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七じゅう

 ネリキリーは、元冒険者がやっている味の濃い食堂で、一人で夕飯を食べていた。

 途中、グッチオの泊まっている宿によったが、彼はいなかった。


 この町に来て、宿以外で初めて食べた食堂だから。

 品書きに野菜が多いのも気に入っている。


 ネリキリーは前菜を食べて、おやっと思った。

 なんだかいつもより味が薄い気がする。おいしいが構えてきた分、少々拍子抜けだった。


「どうかなさいましたか?」

 給仕の女の子が首をひねっていたネリキリーに声をかけてきた。

「今日は店長はお休みですか?」

「おりますよ。なぜそうお思いに?」

「味がいつもより薄かったので」

 給仕の女の子は、にこりと笑った。


「今日は良い野菜が入荷したので。ネリキリーさんは野菜がお好きだから、味をうすく調理したのだと思います」

「そういうことでしたか」

 ネリキリーは、店の人が自分の名前を知っていることと、自分の味の好みも分かってくれていることに、驚きとうれしさを感じた。


 そういえば、常連の冒険者は、この店は「ちょうどいい味付けをする」と言っていた。


 続けてでた主品は、濃い味付け。ネリキリーが求めていたいつもの味である。


 ネリキリーは気持ちよく平らげて、店を後にした。


 宿に帰ると女将(ビナス)から「お客さんだよ」と言われた。

 宿の食堂でグッチオが麦酒(エラン)を飲んでいた。


「よう」

 とグッチオが片手をあげる。


「ここにいたのか。夕食を一緒に食べようと宿に行ったんだが、留守だと言われた」

「行き違ったんだな。夕飯は?」

「悪い、もう食べた」

「俺も待つ間、つまみをいろいろと食べたからな」

 グッチオは残った麦酒(エラン)を飲み干した。


「お前に渡したいものがあるんだが、部屋に行ってもいいか」

 グッチオの申し出に、ここでは渡せないものなのかと、不思議に思いながらも承諾する。


 二人はネリキリーが借りている部屋に上がった。

 グッチオの渡したいものはかなり大きい。


 部屋に入るとグッチオには一つしかない椅子に座ってもらい、自分は寝台に腰かける。


「開けてみろよ」

 いたずらを行う子供のような顔でグッチオが勧める。

 ネリキリーはいったいなんだろうと、包みを開いた。


 白みを帯びた銀色の鎖帷子が畳まれてそこにはあった。


「鎖帷子?」

「そうだ。しかも只の鎖帷子じゃない。軽白金(パラディア)の鎖帷子だ」

「そんな高価なもの受け取れない」

 ネリキリーは即座に断った。


「そういうなよ。軽白金(パラディア)は五割しか使われてないし」

 作った槍より割合が多い。


「この鎖帷子、俺が冒険者に成りたての頃に購入したものなんだ。その頃はまだ、体が出来上がってなくてな。胸板が厚くなって今じゃ少し窮屈だ。ネリキリーなら、ちょうど良いだろ。冒険者を辞める俺には必要なくなるしな」

「そうは言っても、売れば、かなりの金になるだろう」

「まあな。でも俺は別の誰かに買われるより、お前に使って欲しいんだ」

 強い意志を感じさせる口調でグッチオが言った。


「なぜ、そんなに良くしてくれる」

 あのワーワーム狩り以降、グッチオはそばにいて、何くれとなくネリキリーに親切にしてくれる。

 わずかに一か月ほどだが、それ以前にほぼ一人で行動していた時より冒険者として成長したと思う。彼から学ぶことは多かった。


「ワーワームの時、助けてもらったから。それと」

 グッチオが少し身を乗り出した。

「ワーワームを焼くとき、お前、痛ましそうにしていたろう。弔いのしるしを切っていたよな」


 それは、子供の時から狩りをした後に行う習慣だった。


 たとえ、嫌がられるワームやその他の魔物だとて生きて動いていたものだ。

 少しは痛ましいとは思っていたが、弔いのしるしを切っていることは、ネリキリーは無意識だった。


「そう、だったかな?」


「アルミラッジの時も、ハウサオロン時も。シュガレット草にも切ってるのを見て、俺は命を大事に思っているお前にこそ、生きて冒険者を続けて欲しいと思った」

「かいかぶりだ。子供の頃に父に教えられた習慣を守っているのに過ぎない」

 ネリキリーは頭を左右に振った。


「それを後生大事に守っている。悼む心がなきゃ、そういう行動はとれない」

 深い笑みを浮かべてグッチオが言った。


「それとも、俺が着ていたものを使うのは嫌か」

「そういう言い方はずるいと思う」

 反射的に返したが、少し拗ねるような子供っぽい言い方になった。

 思った通り、グッチオは面白そうに瞳をきらめかせている。


「で、貰ってくれるんだろう?」

「わかった。いただく。代わりにそのお礼として、次に入った報酬を全額渡す」

「槍を新調したばかりじゃないか。無理をするな」

「無理じゃない」


 真証石(マーリア)を買う予定だから、少し苦しいが。ネリキリーは酒もほとんど飲まないし、女遊びもしない。公営の賭博場にも足を踏み入れたこともない。


「じゃあ、半額だけ受け取る。代わりに、そうだな」

 グッチオは少し上を向いて考えている。


「子供が生まれたら、ネリキリーってつけてもいいか?」


 不意打ちだ。ネリキリーの胸は熱くなる。なんで、そんなに。


「女の子だったらどうする」

 照れ隠しにネリキリーは少しだけぶっきらぼうに言う。


「……よし、男でも女でもつけられるように、そのままじゃなくて、ネルって名前にしよう」

 聞いたネリキリーは一瞬、目を閉じた。


「……カロリングでは、よくネルと呼ばれていた」


「そうか」

 グッチオは少しだけ口を閉ざす。


「ああ、そうだ。肝心なことを忘れてた。ちゃんと合うかどうか、試しに着てみてくれ」

 グッチオは立ち上がって鎖帷子を取り上げた。

 ネリキリーも立ち上がり、鎖帷子を装着する。

 ほんの少しだけ、胸板の部分が余るがほぼピッタリだった。


「よく似合うぞ」

「ありがとう。グッチオ」

 ネリキリーは手をあげて冒険者の挨拶を交わそうとした。

 グッチオがすぐさまそれに応える。

 音を立てて一瞬、触れあう手のひら。


「それを着て冒険者として頑張ってくれよ。ネル」

「ああ」

 ネリキリーはそう短く答えるだけで、精一杯だった。



◇◇◇




 翌朝、宿の女将(ビナス)が作ってくれた心づくしの朝食を食べ終えて、宿を出る。

 宿の者はありがとうございましたではなく、いってらっしゃい、と送り出してくれた。


「グレイスブランの足」

 水を掻く水鳥の足が大きく描かれている看板をもう一度見て、ネリキリーは西門へと向かった。


 冒険者組合(ギルテ)の馬車は二台。

 中に四人乗り、馬車の後ろの見張り台に交代で一人座る。

 御者は、往復するため、冒険者組合(ギルテ)の職員だった。


 ビスコッテ丘陵の町、ダックワースへ向かう冒険者達の何人かがすでにいた。

 ネリキリーは皆に挨拶をすると御者役のデリンの指示に従って荷物を載せる。


 馬車は女冒険者の二人とコナーと一緒。

 みなにやっかまれたが、女性二人のご指名である。コナーは紳士だし、ネリキリーは一番安全圏というところで選ばれたのだろう。


 六時になり、一同が出発をしようと馬車に乗り込む。

 そこへ、一頭の馬が勢いよく飛び込んできた。


「ごめんなさーい。まだ、遅刻じゃないですよね。鐘が鳴っているし」

 六時を知らせる鐘は、最後の余韻を響かせていた。

 最後に飛び込んできた者。


 誰あろう、マドレーヌ・ショコラーテ。メーレンゲの受付嬢にして看板娘だった。


「このたび、カスタード団の大規模な団員募集にあたり、見届け役(サニワ)として、皆さんとご一緒することになりました」

 片手剣を腰に下げて、彼女は手を胸に置いて挨拶をする。


「メーレンゲ支部の方はいいのか」

 バンスタインが心配そうに問いかけた。

「私の一人や二人いなくたって、支部はびくともしませんよ」

 かろやかにマドレーヌは笑う。


「いつも座り仕事ばかりだと、腰に根が張っちゃう。それに見届け役(サニワ)には特別報酬もでますしね」

 早く出発しましょうとマドレーヌは冒険者達を馬車へと追い立てた。


「全員、乗りましたね。では、ダックワーズに出発!」


 マドレーヌは最後にネリキリー達の馬車に乗り込んできた。マドレーヌの声が大きく響き渡る。


 冒険者達と見届け役(サニワ)を乗せて、馬車はメーレンゲからダックワーズへと走り出した。


驚亥豚ビックリー】 魔物

臆病ですぐに驚く。

(ビックビックは驚いた、もしくは怖いということ)

ビックリ野郎という悪口もあり。

肉は柔らかくて旨い。

ただの豚はピックミーという。



【フラウ蜂】幻獣

白とタンポポ色の柔らかな毛をもつ、丸みを帯びた蜂

性質は穏やかで滅多に人を刺すことはない。

蜂蜜は上品な甘さで人気が高く、フラウ蜂の蜂蜜で造る蜂蜜酒は高級で、食後に小さな盃で飲まれることが多い。

だが、たまに寄生魔物のルッカルッカが付いていることがある。


【ルッカルッカ】魔物とも幻獣ともつかない、日より見生物。


フラウ蜂の巣に寄生。

小さい頃は蜂蜜を栄養にするが、成長して光合成ができるようになると、巣を外敵から守る。花が咲いて蜜の提供もする。

鋭い刺があり、くねらせるようにして敵を追い払う。刺には蜂のような毒がある。


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