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七じゅうさん

 馬車を下りると、草原のものとは違う緑の匂いがした。


 丘陵から吹く風に乗って香るそれは、どこか懐かしい。


 丘陵には木立が多いからかもしれない。


 ラクミーツの女従者(バレッタ)がイーネスとカレヌに金の入った袋を渡している。


 ラクミーツ本人はコナーと話していた。


「しばらくダックワーズに滞在する予定ですから、何か依頼をすることもあるかもしれません」

 ラクミーツがそう言うと、コナーは自分たちの事情を説明する。


「我々は、カスタード団に入団するためにこの町に来ました。しばらくは個人的に依頼を受けることはできません」


「そのことはカレヌさんから聞きました。わが国を救ってくれた英雄(ユリウス)ロマが所属していた冒険者団にみなさん入られるとね」

 コナーはカレヌに一瞬、視線を送る。

「それを踏まえて依頼するかもしれませんので、その時はよろしくお願いしますよ」

 穏やかな調子でラクミーツはコナーに言葉を重ねた。


「承知しました。冒険者組合(ギルテ)とカスタード団の上層部が我々の誰かにと判断しましたら、お役に立ちたいと思います。今回のご親切、まことにありがとうございました」

 コナーはそつなく答えて、手を胸に当てた。


 ラクミーツは、では、と会釈をして再び馬車の中へ戻る。女従者(バレッタ)も同じ馬車に乗った。


 メーレンゲでもそうだったが、冒険者の住む区画と一般の人が住む区画は離れている。

 ここは、6つの丘を塀でぐるりと囲ってできているが、その中のひとつに冒険者が集う場所がある。


「あ、騎士団だ」

 ヤードが空を見上げて言った。


 見上げれば、天馬(アイオーン)の騎影が五つ、ゆうゆうと空を飛んでいる。

 ダッグワーズは冒険者だけでなく、王国騎士団の一部隊も駐屯している。

 それはメーレンゲと違うところだ。

 始まりの町、メーレンゲには冒険者が集うが、ダッグワーズの冒険者は常に流動している。

 町の守り担う人数を確保するため、騎士団がいる。



「王国に直接仕える騎士団は、基本的にオーランジェット人だけなんだよな」

 バンスタインが少し不満げに言った。

「特に、王宮を守る近衛騎士はオーランジェットの貴族ばかりだそうだな」

 サラスーン出身のマラニュも天馬(アイオーン)を眺めて言った。


「何事も例外はありますけれど」

 マドレーヌさんはそんな二人の脇に寄る。

「特別に功労があった冒険者は、一代貴族(ランスロ)として騎士や近衛になったりもしてます」


「数は少ないがな」

 バンスタインはマドレーヌの言葉に肩をすくめた。

「ま、可能性が全くないわけじゃないか」

 ガリオベレンで騎士だったバンスタインだが、オーランジェットでも騎士になりたいと訪れたのだろうか。


「ああ、俺も天馬(アイオーン)に乗ってみたいな」

 カレヌが羨ましそうに言った。

冒険者組合(ギルテ)でも天馬(アイオーン)は飼育してますよね」

 ネリキリーがマドレーヌに訊くと彼女は、そうですけどねと言った。


天馬(アイオーン)は気難しくて、乗りこなすには相性がものをいいます。だから、個人が買い取る場合が多いのです」

「ロマ将軍の黒鍵も将軍にしか懐かず、載せないっていうしな」

 カレヌは両手を頭の後ろに組んで空をもう一度眺めた。


 そんなことはないと言いかけて、ネリキリーは口を噤んだ。


 ネリキリーの故郷、グラース村でネリキリーも弟のウィローも、村の子供たちも乗っていた。

 それともあれは主のロマが許していたからだろうか。


 二尾狐(サキオーキ)のイナリーを咥えて闊歩する黒い天馬(アイオーン)の姿を思い出して、ネリキリーは少し微笑む。


「でも、メーレンゲにはいませんでしたが、ダックワーズの冒険者組合(ギルテ)には何頭か天馬(アイオーン)もいますし、カスタード団も数頭所有しています。天馬(アイオーン)に気に入られれば乗れると思いますよ」

 マドレーヌがみんなに明るく声をかける。

天馬(アイオーン)は女性のほうが懐きやすいって聞いたんですけど、本当ですか?」

 ルチナがマドレーヌに問いかけた。

「そうです。空を飛びますからね。軽いほうが嬉しいみたいです」

 きゃあとルチナとジョウンは嬉しそうに手を合わせた。


「軽いほうがいいのか。じゃあ、ルチナとジョウンの次に相性が良さそうなのは」

 カレヌがネリキリーに視線を寄越した。


「自分の背の高さと鍛え上げた肉体を残念に思う日が来るとは思わなかった」

 イーネスがおどけたように言った。


 ネリキリーは苦笑を浮かべた。

 背がさほど高くないことが、有利に働くこともたまにはあるらしい。


 町に入る手続きをしていた冒険者組合(ギルテ)の職員が戻ってくる。

 小さくなった五つの騎影を眺めながら、ネリキリーは馬車の見張り台へと登った。




 緩やかな坂を登る。

 冒険者の住む丘は門に一番近い。

 何かあった時にすぐに門外へ出動できるように。


 道に並ぶ店は食堂や鋳掛け屋、武具店。

 もちろん生活用品の店もあり、宿屋や粉屋もある。

 しかし、食料を扱う店が少ない。冒険者が集う区域だからだろうか。


 馬車が大きめな建物の前に停まった。


 道化の王冠(クランナクラン)亭。


 ここがしばらくのねぐらになる宿のようだ。


 一行が馬車から降りて、宿へ荷物を運び込む。


「槍は部屋に持ち込まないでくれ」

 宿の主人が槍持ちに声をかけた。

 冒険者組合(ギルテ)の武器庫に預けもできるが、できれば近くにおいておきたい。

「じゃあ、どこに置けばいい?」

 ネリキリーが訊ねる。

「こちらに」

 主人の横にいた使用人が入り口脇の部屋に案内してくれた。

 そこには何本かの槍が置いてあった。


「こちらから、こちらまでの槍掛けをお使いください」


 金具で壁に固定させる方式だ。小さな鍵がつけられている。

「鍵はなくさないようにお願いします」

 店の者が注意をした。

 ネリキリー達は自分達の槍を置いて鍵をかけた。


 ネリキリー達が戻るのを待って一行は部屋へと案内された。

「ここはカスタード団員ばかりなのか?」

「この建物にはそうですね。ただ中庭を隔てた別館には他のお客様もいらっしゃいますよ」


 案内されたのは三階の一番上。

「あいにくコナー様以外、個室ではなく、相部屋になります」

 ネリキリーはマラニュと一緒だった。

 冒険者組合(ギルテ)の試験以来、マラニュの面倒を見るのはネリキリーの担当になっているようだ。


 ネリキリー達は一番奥が女性二人。その隣がコナー、ネリキリーとマラニュ、バンスタインとイーネス、カレヌとヤードの並びで部屋に案内された。


 くすんだ緑の箪笥が二つに寝台が二つ。小さな書き物机が二つとなかなかの広さだ。


「しばらくよろしく。で、どちら側の寝台がいい?」

「どちらでもいい」

 マラニュはそう答えたが、目が右の寝台を見ていた。

「では、こちらを」

 ネリキリーは左の寝台を選んだ。マラニュの口の端が少し上がったのを見てネリキリーは、良かったと思う。


「明日はダックワーズの冒険者組合(ギルテ)に顔出し。三日後にカスタード団の指導員との顔合わせか」

 鞄から荷物を取り出して箪笥に仕舞った。

 かすかな香草の香り。ここはいい宿だとネリキリーは思った。


 ネリキリーは袖をまくって火傷を確かめた。ほとんど跡がない。どころか昔二尾狐(サキオーキ)と闘った時の傷まで薄れている。

 ヴォーダムームー由来の軟膏は驚くような効果だった。


 小さなカバンだけのネリキリーはすぐにやることが無くなった。

 夕方までまだ時間がある。


「少し気になることがあるんだが、マラニュ」

 ネリキリーは寝台に腰を掛けて、荷物を仕舞っているマラニュに声をかけた。彼の荷物はネリキリーの倍はある。


「なんだ?」

 マラニュは手を止めてネリキリーを振り返った。

「先日からお前、俺の意志や言うことを優先して動いているよな?なんでだ?」


 出会った時も、模擬試合の時もマラニュはかなり好戦的、というか負けず嫌いだった。

 そんな男が何事もネリキリーの意向を伺ってから行動している。

 グッチオは「懐かれた」と言っていたが、マラニュの態度はそれとは違うようにネリキリーは感じていた。


 マラニュはネリキリーをじっと見つめる。

「分かっていない、いや、覚えていないのか」

 小さくため息をついてマラニュは仕舞いかけていた服を箪笥に入れる。

 そのまま黙々と作業を続けて鞄を閉じた。


 問いかけに答えないマラニュに仕方がないかと寝台に横になった。

 二日間の馬車での旅は、鍛えていても体にくる。


「休むなら靴を脱いだほうがいい」

 マラニュがネリキリーに言った。

「そうなんだが、何かあった時にすぐに動けないだろう。寝てる間、お前が見張ってくれているならいいけどな」

 ネリキリーは冗談を飛ばした。


「お前がそういうなら、見張っている」

 マラニュのその言葉にネリキリーは横になっていた体を起こす。


「だから、なんで、そうなる?」

 疑問が口をつき、少し強い口調になった。マラニュが目をしばたたかせた。


「お前に従うと誓ったからだ」

 間を置いてマラニュが答えた。

「そんな誓いを勝手にされても」

「勝手ではない。お前も承諾したことだ」

 ネリキリーには、そんなことをマラニュから言われた覚えも承諾した覚えもなかった。


「初めて会ったとき、決闘を申し込んだときだ。俺は何でも言うことをきいてやると言った」


 マラニュの言葉にネリキリーはその時のことを思い出す。そういえばそんなことを言っていた。


「サラスーン人が決闘を申し込むときに言った言葉は誓いと同じだ。だから、俺はお前の言うことをきく」

 ネリキリーは参ったというように手を額に置いた。


「解除は?俺が従わなくていいと言ったらそれでいいのか」

 誰かを従わせるなんてネリキリーにはできない。そして、この誓いはマラニュの人生をネリキリーが背負うということに等しい。


 しかし、マラニュは首を振る。


「解除は、決闘の相手と同じ試合を再び戦って解除を賭けて、勝つことだ」

「じゃあ、しばらくは解除できないな。カスタード団に正式に入団するまで本気の模擬戦なんてしたくないし」

 終わったら再戦してネリキリーが負ければいい。

「お前が手抜きをしたときは、決闘を侮辱したとして、お前を殺さねばならない」


「え、じゃあ、2、3年は無理か」

「なぜ、2、3年と」

「その頃にはマラニュが上達して自分を抜くだろうし」

 ネリキリーの台詞にマラニュは驚きを表す。

「お前は、俺がお前より強くなると思っているのか?」

「ああ、体格だっていいし、闘いについての勘もある。しばらくすれば魔法使わない純粋な武技なら俺より強くなると思っているよ」

「そうか」

 マラニュはそのまま黙り込んだ。沈黙が部屋を満たす。


「そうだ、何でも言うこときくといっている人間に言うのはなんだが、一つお願いがある」

 沈黙の中でネリキリーは気になっていたもう一つのことを言い出した。

「なんだ?」

「マラニュはいつも俺のことを“お前”というだろう、それをやめてほしい」

「では、なんと呼べばいい」

「ネリキリー。ネリキリー・ヴィンセントだ。知ってるだろう?同じ冒険者なのだから、名を呼んでくれ」

「……分かった。今度からそう呼ぶ」

マラニュは少し照れたようにそっぽを向いた。 



◇◇◇



 ダックワーズの冒険者組合(ギルテ)の扉をあけると、三人の職員が一斉にこちらを向いた。


「おはようございます」

 マドレーヌが大きく挨拶したあとに、ネリキリー達も挨拶をした。


「ようこそ、ダックワーズ支部へ」

 ここの支部長だろう、男性が立ち上がって挨拶を返した。


 メーレンゲのラスクより年上に見える。

「この支部の責任者でチュロス・コストンと言います」

「メイベル・ハリオットです」

「パトラス・ヤンセンです」


 冒険者達も名前を言って、あらかじめ書いてきた書類を承認の玉にかざす。


「一度登録したら、どこの支部でも情報がわかるといいのにな」

 イーネスが言うと、マドレーヌは微妙な顔をする。

「それは便利ですけど。あまり便利すぎるのも、人が物を考えなくなってしまうから問題がでるかもしれません。お仕事が少なくなっちゃいますし」


「そうですね。魔法を上手く使えば、灯をつけるのも自動的にできるようになるかもしれませんが、点灯士が(ともしび)を点けていく風情が無くなるのは寂しい気がします」

 チェロスもそれに同感のようだ。


「フロランタンは幻獣や魔物が棲みにくくなるほど、便利にはしたくない考えていらゃるのかなと思うときがあります」

 マドレーヌが竜王の心をはかった。


「便利になると、幻獣が棲みにくくなる?魔物の棲みやすさも考えて?」

 カレヌがマドレーヌの言葉を繰り返した。


「なりますし、考えますよ。フロランタンはあまねくものの王ですもの。さっきのイーネスさんの言葉は、人間にとって便利だってことでしょう?フロランタンは本来は幻獣ですよ」


「フロランタンは人間に好意を持っているが、同類ではないってことか」

 少し面白くなさそうにカレヌが言った。オーランジェットは竜王の国。そこに住むのは竜王の民。そこに誇りを持っている。

 マドレーヌの言葉はその矜持をすこし傷つけたようだった。


「フロランタンは天。ほとんど自然と同じだが、それでも多少は人間を贔屓してくれていることには間違いない」

 バンスタインが慰めるように言った。


「一つの願いに一つの望み。人間はかなり愛されていると思うよ。隷縛の魔法使いと同じ人間を許してくれているんだから。始まりの王たちのおかげもあるけれど」

 ネリキリーもバンスタインに賛同する。


「解ってるよ、それはさ。ただ、フロランタンにとっては、俺たち人間もワームやヴォーダムームーと同じなのかもと思うとさ」

 カレヌの言葉に、一同はちょっと悩む。

 確かにそれはいただけない。


「大丈夫、大丈夫。そこらへんはフロランタンだって区別していると思います。……たぶん」

 マドレーヌは安心させるために言っているのか、不安にさせるために言っているのか、わからないことを言う。


 冒険者達は、竜王がワームやヴォーダムームーなどと自分たちを区別をしていることを心ひそかに祈った。



 雑談をしているうちに全員の登録が終わった。


「さて、登録は終わりました。ところでこの後に予定がなければ、よろしければ職員が町の案内をいたしますよ」

 チェロスがダックワーズに早く慣れるための提案をしてくれた。

「町の案内もよいが、できれば近場の丘陵を見て回りたいのだが」


 コナーが冒険者の一番の関心事について言った。魔物が出没するビスコッテ丘陵の地形を把握しておきたいのは誰しも同じだ。


 チェロスは少し考えている。それなりに経験を備えた冒険者達とはいえ、この地は初めての者ばかりだ。

「分かりました。冒険者組合(ギルテ)への依頼としてならお引き受けします。ダックワーズ支部の冒険者を付き添いにつけるなら、明日ご案内します」



「依頼として受けるか。私はそれでかまわないが。どうだ?他の者も一緒に回りたいか?」

 コナーは他の冒険者にも意向を訊いた。


「それって幾らかかる?」

 イーネスが依頼料をチェロスに尋ねた。

「そうですね。冒険者一人、300リーブ。コナーさんだけなら、一人。五人行かれるなら、こちらは二人。全員ですと、三人をつけていただきます。もし魔物に出くわしたら、それは別に清算します」


「魔物が出ても俺たちだけで、片付けたら?」

 チェロスの言葉にイーネスは条件を確認する。

「それはもちろん、規定の料金をお支払しますよ。素材も買い取ります」

「じゃあ、俺は参加」

 イーネスは軽く頷いて明日、ビスコッテ丘陵へ行くことを決めた。


「俺もだ」

 バンスタインも参加だ。

 ネリキリーも参加を表明する。となると、当然マラニュもだった。


 結局、全員が参加することになり、マドレーヌまで行くと言う。

見届け役(サニワ)ですから。魔物がでたら私の華麗な剣さばきをご披露いたします」

 マドレーヌは胸を張ったが、ヴォーダムームーを狩った時、彼女は何もしていない。


薬茶師(ヴァリスタ)の貴方をお守りしますよ」

 と、コナーが言ったのも無理からぬことだった。



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