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七じゅうよん

次にネリキリー達は冒険者組合(ギルテ)の施設を案内された。


 修練場、武器庫、厩舎。


 残念ながら、天馬はいない。

 幻獣である彼らは、騎士団やカスタード団のものと共に丘一つ分の牧場にまとまって暮らしているそうだ。


 ダックワーズの施設の説明が一通り終わる。


 後は、自由な時間になる。

 町の案内は断った。

 十人近くの冒険者がぞろぞろと並んで歩くのは、目立って仕方がない。


 そんな意見が出されて町は、それぞれで歩くことになった。


 ルチナとジョウンはコナーとバンスタインと町を回るらしい。

 貴族と元騎士の二人は女性二人に礼儀正しいので女性は安心するのだろう。

 ネリキリーも一緒にと誘われたが、遠慮した。


 ルチナはコナーに好意を持っているようだし、ジョウンは馬車で大柄な人は一緒に闘っていると、安心できると話していたからだ。


 カレヌとヤードは、マドレーヌさんのお供を自らかってでた。


 イーネスはネリキリー達と来ると言う。


「メーレンゲより道が狭いな。建物も高い」

 マラニュは上を見ながら言った。


「ダックワーズは、坂道が多いから、道も曲がって作られてるんだな」

 ネリキリーも町の作りについて感想をもらした。


 道行く人の服装もメーレンゲとは少し違ってみえる。

 この町は帽子をかぶっている男が多い。

「ダックワーズは古い町だからなあ」

 イーネスが男たちを見るともなしに見ている。

 カレヌは飲食店を見つけると歩調がゆっくりとなっていた。


「ダックワーズ、ビスコッテ丘陵は葡萄酒の名産地でもあるんだよね」

 イーネスが楽しげに言った。

 ビスコッテ丘陵は魔物の出没頻度は少ない。

 町の近くの丘の斜面には、葡萄畑が栽培されていた。

「そうなのか」

 マラニュもいける口だ。その顔は楽しみだと言っていた。


 町の中心である丘に来ると、とたんに人が多くなる。

 時おり、こちらをじっと見る人がいた。

 見慣れない男たちが武器を持って歩いているからだろう。


 すれ違い様、冒険者の襟飾りを見て納得したような顔をする。


 マラニュは今も大剣をはいている。

 ネリキリーはこの町のリアクショーを見ておくつもりだったが、喫茶はできないなと思った。


「お、果物屋がある。果汁ありますだって。飲んでこうぜ」

 イーネスが一軒の店で立ち止まった。

 様々な果物が並べられた店は、明るくはなやかだ。

 果物を選んで、その場でしぼってくれるようだ。

 二、三人の娘が陶器の杯を持って飲んでいた。


「おやじさん、これ飲みたい」

 イーネスがさっそくオーランジェットを選んで注文をしていた。

「まいどー、じゃないな。昨日きた、冒険者かい?」

 店主が果物を二つ取り上げた。


「そうだけど。もう噂になってるの?冒険者の出入りは多いでしょ?」

 イーネスは愛想のいい声で尋ねる。

「馬車、二台で来るのは珍しいからな。それにメーレンゲの闘技場で派手に闘ったやつがいるって。もしかして、お前さんか?」

 ネリキリーは果物屋の言葉を聞いて耳を疑った。

 先日の模擬試合のことが、ダックワーズまで伝わっているとは。


 イーネスがちらりとネリキリーを見た。

 ネリキリーは言って欲しくないと微かに首を振る。

「残念ながら、闘ったのは俺じゃない。まあ、旗手だったけどね」

「そうか」

 絞り終えた果汁をイーネスに手渡して、果物屋はネリキリーを値踏みするように見た。


「同じものを」

 何か言い出される前にネリキリーは果物屋に注文する。

「俺もだ」

 マラニュも続けて注文した。


「お茶にオーランジェットの果汁を入れたものは飲んだことがあるけど、そのまま絞りたても美味しいな」

 ネリキリーが言うと果物屋は、おやと言う顔をする。

「オーランジェットの絞り果汁を飲んだことがないってことは、別の国からの冒険者かい?」

「そうだ。カロリングから来た」

「へえ、カロリングから」

「俺はオーランジェットの産だが、ダックワーズは、初めてだ。ここらで安くて旨い料理と酒を出すとこはある?」

 イーネスが店主にきいた。

「料理と酒か。なら……」

 果物屋がイーネスに酒場の情報を教えてくれる。

 ネリキリーはそれを聞きながら、体を脇に避ける。

 馬車が脇を通りすぎからだ。


 小さくきられた窓から覗く横顔にネリキリーは一瞬、動きを止めた。


 良く似ている。


 懐かしい面影を見いだし、ネリキリーは僅かに動揺した。


 でも、まさか。


 ネリキリーは、見間違いだったと自分を納得させて残りを飲み干した。


「旨かった」

 三人は、空になった杯を置いてその場から離れた。




「さっきのカスタード団の馬車だったな」

 マラニュがネリキリーを見下ろして言う。

「そうだな」

 ネリキリーは少し上の空で答えた。

「いよいよ、始まるって感じだなあ」

 イーネスは緊張を欠片も感じさせない声で言った。


 先ほど通った馬車にはなるほどカスタード団を表す紋があった。

 我々を指導し、選考するカスタードの団の試験官が乗っていたと思われる。

 つまり、少し似ている人が乗っていたのだ。




「この辺りのはずなんだが」

 教えてもらったリアクショーを三人で探す。

 けれど、店は見つからない。


「すみません、この辺にリアクショーがあるってきいたんですけど」

 イーネスが二人連れの女性に声をかけた。

 青い服と灰色の服を着ている。


 イーネスの少し目尻の下がった、整った顔は人に警戒心を与えない。


 女性達は、はにかむような微笑をたたえ、イーネスを見上げてから、ネリキリーやマラニュにも視線をなげかけてきた。


「お菓子やさんのリアクショーですよね」

「はい、そうですよ」

「甘いものがお好きなのですか?」

「俺はさほどでもないけど、こっちがね」

 イーネスは親指でネリキリーを指し示した。


 女性達は、納得したと言う顔をしていた。

 イーネスもマラニュも食後のお菓子を断ったりしないのに。


 イーネスに目を向けると「笑え」と口が動く。

 ネリキリーは苦笑に近い微笑みを浮かべた。


「リアクショーは看板も小さくて少し見つけにくいんです」

 灰色の服を着た女性が頬に手を当てる。

「よろしければ、ご案内しましょうか?」

 青い服の女性が申し出てくれる。


「本当ですか?助かります」

 ネリキリーはうれしくて反射的に笑った。

 相手の二人もつられたように笑いを返してくれる。


「本当にありがたいです」

 イーネスがネリキリーの手を乗せ、

「お前も礼を言えよ」

 マラニュに礼を即した。

「感謝します」

 マラニュは手を胸に当てて礼を言った。

「固いよ、お前」

 イーネスの言葉にマラニュは、ボソボソと「口の聞き方を注意しろと言われたから」

 小さく言っていた。

 しかし、女性達はマラニュの礼儀正しい態度に感銘を受けたようだった。


 マラニュを見る目が和らぐ。


「こちらよ」

 青い服の少女が先に立って歩きだした。

「最近この町にいらしたのね。どちらから?」

 ほがらかな女性の声が訊ねてくる。

「メーレンゲから。その前は王都(リュート)から。この二人はもっと遠いところから」

 イーネスが答えると、女性達は目をみはる。

「外国の方。だから雰囲気が違う感じなのですね」

「異国的な趣がありますね」

 好奇心に瞳を輝かせてネリキリーとマラニュを二人が見上げた。


「君たちは外国に興味があるの?」

 イーネスは二人を覗きこむ。

「はい、外国だと魔物がでないから、女性があちこちを自由に行き来できるみたいですから」

「料理も違うみたいですし」

 ねえ、と二人は頷きあった。



「ここです」

 ふたりが示した店は立派な木の扉があり、窓も硝子(シスル)を曇らせてあり、中が伺えない。

メーレンゲの店とはまるで違う。

しかし、看板は確かにリアクショーだった。


「ありがと。一緒に中に入らない?何か買ってあげるよ」

 イーネスが言うと、女性達はとんでもないと断る。


「お礼がしたいから」

「物をもらうほどのことではないです」

「しかし、わざわざ案内してくれて」

 イーネスがもう一押しすると、二人は少し眉をひそめた。


「ごめんなさい。知らない人から物はもらわないようにと親から言われていますから」

 灰色の服が早口に言った。言われたイーネスは、ぐうの音もでない。


「そうですね。親の注意はおおむね正しい。ここまで案内してくれてありがとございます」

 ネリキリーは改めて礼を言った。


 女性達はほっとしたように、軽く会釈をすると、もときた道を戻って行った。


 イーネスは名残惜しげに後ろ姿を見ていた。




「かわいい人達だったのにな」

 イーネスが惜しそうに言った。

「下心があると女性は警戒して近寄ってこないらしい」


 ネリキリーが言うと

「え?下心ない男なんているの?」

 イーネスはどこかで聞いた台詞を言った。


「いる。女性にはまず敬愛をもって接する、それが好意を持たれる第一条件らしい」

 もっとも彼はことさらそうしなくても女性に好意をもたれる外見を持っていたけれど。


「でもさー女性を見たら可愛いと思うだろ。容姿が多少まずくても、声が可愛いとか、仕草がいいとか。細身もいいけど、ぽっちゃりな頬を見ると指でつつきたくなるし。抱きしめるとふわふわして気持ちいいんだよ?」

 イーネスが身も蓋もないことを言って頬を膨らます。


 そういうことをしてかわいいのは、少年少女とと言われる年齢までだとネリキリーは指摘してしてやりたくなった。

 だが、ネリキリーが言うより早く、マラニュが低い声を出した。

「いい年した男が頬を膨らますのは止めろ」

「ひどいな。先輩には礼儀正しくって言われたろ」

 イーネスの抗議にマラニュはネリキリーに視線を投げてきた。

「これはマラニュが正しい」

 ネリキリーは裁定を下す。

 イーネスはネリキリーまでと口の中で言っていたが、それは無視してリアクショーの扉に手をかけた。


「おっとこれは」

 中に入ったイーネスも押し黙った。

 こげ茶色の重厚な室内にあちこちに配置された魔法灯。

 柔らかな光に照らされた菓子たち。

 メーレンゲの明るい雰囲気とはまるで違う。あちらとはまた別の高級感あふれる空間だった。


「いらっしゃいませ。本日は何をお求めで」

 店のものがネリキリー達に近づいてくる。紳士然とした30くらいの男だ。

「いや、今日は下見なんだ。リアクショーの飴や魔糖菓子(リ・ボン)はメーレンゲでの買い置きがあるから」

 ネリキリーはかすかに(かぶり)を振って店員に答えた。

「さようでございましたか。リアクショーをご愛顧いただき、ありがとうございます。ですが、リアクショーでは店ごとに独自の菓子を置いております。一度お試しください」

「独自の菓子だって」

 言葉を返したのはネリキリーではなくマラニュだった。

 その姿を見てネリキリーは、マラニュとの出会いはリアクショーだったなと思った。

「はい、こちらでは、車厘(ジュエル)を球状にして魔糖をまぶしたものを置いております。ご覧になりますか」

 店員がよどみない声で菓子の説明をした。

「もちろんだ」

 今度はイーネスが答えた。先ほど「俺はさほど」と言っていた同じ人間とは思えない早さだ。


「では、どうぞこちらへ」

 反応の良さに気を良くしたのか、店員の男はネリキリーを奥に連れていく。

 よく見ると、店の接客係は男が多い。

 店の奥には男が説明した菓子が宝石のように並んでいる。

「こちらはエストレと名付けられました菓子です。温度が高くなると溶けてしまいますから、初回は大、中、小の保冷箱も一緒にご購入していただくことになっております」

「そうか。いくらだ?」

 イーネスが菓子を見つめながら値段を訊いた。

「四つで340リーブ、10で600リーブ、20で900リーブです。次から保冷箱をご持参いただければ1つ10リーブでご購入いただけます」


「一つ10リーブ、高いな」

 イーネスが渋面を作った。10リーブと言えば1食、食堂で食べられる価格だ。

「それだけの価値があると私たちは思っております」

 自信があると言い切る店員にネリキリー達は、ふむと一考を始めた。


 悩んだ末に、ネリキリーは止めにする。

 まだ飴や魔糖菓子(リ・ボン)がある。溶けてしまうエストレは魔力補給のためには役に立たない。

「俺は四つを購入する」

 イーネスが思い切ったように宣言した。

「こちらは20だ」

 マラニュは一番大きいものを注文した。心なしか、顔が笑んでいた。


「お買い上げありがとうございます」

 それよりも大きく笑みを浮かべているのが、店の男だった。エストレはその性質上日持ちがしないと思われる。それが売れたのだから喜ぶもの無理はない。


 リアクショーの店員がエステルを一粒一粒取って、保冷箱に入れていく。

 背後で扉が開く音が聞こえた。

 ネリキリーはそちらを何気なく眺める。


「ネル」

 懐かしい声が懐かしい呼び方でネリキリーを呼んだ。

 

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