七じゅうはち
ゼフォンが修練所から出ていくのを見送って、一同は息をつく。
ゼフォンの言ったことは正論で、正論だからこそ悔しい。
「相手を代えて短剣の稽古をやってみるか」
バンスタインの提案に、イーネスが難色を示した。
「それだと、今日は稼ぎがなくなるよな。依頼を受けて良いなら、俺はそうしたい」
イーネスの気持ちもわかる。宿代は出ているとはいえ、食費などは自分持ちだ。
「それも一案だが、皆の意見も訊こう」
バンスタインは自分とイーネスの意見をみんなに諮った。
「私は冒険者になってまだ半年だから少しでも実践をしたい」
とミシェール。アンゼリカもその意見に賛成した。
「ネリキリーは?」
バンスタインはネリキリーに話を振ってきた。
「悪いが、自分はどちらも参加しなくていいかな。少しやりたいことがある」
マラニュがネリキリーを反射的に見た。その様子だとマラニュは依頼を受けに行きたいのだろう。
まだ、入って間もない彼も実践を積んでおきたいというのが見て取れる。
「マラニュは依頼を受ければいいのじゃないか?特にしてもらうこともないし」
「ネリキリーがいいと言うのなら」
安心したようにマラニュは顔をほころばせた。
「しっかりな」
ネリキリーは厩舎の前で他の者に手を振って送り出す。
一人残るネリキリーをアンゼリカが振り返ってこちらを見る。ネリキリーは笑顔を返すと彼女は小さく手を振った。
残ったネリキリーは、厩舎の中に入った。
一番隅の薄暗がりにいる驢馬とも子馬ともに見える獣。
翔驢馬だと思う。
でも、天馬の亜種である翔驢馬が、なぜ普通の厩舎にいるのか。
昨日、馬を選ぶときに、この獣を見かけて不思議に思ったネリキリーは、本当に翔驢馬なのか確かめたかった。
「そいつが気になるのか」
奇獣の厩舎番がネリキリーに声をかけてきた。
「はい。この子は翔驢馬ですよね」
「タレスの子供の頃は普通の驢馬と大差ないんだが、よく判ったたな」
感心するように相手が言った。
「驢馬の方を良く知っているもので」
グラース村では大抵の家が荷を運ぶために驢馬を飼っていた。ヴィンセント家でもそれは変わらない。
「アイオーンは別の牧場にいると聞きました。なぜここで飼育されているのですか?」
「こいつは生まれた時から小さくてな。放し飼いだと、他の奴が先に良い草を食べるから、病気になったんだよ。こっちの厩舎なら、餌は俺たちがそれぞれにやれるからな」
幻獣の天馬達は、冬と病気にでもならない限り、牧場に生えている草を食べると説明してくれる。
ネリキリーは病気になったという翔驢馬を見下ろす。
「まだ、この子は治ってないのですか」
「良く食べるようになったし、排泄も、自分で行くようになった。身体は癒えているが、心がな。厩舎をなかなか出ようとしない」
「それは心配ですね」
外を駆けないと、足が衰える。せっかく治ったのにまた病気になってしまう。
「この子を借りても良いですか?」
「こいつを外に出そうっていうのか?無理だと思うぞ」
厩舎番は渋面を作ってネリキリーを止めようとした。
「できれば、連れ出したいですが、体も汚れてるし、世話をしたいと思って」
「こいつは、元気になった後、なかなか体に触らせてくれないんだ。いいぜ。触らせて貰えるなら面倒を見てやってくれ」
ネリキリーは翔驢馬に運動をさせたいと思った。
翔驢馬を外に出さなければならない。
柵を開けてネリキリーが近づくと翔驢馬は小さく嘶いた。
警戒されている。
怖がらせることは本意ではない。
さて、どうしようとネリキリーは翔驢馬を観察する。
幻獣のほうも見慣れないネリキリーをじっと見つめていた。
降着状態のまま、時間が過ぎていく。
初夏の厩舎の中はだんだんと温度が高くなっていった。
普通の格好ならば問題ない気温だが、あいにくネリキリーは鎖帷子の上に上衣を重ね着していた。
思いきってネリキリーは上衣を脱ぐことにした。
翔驢馬から少し離れて服を脱ぐ。
その拍子に首から下げていた真証石がシャラリと涼やかな音をたてた。
翔驢馬が音に反応する。
一歩、ネリキリーに近づいたのだ。
「お前、この音が好きなのか」
試しに銀の籠を振ってみる。
おそるおそるだが、翔驢馬が近寄ってきた。
幻獣の涙だという石がたてる音。同じ幻獣にとって、とても心地良く聞こえるのかもしれない。
ネリキリーは慎重に翔驢馬を誘導した。
幻獣は少しづつ自分の与えられた場所から出てくる。
ゆっくり、少しづつ。
厩舎の入り口まで来ると翔驢馬は歩みを止めた。
外には光が溢れている。日の当たらない厩舎に長くいたのだ。光が眩しいのだろう。
それとも外が怖いのかも知れない。
かつての自分のように。
「大丈夫。そばにいるから」
ネリキリーは翔驢馬に優しく語りかける。
声に合わせて、真証石を大きめに鳴らした。
おいでと手を伸ばせば、おずおずと幻獣は厩舎の外へ踏み出した。
ネリキリーは併設された馬場で翔驢馬を歩かせた。
最初のうちは籠を振って真証石の大きく鳴らした音が必要だったが、そのうちに慣れて楽しくなってきたのか、ネリキリーが動くたびに小さく鳴る音でよくなった。
「よし、よし、いいこだな」
ネリキリーはそっと背を撫でる。しばらく手入れされていない毛並みはごわついていた。
ネリキリーは三周だけ馬場を歩かせると、厩舎のそばの水場で翔驢馬の世話をやいた。
水を飲ませ、蹄の手入れをし、馬用の刷毛をかけてやり、体を固く絞った布で拭いてやる。
上衣を着ていないため、時折、シャランと真証石が大きく鳴る。そのたびに翔驢馬は嬉しそうに嘶いた。
厩舎に戻ると、下藁が変えられていた。
翔驢馬がいない間に厩舎番が取り替えてくれたのだった。
「体も寝床もきれいになったな。今、餌を取りに行ってくるからな」
ネリキリーは軽く首を叩くと、柵を戻して奇獣の厩舎番のところへ行く。
「よう、あんた、なんて言ったっけ?」
「ネリキリーです。ネリキリー・ヴィンセント」
「俺はウーゴ・リミネだ。あんた、動物の世話が上手いな。あいつを外に引き出して来た時には目を疑ったよ」
ウーゴは気さくに話しかけてくれる。
「なんだが、自分が持っている護符が鳴る音を気に入ってくれたみたいです」
ネリキリーは籠を振って鳴らす。シャランと真証石が中で鳴った。
「いい音だ。あいつじゃなくても気に入るな」
物珍しそうにヴーゴはネリキリーの護符を見た。
「それ、どこで売っているんだ?俺も一つ欲しいな」
「売ってはいないですよ。手作りで、材料もなかなか手に入らなくて」
「へえ、あんたのいい人が作ってくれたのか?そりゃ、想いがこもっていい音がするはずだ」
「いえ、そういうわけでは」
自分で作ったのだと言おうとする前に、ヴーゴは大きく手を振った。
「照れるなよ。冒険者なら、女の一人や二人いるのが当たり前さ」
二人は問題だと思うが、そういうものなのだろうか?みな、ネリキリーの周りでは女性と付き合っているとは思えない者が多い気がする。
それとも、みんな隠しているのか。
気にはなるものの、とりあえず今は翔驢馬のことだ。
「あの子に餌をやりたいのですが、いいですか。あとご褒美にこの飴をあげても良いでしょうか」
ネリキリーは隠しに入れた魔糖の飴を取り出した。
「いいぜ。久々に運動したしな」
ネリキリーは礼を言って翔驢馬に餌を持っていく。馬場を歩いた後だからか、翔驢馬は餌を良く食べてくれる。
その様子をネリキリーは目を細めて見つめた。なんだか初めて自分だけの馬を貰った時のような気持ちだ。
「ほら、ご褒美だよ」
餌を食べ終わった翔驢馬に飴を与える。
幻獣は口に含んだとたん、目を輝かせる。それからゆっくりとそれを舐めていた。
餌をやり終わったとヴーゴに報告しに行くと、奇獣の厩舎番の他の仲間と一緒に昼飯を食べようと誘われた。
「ついでに午後の仕事も手伝ってくれたらな」
ヴーゴが言い出したので「いいですよ」と気軽に請け負った。
なんでも、一人が天馬の牧場の手伝いに行っていて手が足りないらしい。
午後には、ダックワーズの武器屋や防具屋を覗いてみようかと思っていたが、それは急がなくても良い。
「助かるよ」
別の厩舎番、レフが礼を寄越す。
厩舎番と連れだって冒険者組合が開いている食堂でネリキリーは食事を取った。
彼らと一緒に食事をしているとゼフォンがやってきた。しなやかな歩みは彼の冒険者としての実力を伺わせる。
「君は他のみんなと一緒にいかなかったの?」
ゼフォンはいきなりそう訊ねてくる。ネリキリーは彼を見上げて返事をした。
「はい、厩舎の手伝いをしてました」
「ふうん、変わっているね」
あなたほどでは、と心の中で返す。しかし、にこりとネリキリーは笑ってみせた。
「生き物が好きなんです」
ネリキリーが答えると、ゼフォンはニ三度瞬きをしてから不思議そうに言った。
「やっぱり変わっている」
4人の奇獣の厩舎番達と過ごした時間は、突然の再会に少し混乱を感じていたネリキリーにとって良い気分転換になった。
心地よく疲れた体。少し傾きかけているが、まだ青い空に向かって大きく伸びをする。
冒険者として魔物を狩った後にはない清々しさだった。
「なんでネリキリーが厩舎で騎獣の世話をしているんだ?」
馬に乗ったカレヌがネリキリーに声をかけてきた。
天馬の牧場へと行っていたコナー達一行が戻ってきて、厩舎番の手伝いをしているネリキリーを見つけたのだった。
「ちょっと気分転換にな。天馬はどうだった?上手く乗れたか?」
手桶の中に用意された騎獣の手入れ用の品、一式を手渡しながらネリキリーは問い返した。
手桶を受け取りながらカレヌは自分の乗ってきた馬の世話を始めた。
厩舎番が行うほど丁寧ではないが、乗った騎獣の簡単な手入れは借りたものが行うのが通例だ。
「それがあんまり。天馬は気難しい。ちゃんと乗れたのはルチナとジョウン、それとヤードだけ。俺も含めた三人は触らせてもらえるのがやっとだった」
カレヌは丁寧に騎獣の手入れをしている女性二人を眺めて嘆息した。
「幻獣は一にして慣らせずだ」
「なんだそれ聞いた事がない格言だな。誰の言葉だ」
「ネリキリー・ヴィンセント」
ネリキリーはわざと気取った調子で答えた。
「お前じゃないか」
カレヌは刷毛を手をあげて怒ったふりをした。
「あながち間違いでもなさそうだけど。パッティ指導官も焦らないようにって言っていた」
カレヌはニ三度、ネリキリーを叩くふりをすると刷毛を収めて言う。
パッテ・シュクレ、カレヌ達を任された指導官だった。カスタード団から派遣されたうちのただ一人の女性。
背が高く、力強さを感じさせながら、実に見事な曲線を持っている。今日はぴったりとした革の鎧しか身に着けていなかったので、余計に魅惑的な姿態を際立たせていた。
見渡せば、彼女の姿は無かった。
「パッティ指導官は?」
「門のところにゼフォン指導官と会って、二人で先に宿に帰った」
「二人は仲がいいのか」
同じカスタード団の二人だ。不思議なことじゃない。けれど、カレヌは首をひねっていた。
「仲が良いっていうより、パッティ指導官が押されて、仕方なくって感じ?」
カレヌは小さな声で言ったが、馬の世話をし終わったヤードがこちらに近づいてきた。
「私は近くにいたから話が届いたんですが、パッティ指導官は、我々と冒険者組合の厩舎まで戻ると一度は断ってましたよ。それを、我々を子ども扱いするのは止めた方がいいと、ゼフォン教官がおっしゃって、説得してました」
「ゼフォン指導官はこっちの班でも似たようなことを言っていたけれど」
ネリキリーの語尾が少しあいまいになった。
「まあ、ゼフォン指導官はとてもパッティ指導官を気にかけているってのは間違いないね」
カレヌは言いながら、世話のし終わった馬の首を叩いた。
コナー達全員が厩舎に騎獣を戻して冒険者組合の屋舎に行くと、バンスタイン達が帰ってきた。
先ほどと同じように、なんで厩舎番の仕事をしているんだ、というやり取りをした後、ネリキリーはなんとなくアンゼリカを眺める。
それを目ざとくイーネスが気づいた。
「彼女のことが心配か」
彼は人をからかう表情をしている。
「はい。気になりますね」
アンゼリカを見つめたまま、ネリキリーは完全に肯定した。
「おやおや」
イーネスは少し毒気を抜かれたように合いの手を入れる。
「アンゼリカ嬢は馬の手入れにまだ慣れていないみたいですから」
カロリングでは資産家の準男爵の令嬢だ。猫や小動物の世話はしても、馬の世話は馬丁が行っていたはずだ。
冒険者になって半年だという彼女の世話の仕方は、まだ少しぎこちない。
「手伝ってやれば?」
イーネスは笑いを張り付けて彼女の方に顎をしゃくった。それは彼女を軽んじているように感じていただけない。
「一人で騎獣の世話ができるのは冒険者として最低限の資格だから」
ネリキリーは手伝うつもりはなかった。
「そんなこと言って。ああ。ほら、先を越された」
自分の馬の世話を手早く終えたマラニュがアンゼリカに近づいて、馬の後ろ脚をあげて支えてやっている。
蹄に挟まったものを掻き出す手伝いだ。
アンゼリカは微笑んで礼を言っている。
「マラニュの坊やはなかなかやるな」
イーネスは完全に面白がっている。
彼は色恋沙汰にからめたいようだが、それは違う。
ネリキリーは彼女の薬茶師として生きていきたいという彼女の望みを昔から知っている。そして心から応援している。彼自身の夢、魔法学の師となることが絶望的になった今でも。
「マラニュが積極的に人と交わるのはいいことだよ」
彼はメーレンゲでの模擬試合から、まるでネリキリーの影のようになっている。
彼のその態度はあまり好ましくない。ネリキリーは本気で思う。
だが、同時に。
読もうと思っていた本を先に借りられたような、そんな不思議な気持ちにもなっていた。
「終わったなら、場所を開けてくれたまえ」
少し居丈高な声がネリキリー達にかけられた。振り返れば、ヴァリ・ストラドが率いて行った冒険者の一人がネリキリー達に強い視線を投げつけていた。
しかし、冒険者組合の馬場は、もっと大勢で魔物狩りに行く場合に備えて大きく場所を取ってある。少し離れれば、十分に場所はある。
「あちらも空いていますよ」
ネリキリーは空いている場所へ誘導しようとした。
「君たちが時間を無駄にせず、さっさとどいてくれればいいだけだろう」
相手は馬の上からネリキリーを睨んでくる。
「ネリキリーどうした?」
奇獣の厩舎番のレフが近寄ってきて、ネリキリーに尋ねた。
「こちらの方々が、場所を開けて欲しいって」
ネリキリーが言うより早くイーネスがレフに答える。
「まだ、みんな、馬の世話は途中みたいですけど?」
レフが温和な声で馬上の男に話しかけると、男は口を曲げるようにして、レフに言った。
「馬の世話よりおしゃべりをしているから、注意したまでだ」
「そりゃ、どうも。馬の世話をしているときは話をしてはいけないなんて、冒険者組合の規則にあったなんて知らなかったな」
イーネスは皮肉げに相手に言った。
「なんだと」
馬上の男はイーネスを睨みつけた。
「イーネス」
ネリキリーはたしなめるように彼の名前を呼んだ。相手は無礼だが、イーネスの喧嘩を売るような言動はどうかとも思う。
マラニュがこちらに来ようとするのを首を振って制し、心配そうなアンゼリカに微笑する。
バンスタインは渋面を作っているが、行動には移さない。ミシェールの表情は読めなかった。
「悪い。仮入団の一日目なので、少し気持ちがはしゃいでいたみたいだ。そっちはヴァリ指導官と一緒に植物採取に行ったんだよね?魔獣に襲われなかった?」
ネリキリーは目の前の男だけでなく、後ろでなりゆきを見ていた冒険者達一人一人に視線を投げかけた。
「遭ったぞ。ヤークルとアルミラッジだ。結構な数を狩った」
冒険者の一人がどこかほっとした顔でネリキリーに答えた。
「ヤークルは突然、木から襲ってくるから驚くよな」
「まあね。でも、気を付けていればどうということはないさ」
「自分は昨日、遭った時、少し対処が遅れたよ。怖いなとも思った」
「なんだ、ネリキリーはヤークルが怖くて俺たちと一緒に来なかったのか」
イーネスが軽口をたたいてきた。
「まさか。騎獣と仲良くなりたかっただけだよ」
馬から降りた男にネリキリーは軽い調子で話かけ、からかってきたイーネスに否定の言葉を返す。
「なんだ。お前は、彼女たちと狩りに行かなかったのか?」
ちらりと男はアンゼリカとミシェールに視線を投げた。
「ああ、魔物じゃなくて、騎獣と戯れていた」
レフ以外の厩舎番達が、桶を持って冒険者たちのところへやってきた。
それを皮切りに、他の冒険者も少し距離を取って騎獣から降り始める。
マラニュとバンスタインが世話をし終わった騎獣を厩舎へ戻しに行った。
空いた隙、アンゼリカとミシェールの近くの場所に二人の冒険者が入り込む。
顔見知りなのか、アンゼリカ達と情報の交換を始めた。
「あいつら」
最初に、そこをどけと言ってきた男は、そんな二人の男たちに苛ついた目を向けた。
男は馬首を返して、比較的、女性二人に近いところで馬を降り、なんとかアンゼリカとミシェールに声をかけようと試みる。
「悪いな、ジェコモはアンゼリカ嬢に岡惚れしてるんだよ」
ネリキリーの声掛けに応えてくれた男、リナルドはネリキリーに耳打ちをしてきた。
「短剣の模擬戦が終わったら放置か。噂通りゼフォン・マルクスは癖のある人物だな」
アンゼリカやミシェール、そしてジェコモと一緒に王都からきたとリナルドの言葉にネリキリーも同意する。
「影山羊討伐の時、自分の受け持ち分は終わったと、闘いの場から去ったという話は本当なのかもしれない」
宿の食堂で、ネリキリーとマラニュ、イーネスとカレヌは、王都組のリナルドとサムエレの二人を交えて食事を取っていた。
アンゼリカとミシェールはルチナとジョウンと別の卓で食事を取っている。
男どもは、それを眩しそうに眺めているだけだ。
「四燭はそれぞれ個性的だからな」
サムエレが麺麭を羹に浸した。
ロマが正規軍に移動したのち、その穴を埋めたのが四燭と呼ばれるオットー、ゼフォン、パッティ、ヴァリ、今回の指導官達だ。
それまでカスタード団の中心人物だった、ロマ、エターリア、フィフ、ジュレに代わり、台頭した四人である。
ロマ達は、王族であるエターリアをはじめ、高位貴族ばかりである。ロマは子爵位で、家は没落していたが、女系を辿れば、王族にも繋がる血筋だ。
しかし、四燭はちがう。みな、爵位を継げずに平民となった者の子孫達だという。
貴族の血は引いているが貴族ではない人たち。
カロリングの高等学院でもそういう立場の人間はいた。
「だけど、うちのヴァリ指導官も少し癖はあるぞ。なにせ、歌いながら魔物を狩るんだ」
リナルドはにやりと笑う。
うたう冒険家ヴァリ・ストラドも有名だ。本当は吟唱詩人になりたかった変わり者の冒険者。
歌は上手いが、大勢の人の前だと、あがりすぎて歌えなくなるらしい。
オットー・ベルクマンは明るく人当たりは良いが、危機的状況に陥った時、二度ほど狂戦士になったという話がある。
パッティ・シュクレは冒険者としては非の打ちどころはないが、酒に強く、大勢の男たちに飲み勝ってきたという逸話が囁かれている。
「冒険者としての実績は素晴らしいし、指導や指摘は的確なんだけどね」
リナルドはヴァリを庇うように言った。
「パッティ指導官が一番の当たりってところだな」
カレヌが嬉しそうに言った。
「だが、一か月したら指導官も班の編成も変わる」
マラニュが冷静に指摘した。そうだったとカレヌは肩を落とした。
「だけど王都だと、アーディス山脈が狩場だよな。二人はもしかして中級か?」
イーネスが王都組に問いかけた。
「いや、二人ともまだ下級。アーディスも時迷いの森も深いところまでいかなきゃ、中級の魔物は出ないからな」
「中級なのはあの、ミシェール。アンゼリカは新米だけど、薬茶師の上級で、幻獣の守護があるから、二人でいるとかなり強い。中級魔物、上級でも下位種なら倒せるかもしれない」
「幻獣の守護?」
イーネスとカレヌが身を乗り出した。マラニュも心なしか背を伸ばしていた。
「そう。森猫。最下級の幻獣だけど、幻獣の守護持ちなんて10年に一人いるかいないかだから」
イーネス達は女性たちを眺める。
たおやかなその姿は、中級や上級の魔物を倒す強さを秘めているとは思えない。むしろ守護欲をそそられる。
「確かに二人は連携して魔物と闘っていると強いと思ったな。一人づつだと、判らないけど」
イーネスは慎重に言葉を口にした。
「アンゼリカ嬢は魔物を狩るのに少しためらいがあるようだ。そこが弱点になるかもしれない」
マラニュは心配そうにアンゼリカのことを話した。そしてネリキリーを見る。
「そこら辺りは、仮入団で鍛えられたら、少しづつ改善していくのじゃないか。ゼフォン指導官は甘くなさそうだから」
ネリキリーはそう言うと杯を手にして水を飲み干した。