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六じゅきゅう

 メーレンゲの冒険者組合(ギルテ)から、カスタード団へ推薦されたのは、最終的に九名だった。


 コナー、バンスタイン、イーネス、カレヌ、ヤード、ルチナ、ジョウン、マラニュにネリキリー。


 シンスールを筆頭に幾人かの貴族の冒険者達は、ロマのいないカスタード団より、騎士団への希望が多かったためだ。


 騎士団は倍率が高いため、冒険者をしながら、二年に一度の採用を待つらしい。


 騎士団は、貴族しかなれない。

 まれに活躍めざましい冒険者や兵卒が、一代貴族に叙勲されて騎士団に入ることもあるが10年に一人か二人くらいのものだった。


「これから皆様にはビスコッテ丘陵に出向いて貰います。三ヶ月の間、研修を兼ねた実施訓練をしていただき、三ヶ月後に正式に入団者が決定されます。今回の募集は12名です。三ヶ月間の間に、こなした依頼料はそれぞれに配分されます」


 淀みなくマドレーヌさんが説明をしてくれる。


 話に聞くところによると、有名な冒険者集団は幾つかある。冒険者組合(ギルテ)にその集団を名指しすると、二割ほどの指名料金がつく。


 中級、上級になってくると狩るのに、訓練されて、集団として動くことが必要な場合も多くなっていく。


 団に入っていない冒険者達を集めて、魔物に当たらせるより断然に効率が良いため団を指名する案件は多い。 


 個人ではなく、自治都市、領主や国からの依頼が主になる。


「滞在中は、カスタード団が借りあげている宿に泊まっていただきます。こちらは半額がカスタード団持ちになります」


「さすがカスタード団、太っ腹だな」

 バンスタインは喜ばしげに言った。

「どうせなら、冒険者組合(ギルテ)の仮登録と同じで全額が良かったな」

 これはイーネスだ。

冒険者組合(ギルテ)は7日だけだろ」

 カレヌがカスタード団を擁護した。

「まあね」

 イーネスは軽く肩をすくめた。


「明日は全員、朝の六時に西門へ集合してください。遅れないようにお願いしますね。それから、くれぐれも宿代を支払い忘れるなどしないようにお願いします。何かご質問はあります?無ければ、解散をしてください」

 マドレーヌが説明を終えたので、一同の中にほっとした空気が流れる。


「全員合格すると良いですね」

 最後に、ラスクが推薦された冒険者一同に言った。



 それぞれ、旅の支度があるためにすぐに建物から出て、宿や自宅へ帰っていく。

 ネリキリーはあまり荷物も無いので、厩舎によることにした。


「しばらくお別れだな。スプラウト」

 スプラウトの毛並みを調えながら、声をかける。

 ビスコッテ丘陵までは、冒険者組合(ギルテ)の馬車で行くからだ。


 正式に入団が決まれば、登録の変更のためと世話になった人に礼を云うため、一度メーレンゲに戻る。

 もし、金が貯まっていたら、スプラウトを連れて行く。

 カスタード団の本拠地は、王都だから。

 ラスクやマドレーヌやグッチオをはじめとするメーレンゲで出会った人にも、礼を言いたい。


 そこまで思って、ネリキリーは苦笑した。

 自分がすっかりカスタード団に入団する仮定で考えていたからだ。


「それくらい強気なほうがいいかな?」

 ネリキリーは人の言葉を話さないスプラウトに尋ねるようにして言った。



 次にネリキリーは魔糖菓子を買い足すために、リアクショーヘ出向いた。

 そこではジュリエッタが変わらぬ笑顔で迎えてくれた。

 いや、変わっている。ジュリエッタは以前より柔らかな顔で笑っていた。


「いらっしゃいませ、ネリキリーさん。いつもの飴と魔糖菓子ですか?」

「ああ、頼みます」

 てきぱきとナターリアが包んでくれた。

「それから、フロランタンを10枚ほしい」

「かしこまりました」

 商品を受け取って代金を支払う時に、カスタード団の仮入団のことを話す。


「では、もうお会いすることはなくなるのですね」

 寂しいと思ってくれているのか、ジュリエッタの声に雲がかかる。


「仮に合格しても、秋に魔物が活発化した時に、メーレンゲにくることもあると思いますよ」

 ネリキリーが言うと、ジュリエッタは笑顔を再び見せてくれる。


「そうですね。私が王都の本店に行くことになるかもしれませんし」


「店が変わることなんてあるのか」

 役人や冒険者組合(ギルテ)が不正を防ぐために、所属の場所を変えることがあるのとは違う。


 おそらく、菓子職人としての異動。


「王都で会えると良いですね」

 彼女の夢を応援する気持ちでネリキリーは心からそう言った。



◇◇◇



 真証石(マーリア)屋のある裏通りをネリキリーは歩いていた。


 町は暮色に染まり、石造りの建物の影を長く伸ばしていた。


 高杯から流れ落ちる星。

 朱に彩られた看板を見つけて、ネリキリーはほっと息を洩らした。


 重い木の扉を開けると、机に肘をついて居眠りしている店主、クレマ・デサントがいた。


 足音を消してネリキリーは近づく。

 居眠りしている猫のような平和な顔。


 初めて会った時のうさんくささが消えて、小さな明かり取りから差し込む光が優しく男の眠りを見守っていた。


 しばらく店主の寝顔を眺めていると、こくりと頭が揺らいだ。


 支えていた手から頭が外れて、店主が目を覚ます。


「これはネリキリーさま、いつお出でに」

 少しばつの悪そうに店主が立ち上がろうとするのを手を制して、ネリキリーは反対に自分が椅子に座った。


「少し前にな」

 ネリキリーが微笑みながら言うと、店主はため息をつく。

「ネリキリーさまは存外お人が悪い。入ってらした時に起こしてくださればよいものを」

「よく寝ていたので、起こすのが忍びなかった」

「男の寝顔なんぞ眺めても面白くもないでしょうに」

「そうでもない」


「父を思い出して、落ち着いた気持ちになった」

「お父上に。しかし、私はそんな年ではありませんぞ」

「それは失礼した」

 店主は思ったより若いらしい。


「先日、新人の冒険者を連れてきたのだが、店が閉まっていた。近所の者が、この店はフロランタンのように気まぐれだと言っていた。実は居眠りをして看板を出し忘れているんじゃないか?」


「あんまり、人をおからかいなさいますな」

 店主は手を顔の前で振った。

 そして、真面目な顔を取り繕う。


「まあ、私の居眠りのことはさておき、わざわざいらしていただいたのに留守をしまして」


「新しい顧客になるかもしれない男を連れてきたのにな」

「その事ですが」

 店主は言いよどむ。


「あまり他の方にこの店の事を広めないでいただきたいのです」

 思わぬ言葉にネリキリーは不審に思う。

「なぜだ?客が来なくて困っていたのではないのか?」


「ネリキリー様にお売りした後に、少々問題がおこりましてな。仕入れ先の方が難色を。真証石《マーリア》を珍しい宝石として欲しがる方がでると困ると。さすると、かつて行われた、マナナンを捕らえて無理矢理泣かすという蛮行の二の舞になるのではと危惧しておられます」


 マナナン狩り。ネリキリーはその事実に衝撃を受ける。


「フロランタンの翼のもとにある、このオーランジェットで、そんなことが」

 にわかには信じがたい話だ。


「人間の恥となるもの。そのことについては、人の口にはそうそうのぼりるものではありません。ゆえに、いつしか風化しました」


 ネリキリーの苦い面持ちに店主は言った。

「しかしながら、その人間達を捕らえて罰したのも、また人でございますれば」

「人が恥を繰り返さぬようにと、真証石(マーリア)の持ち主は配慮していらっしゃるのだな」


 真証石(マーリア)の持ち主。つまりは幻獣と言うことだ。

 ネリキリーは、もしかして店主は人型になった幻獣ではないかと、まじまじと観察した。


「まさか、店主は……」

「よくきかれますが、私は人でございますよ。残念なことに私は人型をとった幻獣にお会いしたことはごさいません」

「では、誰があなたに石を卸していると」

「仕入れ先は秘密でごさいます。しかし、冒険者で、真証石(マーリア)を使うことができるネリキリー様なら、いつかその方に会うかもしれませんな」

 店主が謎めいた微笑を浮かべた。


「では、出会えるいつかを楽しみにする。話が長くなったが、今日は石を買いにきた。真証石(マーリア)を見せてくれないか」

 ネリキリーは用件を切り出す。


「この町を離れるとお聞きしました」

「早耳だな」

「商売人たるもの常に情報には敏でなければなりませんからな」

「なら話が早い。ビスコッテ丘陵に行く前に真証石(マーリア)をもう一つ購入したい」

 店主は困った顔をした。

「どうした?自分にも売れなくなったのか」

「売れないと言うわけではありませんが。生憎在庫を切らしておりまして」

「在庫がないのに店を開けていたのか?」

「先週中に仕入れ先の方がいらっしゃる予定だったのですが、なにしろ忙しい方なものですから」

「そうか……」

 あからさまに気落ちしたネリキリーの様子を見て、店主は提案した。


「わかりました。仕入れが出来たら、ビスコッテ丘陵にお届けしましょう。カスタード団が滞在するのはダックワーズですね」

「そうだ。でも、手間だろう」


「ここで来るかわからない客を待つよりは、効率が良うごさいます。往復の手間賃として、400リーブほど上乗せいたしますが」

 ダックワーズまでの馬車代と一、二泊の宿代か。

 ネリキリーは頷いて承諾を示した。


「では、6000リーブだな。用意しておく」

「それは初回の値と同じでは。あれは最初だからこその値段で」

 店主が難色をしめした。


「では、二つ買う。しめて11000でどうだ?」

「安くなっているじゃないですか」

「防具も新調しなくてはならないし、いろいろ物入りなんだ」

 ネリキリーは店主に頼みこむ。店主は大きくため息をついた

「まあ、いいでしょう。その代わり私以外からは買わないでくださいますかな」


「他にも真証石(マーリア)屋があるのか?」

「王都には三つほどありますな。しかし、質はうちが一番でございますよ」

「わかった。緊急の場合を除いて、あとは店主から購入すると約束する」


 ネリキリーは手付けに旅費にあたる400リーブを店主に渡した。

「ありがとうございます」

 店主は、丁寧にお辞儀をしてそれを受け取った。

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