七じゅうなな
ビスコッテ丘陵は大小70余りの丘が連なっている。
ダックワーズの近くの30の丘は葡萄畑が広がっていた。
人間としては、もっと畑を広げ、葡萄の収穫をしたいところだが、丘陵には強い魔物がいてままならない。
葡萄の花は花弁を持たない。小さく奥ゆかしく花をつける。
近づけば、かすかに甘い香りが漂う。
「葡萄食虫は厄介な虫なんですよ」
八つ葉楓につくワームと一緒で、葡萄の樹液を好む。葡萄の根に巣を作って卵を産む。
土の根に巣食う葡萄食虫は単為生殖だが、一部の虫は地表に登り卵を葉に産み付ける。その卵は翅を持った雄と翅のない雌になる。そして有性生殖を行うようになる。
地表の雌は、翅を持った雄と有性生殖を行い、今度は根に巣食う葡萄食虫を生み出す。
葡萄食虫はどの形態でも、葡萄には有害だが、この翅を持った雄は手の平の大きさになり、初夏には葡萄の花を、秋には収穫期の葡萄の実を食い荒らす。
ダックワーズにいる冒険者達は葡萄の花と実の季節には、毎日のように見回りを欠かさない。
翅つきの葡萄食虫を見つけたら直ちに処分するためだ。
「騎士団は見回らないの?」
カレヌが葡萄の花を珍しげに見ながら問いかけた。
案内人のエバレストが微苦笑を浮かべる。
「勲の騎士団だからね。葡萄食虫は農家にとっては厄介だが、小さい虫型なので、闘いがいがないらしくて。それに見つかれば、葡萄の樹を斬り倒して、根本を掘り起こして、土の浄化。農家の真似事を嫌う者も、ね」
騎士は、多くが高位の貴族の子息だ。
自分も貴族出身のエバレストは自嘲気味に話した。
青々とした葡萄棚からは葉と花の香りが漂ってくる。
朝早く葡萄畑を見回るのは、魔物が出なければ、気持ちに清々しさをもたらすだろうに。
「どうした、大人しいな」
持った槍で、葡萄の葉をかき分けて畑の中を覗くネリキリーにバンスタインが声をかけてきた。
「そんなことありませんよ」
ネリキリーは一瞬ぎくりとしたが、何食わぬ顔で返事をする。
続けて起こった過去との再会にネリキリーは少し戸惑っていた。
「いつもなら、案内人にあれこれ質問するだろうに、今日はしなかったから」
「カレヌが張り切って質問していてくれたので、する必要がなかっただけですよ」
それは事実だ。カレヌはいつも以上に熱心に案内人の冒険者に声をかけている。
「そういえば、昔の知り合いにリアクショーで会ったんだってな。随分羽振りの良さそうな男だとか」
イーネスか。ネリキリーは前を行くイーネスに視線をやった。
「カロリングの高等学院時代の同級生ですよ。商用でダックワーズに来ていたんです。長い間会わなかったので、夕飯まで一緒に取りました」
「相手はイーネスやマラニュまで、ごちそうすると言ったそうじゃないか」
「彼は人にものを食べさせるのが、好きなんですよ」
「そりゃあ、いい。俺もその場にいたかったな」
「バンスタインに本気を出して飲み食いされたら、彼が破産してしまう。ここから逃げ出せと彼に忠告しなくちゃ」
ネリキリーは冗談でバンスタインをいなした。
丘の一つを回りきり、ネリキリー達は葡萄畑を囲む柵の外へ出る。
エポナの血を引く馬より少し小さめな馬に彼らは乗った。
速さより体力があるように交配された馬らしい。
揺れる糸杉が連なる風景はクレーム平原とはまるで違う風景だ。
下草は詰草が多い。ビスコッテ丘陵は葡萄酒と共に養蜂が盛んで知られている。天然ものしか取れないフラウ蜂と違って普通の蜜蜂を使うので、供給が安定しているので価格も安い。
濃い緑と日差しが本格的な夏が近いことを教えてくれる。
歌を交わす鳥たちの声にネリキリーはつかのま心を和ませる。
「わざわざ来て、魔物一つ狩れないのか」
イーネスがぼやいた。
彼はこの牧歌的な風景に心を癒されていないようだ。
もっとも、イーネスの言う通り、魔物を狩れなければ、今日の稼ぎは無い。
「今日は下見だぞ」
コナーがイーネスの言いように苦笑してたしなめた。
何事もなく一日が終わるのかとネリキリーが思った時、糸杉の上から何かが飛び出した。
イーネスのぼやきが天に届いたのか、彼の背に乗ってそれは歯を剥いた。
「な、なんだ」
イーネスが体を振るって魔物を落とそうとしたが離れない。
獣の歯がイーネスの首筋にかぶりつこうとした。
固い鎧の襟首がそれを阻んだ。
バンスタインが槍を一閃させる。
グオニュウ
得体のしれない鳴き声をあげて魔物は地に落ちた。
場はにわかに殺気だった。
「ヤークルです。みな、注意して」
案内人の一人が声を張り上げた。
糸杉の幹と同じ色の毛皮を持った魔物だ。大きさは中型犬くらいだが、鋭い牙が覗いていた。
「油断すると、首を食いちぎられます」
案内人が注意を喚起した。彼も抜刀している。
傷を負ったにもかかわらず、魔物はしなやかに立ち上がる。
木の幹の色に似た茶の毛皮がつややかにひかっている。
「やろう」
イーネスが襲ってきたヤークルを槍で突き刺そうとした。
ヤークルが跳躍をして槍をかわす。
その先にバンスタインの槍が待ち構えていた。
二突きめが魔物の体に突き刺さる。
糸杉から次々と魔物達がネリキリー達をめがけて飛び降りてきた。
「別の者を襲ったヤークルを狙え」
エバレストが指示を飛ばす。
接近戦では槍は不利だ。
加えてヤークルは木に潜み、背中から狙ってくる。
マラニュの大剣がネリキリーの背後で風を起こす。
ネリキリーはヤードの馬の尻に降りたヤークルを十文字槍で放り投げ、落ちてきたところを突き刺した。
ハウサオロンとの戦いで培われた連携が、上手く作用していた。
マドレーヌの片手剣が抜き様にジョウンを襲ったヤークルを切りすてる。
魔物は一撃で動かなくなった。
ネリキリーは彼女の流麗な剣さばきに一瞬見とれた。
華麗な剣さばきと自賛したマドレーヌの言葉は嘘ではなかった。
同じようにマドレーヌを見ていたのだろう、イーネスの唇から口笛が洩れる。
マドレーヌの視線がイーネスに流れて、にこりと笑顔を作ったかと思うと、表情を引き締めて糸杉を見上げた。
側にいたジョウンも同じように見上げると矢をつがえて木に向かって放つ。
ネリキリーからは見えないが、まだ木の上にヤークルがいたのだ。
二矢、三矢。
矢を避けてヤークルが地面に飛び降りた。
ジョウンの矢とカレヌの斧槍が魔物に向けられる。
ヤークルの背に矢が突き刺さり、首が落とされた。
落ちた首を見てジョウンが少しだけ目を剃らした。
「18匹か。けっこういたな」
槍を納めてエバレストが倒したヤークルの数を数えた。
「さすがに皆、カスタード団に推薦されるだけはある。危なげない戦いぶりだったな」
倒した魔物を馬の背に乗せると、エバレストは一同を称賛した。
「ハウサオロンに比べれば、まったく楽ですよ」
カレヌは頭をかきながら答えた。
「魔物が荷物になるし、そろそろ帰るか」
バンスタインがコナーと相談をしていた。
「もう少し奥まで行きたかったが」
コナーが丘陵が連なる向こうを手をかざして見つめた。
「無理して、怪我をしたらもともこもない。明日以降、いくらでも先に行くことはできるさ」
「そうだな」
最初にビスコッテ丘陵の案内を頼んだコナーが納得すれば、話は終わりだ。
ネリキリー達はもときた道を戻っていった。
「けっこう、稼げたな」
楽しそうにイーネスが菓子を食べる。
昨日ネリキリーがケルンからもらった菓子だ。
カレヌもいる。
宿について一息ついたと思ったら、イーネスとカレヌ、さらにマドレーヌがネリキリー達の部屋を急襲したのだ。
シュトルム・エント・ドラクルか。
ネリキリーは胸の内で一人ごちる。
マドレーヌがいるので扉は開けっぱなしだった。
おかげで、座りこそしないけれども、他の冒険者達もお菓子を持ち去っていく。
なつかしい味のお菓子は、そのほとんどがネリキリーの舌を通過せずに消えていきそうだった。
「一匹、360リーブですからね。ヤークルの毛皮は人気だから、価格も高いのです」
ネリキリーの入れたお茶を満足そうにマドレーヌはすすった。
「ところで、ネリキリーさん。このお菓子をくれたのは貴方のご友人と聞きました」
「そうですが」
マドレーヌが強い視線を浴びせてくる。
「紹介していただくのは可能でしょうか」
食べたお菓子をそんなに気に入ったのだろうか。
「お菓子なら、全部もっていっていただいてもかまいません」
「あの、お菓子ではなくて、お友だちとお会いしたいと。何でも、見目良く紳士なお友だちと聞きました」
マドレーヌがはにかんだ顔をした。
つまり。
ケルンに興味があるということだ。
しかし、アンゼリカのこともある。紹介しても良いものかとネリキリーは悩んだ。
「お願いします。ネリキリーさん。かたぎの男性とたまにはちゃんとお話ししてみたいのです」
ネリキリーのためらいを察して、マドレーヌが頼み込んできた。
「ケルンが良いと言ったら」
「ありがとうございます!」
冒険者になってから、ずっと世話になっているマドレーヌの頼みを無下に断れずネリキリーは承諾した。
自分の意図ではなく、ネリキリーはケルンに会わなければいけなくなった。
しばらくは、間をおこうと思っていたのだが。
隣では、冒険者はかたぎじゃないのか、とイーネスがぼやいていた。
オーランジェト中から集まった冒険者たちの顔は引き締まっていた。
冒険者組合の持つ修練所に集められた21人の前にはカスタード団の精鋭、4人。
いずれも名のある人物だった。
オットー・ベルクマン、ゼフォン・マルクス、パッティ・シュクレ、ヴァリ・ストラド。
「みんな楽にしてくれ。今回はわがカスタード団の新人募集に応じてくれてありがとう。冒険者としての心得などは、すでに承知済だと思うので割愛させてもらうぞ。早速だが今日は班分けを行う。班は五人以上で三つ。基本は一か月固定。その後は一か月ごとに人員を変える。これを三か月間行う。今回は1回目だからな。自分たちで決めていいぞ」
オットーは良く通る声で班分けについて話した。
それを受けて、ネリキリー達は話し合いを始める。
「私とバンスタインは今回、別々の方がいいだろう」
メーレンゲから一緒にきた9人が集まるとコナーが言った。
「じゃ、俺はバンスタインと一緒ね」
イーネスが一番に言った。
「私たちはコナーさんと一緒でいいわよね?」
ルチアがジョウンに確認を取る。
「ええ」
「俺もコナーさんの班でいいですか」
カレヌは女性二人を見て言った。
「じゃあ、俺も」
バードもそれに便乗した。となると、ネリキリーとマラニュは自ずとバンスタインを選ぶことになる。
「4対5か一人か二人足りんな」
バンスタインが周りを見回した。
「誰か俺たちの班に入らないか」
バンスタインが声をあげたが、いらえはない。
ネリキリーも同じように首をめぐらすとアンゼリカともう一人いる女冒険者が猛烈に勧誘されているのが見えた。
「あの二人、美人だものな」
アンゼリカは清楚だが、もう一人は華やかさがある。背も高い。
「俺、誘ってくる」
イーネスが動いた。
イーネスは人の間をするりと抜けて、アンゼリカ達に話かけた。
女性の冒険者は四人だけ。
やはり圧倒的に少ない。
「メーレンゲからの見届け役も女性だよ。だから安心出きると思うよ」
イーネスはマドレーヌまで引き合いに出して誘っている。
ネリキリーはそのやり取りから視線を外してカスタード団の四人に順番に目を向ける。
彼らは四方に一人づつ立ち、組分けの様子を眺めていた。
視線を感じたのか、ゼフォンがこちらを見た。
目が合う。
しばらく相手を観察するように二人はお互いを見つめた。
「ネリキリー、イーネスが呼んでいるぞ」
マラニュから声をかけられてネリキリーはゼフォンから視線を外した。
イーネスを見ると、こちらへ来いよと手招きしていた。
ネリキリーが動き出すとマラニュとバンスタインも同じように動き出した。
「ごきげんよう、ネリキリーさま」
「ごきげんよう。ベッラ・アンゼリカ」
アンゼリカから挨拶をされてネリキリーも挨拶を返す。
「あ、やっぱり知り合いなんだ。アンゼリカさん、ネリキリーのこと見てたものな」
イーネスが納得したと頷く。
「学校ぐるみの交流があったからな」
ネリキリーはイーネスの言葉を軽く流した。アンゼリカは黙って微笑んでいる。
反応を示したのはもう一人の女冒険者だった。
「へえ、アンゼリカの知り合い?」
彼女は上から下までネリキリーを眺め回す。
ネリキリーはやや上にあるその視線を受け止めた。
「知り合いなら安心出きるってものではないけれどね。まあ、君は人畜無害そうだし。いいよ。班を組もう」
女冒険者は少し顎をあげて宣言した。
「アンゼリカ嬢もそれでかまいませんか」
ネリキリーは念のため、アンゼリカにも確認をとった。
「ミシェールが良いのなら、合流させていただきますわ」
交渉が成立したと悟った他の冒険者が、アンゼリカ達から離れていく。
コナーのところには、王都からきたコナーの知り合いが一人入った。立ち居振舞いからして貴族のようだ。
上手くやりやがって、という呟きがネリキリーの耳に届いた。
やっかまれるのは、ある程度仕方ない。
数少ない女冒険者をメーレンゲ組が独占しているのだから。
だが、呟いたような男には彼女達を組ませたくはないなとネリキリーは思った。
班が決まるとカスタード団の4人がそれぞれに指導官についた。
ネリキリーの担当はゼフォンだ。
「ゼフォン・マルクスだ。よろしく」
オーランジェットの人らしく長身痩躯だった。
柔和に笑っているが、オットーのようにつきぬけた明るさはない。
ゼフォンは自分が受け持つ志願者達を一人一人見回した。
彼の興味を引いたらしいと、ゼフォンの視線でネリキリーは悟る。
それが吉とでるか凶とでるか。
反発を招けばカスタード団に入るのは難しくなるだろう。
「さっそくだが、みなの実力を見せて欲しいな。あちらで短剣での模擬戦をしようか」
短剣か。
でも、なぜ短剣なのだろう。
ネリキリーの疑問はゼフォンの台詞で解決される。
「葡萄食虫を駆除する時は狭い葡萄棚の間を回るからね。短剣が有効になる」
ゼフォンはネリキリー達を空いた空間に誘導する。
外へ出るカレヌ達とすれ違う。
「天馬との相性を確かめにいくんだ」
誇らしげにカレヌがネリキリー達に手をあげる。
「良いこがいるといいな」
ネリキリーも手をあげて激励のために彼の手を叩いた。
「振り落とされんようにな」
バンスタインもカレヌの手を叩いた。マラニュがバードの手を叩くと、ジョウンがマラニュ、バンスタイン、ネリキリーと続けざまに手を叩いていった。
カレヌの先をいくコナーとルチナともう一人は手を振ってきた。
「仲がいいんだね」
ゼフォンが二つの班のやり取りを見て小声で言った。
「メーレンゲでも幾度か班を組んでますから」
バンスタインが生真面目な顔になった。
「始まりの町、メーレンゲか。懐かしいな。もう十年近くは行ってない」
ゼフォンが少しだけ顔をほころばせた。
「ゼフォン殿もメーレンゲが一番最初の登録地ですか」
「大抵の冒険者はそうだろう?中には王都で登録するのもいるがな」
ゼフォンは女性二人を横目で見た。
アンゼリカは王都組なのか。
時迷いの森は薬草の自生が多いからなとネリキリーは納得した。
「さて、志願者同士で対戦して。ああ、お互い片方の手に一枚の手巾を握りあって。狭いところで短剣を振るう訓練だよ。むろん、手を離したら負けね。あと短剣は鞘からは抜くなよ?」
ゼフォンの指示に従って皆は適当な距離を取る。
ネリキリーの相手はイーネスだ。
ネリキリーは手巾を出してイーネスと握り合う。
「オルト」
ゼフォンの掛け声で、イーネスがいきなり顔を狙ってきた。
ネリキリーは短剣をあげてそれを撥ね退けた。油断した。ゼフォンは頭の部分を禁止とは言っていない。
撥ね退けた短剣が今度は胴を狙う。
体をひねってそれを避け、胸を逆切りに短剣を振るった。
振るった短剣は空を切る。イーネスは真横になるようにしてそれを避けた。
手巾を持ったイーネスの手が留守になり、ネリキリーはすぐさまそこに武器を振り下ろした。
かなり強めに短剣が腕に入る。
しかし、イーネスは手巾を離さない。
イーネスは強い視線がネリキリーを睨む。こいつ、と唇が動いた。
すばやい動きでイーネスが短剣を振るってきた。
下、右、左、上。
短剣同士が音を立ててぶつかった。
大丈夫。まだ対応できる。
イーネスの動きはグッチオほど速くない。
わずかの間だったがメーレンゲでグッチオと体術の修練をしていた成果が出ていた。
「テール」
ニ十分ほどイーネスと刃を交え続けているとゼフォンの声が終わりを告げた。
「みんな、なかなかやるね。思った以上だ」
ゼフォンは満足げに言った。マラニュとバンスタインは息をあげている。よほど激しい攻防だったようだ。
アンゼリカ達を確認すると二人とも頬が薔薇色に上気している。
ネリキリー自身もやや息が早い。
「講評するよ。マラニュとバンスタインは大きく振りかぶる癖があるみたいだね。得意な得物は槍と大剣だからだろうけど。もう少し無駄な動きを少なくするといい。それに少し隙があるね。お互いに刃が当たった回数が一番多い」
ゼフォンに指摘された二人は言葉なく頷いた。
「反対に女性二人はお互いを牽制しあって、動きが少なかった。動き自体は洗練されていてなかなかいい。ただ、二人とも一度もお互いの顔には短剣を向けなかったね。女性だから遠慮があるのだろうが、魔物は性別を考慮してくれないからね。禁止されていないときは、そこも考慮に入れて組み立てること。怖ければ寸止め技術を磨きなさい。これは他の者にも言えることだよ。寸止めは相手に怪我をさせないためでなく、武器を思いのままに操り、制御する訓練になるから」
「わかりました」
「ありがとうございます」
アンゼリカとミシェールがゼフォンをまっすぐに見て礼を言った。
「イーネスとネリキリーの闘いが短剣戦としては一番見ごたえがあったな。すばやく的確な動き。二人とも短剣が得意なようだね。イーネスはいきなり顔に武器を向けるし、ネリキリーは相手の腕に容赦なく短剣を振り下ろすしね」
くすくすとゼフォンが笑った。
「ただ、ちょっと気になったのはネリキリーの攻撃に少し間があくというか、普通じゃない動きをするね」
「おそらく接近戦では短剣ではなく鎌を使うほうが多いからだと思います」
「鎌?そうか、それでか」
得心がいったというそぶりをゼフォンはした。
「鎌を使うというなら無理に修正するとな。ネリキリー、左手で武器は使えるよね?」
「多少は」
利き腕を怪我した際に使えるように、そうではない方の手も訓練をすることを冒険者組合では推奨されていた。
「じゃあ、明日からは短剣は左手を使って闘ってみて」
「了解しました。講評ありがとうございます」
ネリキリーが軽くお辞儀をすると、ゼフォンはいいよ、と言う風に手を振った。
講評も端的で解りやすく、一度に全員の修正点を指摘する。良い指導官に当たったと皆が思った矢先、
「じゃあ、実力は測れたし、今日は解散」
ゼフォンは一同に指導の終わりを告げた。
「まだ、一時間もたってませんが」
バンスタインがゼフォンに訊ねた。
「私はやることは一日に一つって決めているんだ。君たちが、やりたかったら、各々で練習してもいいし、冒険者組合の依頼をこなしてもいい」
「ですが、カスタード団の指導を受けるために我々はここに来たわけですから」
バンスタインが食い下がる。
「違うよね。仮入団しに来たんでしょう。君たちだって冒険者としての経験は積んできているわけだ。我々が手とり足とり教えてくれると思ったら大間違いだよ。何をするか。自分で考えて組み立てなきゃ」
ゼフォンはバンスタインの言葉を一蹴した。それは正論で、ネリキリー達は改めて自分たちの立場を考えさせられた。
「そういうことだから、これから好きにして。ああ、明日の午前中は植物についての知識を知りたいから、採取の依頼を受けるからね。そのつもりでいて」
バンスタインは押し黙ったまま顔を下に向け、胸に手を当てた。他の者もそれに習う。
ただ、ネリキリーだけは、顔を伏せず、ゼフォンを見つめて礼をした。