のほうが少ないというのが主な理由である。

 平和な選択だ。

 ケルンは、なかなか可愛い令嬢の付き添い(エチケート)をしていた。彼のことだから、今後の繋がりも考えてのことだろう。


「彼にシャルロットを任せて大丈夫かな」

 ボート伯爵がドーファン上級生とイリギスに問いかけた。

 シャルロットはまだ小さく、誰かが相乗りしなければならないからだ。

 普通ではシャルロットが付き添い(エチケート)役に選んだネリキリーが行う。

「大丈夫ですよ。彼の乗馬術は保証します。高等学院(リゼラ)で行う競技会でも、見事に乗りこなしてました」

 とドーファン上級生。

「小さい頃からご兄弟と二人乗りをしていると聞いていますから、私より二人乗りは慣れているのではないかと思いますよ」

 イリギスも言う。

「ならば、大丈夫か。ネリキリー君、娘をよろしく頼むよ」


 ボート伯爵夫妻は、本当はイリギスにシャルロットの付き添い(エチケート)をして貰いたかったのかもしれない。

 と、ネリキリーは今更ながらに気がついた。


 幼い娘を通してグラサージュ家と親しくなることができれば、オーランジェットを盟主と仰ぐこの国では、何かと有利になるのだろう。


 ただ、シャルロットは、ボート伯爵がイリギスに打診する前に、ネリキリーにエチケート役を頼んでしまった。

 シャルロットが楽しそうなこと、ネリキリーが高等学院(リゼラ)の生徒であり、イリギスの友人であることから、回りには、概ね好意的に見られているようだが、対応は間違えないようにしなければと気を引き締めた。



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